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11.求められていた者

3話連続投稿しております。ご注意ください。

 サミュエル一派による、女子寮への襲撃騒動から数日。放課後、ジェーンとエリスは庭園のガゼボで時間をつぶしていた。というのも、グローリアがステファンに呼ばれ、連れていかれたためである。

 名目上は、聖女の力の現状把握。実際は、聖女は王族が目を掛けているため下手に担ぎ上げるな、という魔力持ち達への牽制だ。その証拠としてカルロス、そしてクリストフ第二王子も同席すると聞いた。ジェーンと共に先に女子寮に戻っても良かったが、二人とも予定がないのであれば、と、こうして時間をつぶしている。ステファンの用が終わり次第、エリスの蝶に伝言を預けてくれる手はずだ。

 持ち込んだ紅茶とクッキーをつまみながら、授業について取り留めのないことを話していると、そういえば、とジェーンが声音を変えた。

「エリス様はスタインシュイン先生と仲がよろしいの?」

「そうですね、まだキール先生が学園に勤められる前に、家庭教師をしていただいていましたので…他の方より、少し距離が近いかもしれません。」

 キールとの付き合いは、生徒の中ではエリスが最も長い。何せ学園入学の四年ほど前からになる。だが本来、公爵家と子爵家。家同士の親交が表立ってあるわけではないため、唯一『キール先生』とキール自身が呼ばせているエリスの関係は、学園内でも目立っている。とはいえ社交界でもエリスがキールとよく話している姿は目撃されており、皆見慣れてきたのか、面と向かって指摘されることは稀だった。

「先生が、家庭教師を?」

「はい。兄とお知り合いで、丁度学園に赴任する直前ということで、生徒を持つことの練習を兼ねていたと。」

「そうでしたか。てっきりエリス様たちは、その…想い合っていらっしゃるのかと。」

「まさか。」

 ジェーンの思わぬ発言に、思わずエリスは目を見開く。慌ててそれは違う、とジェーンに昔を語って聞かせた。

 研究の件に関しては、現在進行形でエリスの名前は伏せられている。市場に流通するようになった魔力安定剤はここ数年のうちに新しく開発されたもので、改良と開発の主導者はアンカースだ。エリスの名前は、伏せ続けてもらっている。それをここで開示するのは憚られたが、現状、最も重要なのは聖女姉妹の信頼を得ることだと、エリスは判断している。正直に腹を割るのが得策と判断した。それにジェーンからエリスの研究に関して情報が洩れる心配はあまりなかった。聖女の姉とはいえ、宮廷魔術師長であるアンカースの研究が、ただの子爵令嬢発案だなどと噂が流れれば、宮廷魔術師長を愚弄しているとしか取られないからだ。

「…エリス様は才能にあふれていらっしゃるのね。」

「そうでしょうか?」

「だって、研究院へ行けるほどの知識をお持ちで、魔力量も先祖返りと遜色ないほど。素晴らしいわ。」

「いいえ。研究の件は、単にたまたまです。あの後、何か研究結果を残せたわけではありません。確かにわたくしの魔力量は多いですが…母が人魚ですもの。血の濃い混魔は、往々にして魔力量も多いものですし、そこまで珍しいものでは。」

 前世の記憶が起点となった発想や研究を、あれ以来エリスは控えている。ふとした折りに、わざと研究好きな者の前で思いついたようにポロリと呟くことはあれど、それを聞いた者にあとは丸投げして、自分自身で手を動かすのはやめていた。

「…でも、エリス様は研究がお好きでしょう?」

「そう、ですね。嫌いではありません。ですがそれと、才能や知識はまた別のもの。現にわたくしはあれ以来、世紀の発見なんて何もできておりませんよ。」

 正確には、何も発見していない、ふりをしている。エリスはもぶきゃらを自負している。フルール姉妹とここまで交流していた混魔は、ストーリーに登場していなかった。その時点で既に、げーむ本来の展開を逸脱している。ただ、エリスは思っていたのだ。聖女の恋愛が、あそこまで国を揺るがしたのは、そもそも根回しが足りなかっただけだろう、と。つまりは、聖女が誰を選ぼうと、国が揺らぐほどの騒動を起こさないことは可能なはずだ。

 エリスは平穏に暮らしたかった。自分がもぶきゃらだと自覚してからは、より一層その思いは強くなった。できうれば、自分と関わりのある攻略対象───騒動の渦中に巻き込まれる予定の彼らも、なるべく穏やかに過ごしてほしい。バッドエンドの一つでは、国が崩壊することが示唆されていたのだ。それだけは未然に防がねばならない。もぶきゃらはもぶきゃららしく、お役立ち要員に徹することをエリスは決心し立ち回っていた。

「…ひとつだけ聞いてもいいかしら?」

「なんでしょう?」

「エリス嬢は…キール様のこと、異性としてどう思っていらっしゃるの?」

「…え、」

 ニコニコと、まるで好物を聞くかのような気軽さで、ジェーンはエリスに問いかけた。自然な無邪気さだ。けれど、何かが違う、とエリスの背を冷たいものが流れた。ジェーンの笑顔が、何か違う。肌を刺すような違和感に、エリスは固まるしかなかった。

「…ジェーン、さま?」

「何かしら、エリス様。」

「あなたは、」

 ───エリス嬢。

 突き刺すような違和感に、エリスが疑問符を吐き出そうとした瞬間だった。ひらり、エリスの眼前にアメジストの蝶が現れた。蝶はキールの声で、エリスの名前を呼ぶ。

「っ…キール先生、終わられましたか?」

『今終わったよ。カルロスくんがグローリア嬢をお連れするから、あとはよろしくね。』

「かしこまりました。」

 エリスの返事を聞くと、蝶は満足したようにひらりと飛び上がり、そのまま光の粒子になり溶け消えた。ジェーンの表情はいつも通りの達観とした穏やかな笑みに戻っており、それを視界の端に捉え、エリスは一つ息を吐いた。居住まいを正し、思考を切り替える。

 一方のジェーンは、エリスから見ていつも通り、の様相を取り繕いつつも、内心では小さく笑っていた。ジェーンの長い長い探し物。それがようやく見つかった心持だった。だがその内情は、まだ誰にも告げられない。時が来ればエリスに告げる気でいるが、今はまだ、その時ではない。

「お姉様、エリス様!」

 相対していながら、それぞれの腹の内は真っ向から噛み合わない。二人の元に、パタパタと軽やかな足音が響いた。

「リア、おかえりなさい。」

「ただいま戻りました、お姉様。」

 グローリアの背後に控えているカルロスもどことなく雰囲気が柔らかい。恐らく恙なく済んだのだろうとエリスは察する。

「いかがでした?」

「お二方とも、グローリア嬢の力に関心しておられた。特にクリストフ殿下はグローリア嬢と話も合うようだ。良いことだな。」

「それは…良いことですね。」

 聖女が王族と縁続きになるのは、本来かなりの国益だ。だがクリストフは先祖返り。ストーリー上では、クリストフと聖女は学園内で偶然出会い、内密に親交を深めていっていたが、それが国を揺るがす問題となる。ステファンも居る場で接触し、かつ、その場にいた誰の目にも明らかに気が合うのであれば、仮に聖女が先祖返りの王族に嫁ぐとなっても、ある程度準備なりができる。

 グローリアが誰を選ぶとしても。唐突な婚約騒動だけ避けられれば、国を揺るがすような大事にはならないはずなのだ。最も影響値の大きいであろう出会いが、無事ステファンの目の前で起こったことに、エリスはそっと胸をなでおろした。

 もちろん目の前のカルロスをグローリアが選ぶとしても、王族の前でグローリアとの交流が起きていれば、無論そういうこともありうる、程度で大事にはならないだろう。他の攻略対象との出会いに関しても動き出したいところだが、一番大きな問題点はクリアできたとエリスは考える。

 ───最も。エリスが働きかけなくとも、実は既に運命の歯車は、エリスの知るストーリーと異なる噛み合い方をしていたのだが、それはエリスの知る由もないことだった。

「お姉様たちは何をお話していたの?」

「とりとめもないことよ。リアが大丈夫か、二人で心配していたの。ね、エリス様。」

「ええ。どのようにして魔力を確認されるのかも、わたくしたちは知りませんでしたし…。」

「そうだったのね。でも特に何もないわ、魔石に聖女の魔力を込めて、それをステファン殿下が結晶化されて。…クリストフ殿下とご一緒に確認されたの。それだけよ?」」

 それだけ、とグローリアは言うが、聖女たるグローリアだからこそ成し得たことだ、とは誰も指摘できなかった。魔力を結晶化させるのは、まず純度の高い魔力であることが必須条件だ。結晶化できるほど、グローリアの魔力の純度が高いことに他ならない。魔力の純度が高いのは、一般的に魔族や先祖返りの者だ。それ以外で純度の高い魔力を持つものはそもそも極めて少ない。

「何はともあれ、無事終わって何よりです。」

「ありがとう、エリス様。そうね、終わってよかった。…ちょっと緊張したもの。」

「その割にはクリストフ殿下と良い感じだったが。」

「あ、あれは、殿下が話しかけてくださるから…!」

 カルロスの分かりやすい揶揄いに、グローリアはさっと頬を赤く染めた。言い訳じみた発言に、エリスとジェーンは思わず顔を見合わせる。これは、もしや。

「と、とにかく!お姉様、エリス様、帰りましょう!」

「うふふ、そうね。帰りましょうか。」

「そうですね、帰りましょう。カルロス様、ありがとうございました。」

「いや、これくらいは何てことない。またな。」

「はい、また。」

 とぷり、とカルロスの姿が影に溶け込むのを見送ってから、三人は女子寮へ足を進めた。歩きながらグローリアが、生徒会長室の内部の様子や、どのように今日の会が進行したのかなどを身振り手振りを交えて、ジェーンへ報告している。不自然でない程度にエリスもその会話に相槌を入れながら、頭では別のことを考えていた。

 初対面で好印象ということは、このままいけばグローリアはクリストフを選ぶ可能性が高そうだ。まだ出会っていない攻略対象もいるだろうが、攻略対象に出会うたびに頬を赤く染めるのであれば、そもそもカルロスに対してもそうでなければ筋が通らない。と、考えればグローリアはクリストフに一目ぼれしたと考えるのが妥当だろう。

 エリスは脳内で幾つかの計算を行う。仮にグローリアがクリストフを選んだとして、大事にならないようにするにはどうするべきか。またグローリアがクリストフと婚約するとなればジェーンがステファンに嫁ぐのは事実上難しい。そのあたりも加味して今後動かねばならない。すべては当人たちの感情次第とはいえ、ある程度スムーズにいくようサポートするのが、記憶を持った自分のなすべきことだと、エリスは疑いもしなかった。

「ねえ、エリス様。」

「ジェーン様、なんでしょう?」

「…私、エリス様とスタインシュイン先生はお似合いだと思うの。」

「え…?」

 女子寮につき、二人を部屋まで送り届ける。寮内は二人部屋、三人部屋、四人部屋とあるが、姉妹は二人部屋を使っている。先にグローリアを部屋に押し込んだジェーンは、にこり、といつもの笑みでエリスにとっては衝撃的な発言をした。

「ではエリス様、また明日。」

「っ、はい、また明日。

 ひらり、手を振って扉の向こうに消えていくジェーンを見送る。衝撃を受けた状態のまま、エリスは自分にあてがわれている部屋へ戻った。同室の友人たちは、まだ戻ってはいなかったため、エリスは行儀など知らぬとばかりにベットへ身を投げた。

「…お似合い、って、何…。」

 ぐしゃり、と前髪を掻き上げる。今日のジェーンは何もかも不可思議だった。まるでグローリアのように振る舞い、エリスとキールの仲を取り持つような発言まで。疑問符ばかりが浮かぶが、しばらく悩んだ後、エリスは思考を放棄した。これ以上考えても、分からないものは分からない。埒が明かない。

 髪が乱れるのも気にせず、ガリガリと後頭部を掻きむしる。一瞬悩んでから、エリスは部屋に備え付けのシャワールームに向かった。今日はもう何も考えたくない、何もしたくない。ジェーンとの会話の最中に間食もしたため、あまり空腹も感じていない。夕飯も抜いてしまえ、とエリスの中の惰性が訴える。いつもならそれを無視して食堂へ足を運ぶのだが、今日ばかりは惰性で過ごそう、と決めた。

 そうしてエリスが、少し早い就寝準備として、シャワーを浴びている最中。疲れているだろうから休んでしまいなさいとグローリアをシャワールームに押し込んで、ジェーンは一人部屋で満足げな笑みを浮かべていた。彼女の手元には、一冊の日記がある。

「ふふふ、見ぃつけた。」

 ふふ、ふふふ、と笑うジェーンは傍目から見てもご機嫌そのものだ。うっとりとした表情でジェーンが見るページは、ぎっしりと文字で埋まっている。それは全て、幼少期のジェーンが書き記したものだ。ページタイトルの部分には、『キール・スタインシュイン』と大きく書かれている。その下には、彼をよく知る人間しか、それこそ知りえないだろう情報が、事細かに記されていた。

「キール先生のトゥルーエンドヒロインに、やっと出会えたわ。」

 くるくる、くるり。日記を抱きしめたままひとしきり身をひるがえして踊ると、ジェーンは満足げに、ほう、と息を吐いた。それから抱きしめていた日記帳を、そっと自分のドレッサーの引き出しにしまう。鍵穴が細工でうまく隠れており、秘密の品を仕舞うのにぴったりだと、ドレッサーをジェーンに譲った叔母が笑ったのを、ジェーンは今でも覚えている。

「こんなに近くに居たなんて。この間からもしかしてとは思っていたけれど…大正解。」

 長きにわたっての探し物が見つかった、とジェーンは笑みを深くする。ふふ、と笑みをこぼしながら、ジェーンは思案した。確証を得るために揺さぶりすぎた自覚があった。恐らくエリスは自分を警戒したことだろうと、ジェーンは歓喜に頬を緩めながらも冷静に考えを巡らせた。さてどうしたものか。

「私の夢が叶うんですもの。ここは慎重に動かなくては。」

 だがあまりにも慎重では仕損じる。グローリアがシャワールームから戻るまであと数分、ジェーンは上機嫌に何かを思案していた。

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