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僕が恋した白い肌。  作者: RYO
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5話 晴れのち雨

「昔から変わらないね…………りっくん」


「……からかってんのかよ。」


 からかってはいないことは分かる。

 こいつは、東 桔梗は……


「なんで子供の頃の俺のあだ名を知ってるんだ。」


 そう。

『りっくん』

 そのあだ名を知っているのは日向と、俺の小さい頃遊んでいたやつしかいないはずだ。


「嫌だなー。あんなに遊んでたのに忘れちゃうなんて。」


 東さんは今まで見せたことないような不吉な笑みで確かにそう言った。

 昔から遊んでいた?

 こいつと俺が?


「昔から、自分の弱さとか認めてるつもりでもりっくんの心の中には嫉妬の渦が巻いてる。」


 その言葉に反論が出来なかった。その言葉通りにいまさっき俺は声を荒らげてしまったからだ。

 でも問題はそこじゃない。


『キーンコーンカーンコーン……』


 昼休みの終わりを告げるチャイムが2人の頭上を通り越していく。


「行かなくていいの?」


 今度はちょっと心配そうに、でも不敵な笑みは変わらず、彼女は首をかしげてきた。


「行くと、思うのか?」


 授業はもう始まっている。


「今から行っても遅いだろ。」


「……それもそうね。」


 彼女は行くのを止めるでもなく、勧めるでもなく、ただ呆然と時の流れの中に身を委ねていた。


 そんな姿の彼女を見ていると、何故か急に胸の怒りも苦しみも憎しみも消えて、ほっとするような感覚に堕ちた。


「ねぇ…」


「なんだ?」


 俺は彼女の隣に腰をかける。


「まだ、思い出せないの?」


「……」


 何を、とは聞かなかった。もうわかっている事だ。『東 桔梗と俺はどこかで確かに会って話している』という事実。最初はからかってるだけだと思っていたが、『りっくん』の一言で確信がついた。

 でも脳は思い出したくないと拒絶しているような気もした。


「じゃあ、思い出させてあげよっか。」


「……」


 その問いにも俺は答えられなかった。頭は思い出したくないとは言っていても、単なる好奇心が湧いているのは確かだったから。


「……ふふっ」


 何かを企んでるように、いや、確実に彼女は何かを企んでいた。不敵な笑みを満面に浮かべ、でもその心はどこかに置き去りにしたような、なんとも言えない空虚な表情で彼女は言った。


「私、あなたの肌がーー


 その時、屋上へと続くドアがものすごい勢いで空いた。


「耳を傾けるな!莉久!」


 そこに居たのは、蒼弥先輩だった。

 俺は全然状況が理解出来ずにいた。


「せ、先輩!?どうしてここに?授業はどうしたんですか!?」


 そんな俺の問いかけにはいともせず、先輩は東さんの方へ向いて言った。


「何故お前がここにいる!?東 桔梗!」


 先輩はこれまでに見たことの無い、怒りに満ちた表情で彼女に罵声をあげた。


「え?…田嶋先輩!?何を怒っているのですか?」


 蒼弥先輩の態度とは裏腹に彼女の態度は、まるで今初めて会ったかのように困惑していた。


「……莉久、行くぞ。」


「ちょっ、ちょっと!?」


 蒼弥先輩は俺の手首を掴んでその場を去ろうとする。

 その目はいつもの活気に満ち溢れたものではなく、どこか哀しそうな、冷たい目だった。


「どうした。莉久。」


 でも俺はこれだけは言わないといけないと思って、1度立ち止まった。


「……ごはん、美味しかった。ありがと。」


 彼女は何も言わず、まだ3分の2残ったままのお弁当をただただ眺めていた。

 その目は、どこかで見たことがあるような色をしていた。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 べちん!!


 蒼弥先輩が俺の頬をビンタするのがトイレに鳴り響く。


「……った!何するんですか急に!」


 俺の言葉には目もくれず、先輩はただ俺を見つめた。


「痛いか?」


「はい、もちろん。」


 自分でぶっておいて何を言うんだと思った。

 でもそんな疑問は、蒼弥先輩の口から発せられる言葉で掻き消された。


「これは現実だ。莉久。」


「……はい?」


 当たり前のことを言っているのだが、蒼弥先輩は至って真剣な目付きだった。


「お前も薄々気づいているだろう。夢のこと。」


「ぁ。」


 なんで俺が話したこともないことをこの人は知っているんだ?不吉な予感がした。


「なんで?という顔をしてるな。それは莉久、お前が忘れているだけだからだ。」


 もっと疑問が増えてしまった。どういう経緯で俺は何を忘れているのか何一つわからなかった。てかそもそも先輩はなんで俺の居場所を知っていたんだ?


「まぁ、のちのち分かる。…保健室にでも行くか?」


 あまりに先輩が素っ気なかったのでそんなことは聞けなかった。


「……はい。」


 まだ授業は終わってないが、気持ちの整理をしておきたかった。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「はい。これどうぞ。」


 もう既に先輩は授業に戻った。その代わり、保健委員の中明(なかあき)さんが着いてきてくれた。

 俺と蒼弥先輩が教室に入った時は『プリンスが入ってきたぞ!』とか『なんで花宮が一緒なんだ!?』とか言われて凄い騒動になりかけたが、先輩の真剣な表情が伝わったのか案外すんなり保健室に行けた。

 ベッドに俺が上体を半分起こした状態で寝て、中明さんは隣のベッドにちょこんと座っている。


「……あ、ありがとう。」


 保健室に来るのは久しぶりではない。1年生の間、不登校になりかけた時にはここに来て落ち着いていた。

 そんなことを考えながら、中明さんが注いでくれたお茶を飲む。


 中明(なかあき)(しおり)。2Cの保健委員で、普通にクラスでは陽キャなのだが、日向の情報によると、妹と弟がいて結構世話好きな人らしい。

 ロングの少し茶色い髪を肩まで下ろし、左側の髪だけ耳に掛けている。少し明るい色のリップをつけ、でもギャルギャルし過ぎない。清楚ギャルって感じだ。


「まったく、先生もいいタイミングで出張とかついてないわねあんた。」


「うん。まぁ、先生いなくても特に悪いことないけど。」


「へぇ。どこも悪くないの?」


「……まぁ。」


「じゃあサボりだ。」


「……」


 あながち間違ってはいない。


「そんなところですね。」


 中明さんはちょっと驚いた表情でさっきから俺を見ていた。


「なんだ。普通に喋れんじゃん……えーっと…」


「花宮。花宮 莉久です。」


 名前も覚えてもらっていなかったとは。俺も相当影薄いんだな。


「あー、そんなだったねごめんごめん。」


 言葉通り、本当に悪く思っているようで、中明さんは引きつった笑いをした。

 この人なら一緒にいても悪い感じはしないなと思った。


「うちあんたのこと結構気になってたんだよね。だってあんた全然人と喋んないし、授業中もいつも外見て心ここに在らずって感じじゃん?」


 まぁ、客観的に見たらそんなとこだろう。あながち間違ってはいない。


「だから案外普通に喋れて安心したわ。」


 世話好きって感じが溢れ出てるな。


「そうか。……でも楽しくないだろ話してて」


 よく言われる陰口だ。どうせ中明さんも思ってると思う。


「うん。つまんない。」


「……ぐっ」


 あまりに率直に言われたので何気傷つく。


「でもほら、うち結構明るいほうじゃん。だからね、楽しい友達ばっかり出来るの。」


「?いいことじゃないのか?」


「うん。でもそれが問題なの。」


 中明さんは少しせつないような顔をしていた。

 あの時の東さんとも、蒼弥先輩とも違う、切ない表情。


「ううん!……やっぱなんでもない。」


 作り笑いをしているのが丸わかりだった。

 あのクラスで見る中明さんはもしかしたら本当の中明さんではないような気がした。


「でも、もう少しここにいてもいいかな。」


 今にも泣きそうな表情で彼女は言った。


「俺は構わない。」


 ポツリと音がした。

 雨が窓に当たった音だった。

 またポツリ、ポツリと当たる。

 どんどん当たる間隔が短くなっていく。


「雨…だね。」


 中明さんが独り言のようにそう言った。

 窓の外に目を向ける彼女の顔はとても白くて、綺麗だった。


「……っは!?」


 急に何かを思い出したような感覚に襲われた。

 胸がぎゅっと苦しくなって、寂しくなって、自分が1人になっていく感覚だった。


「ど、どうしたの!?」


 いきなり表情が苦しくなった俺を見て、中明さんが我に返ったように、心配してくれた。


「も、もう大丈夫だから。」


 それは突然現れて突然無くなった。


「……そう。ならいいんだけど。」


 まだ不安そうな顔で俺をのぞき込んできる。


 近い。


「……ぁ。」


 なんかに気づいたように中明さんは急に立ち上がって保健室の水道近くにあるティッシュの箱を持ってきた。


「鼻血、出てるよ。」


 そう言って彼女は俺の鼻にティッシュを詰め込んだ。

 なんか恥ずかしい。


「じ、自分で出来るから!」


 彼女の手からティッシュ箱を取って今度は自分で片側の鼻に詰めた。

 中明さんはそっと微笑んでいた。


「できるだけ下を向いてる方がいいらしいよ。」


「こ、こうか?」


 俺は言われた通りに首を曲げる。


「そうそう。んで、ティッシュを捨てて鼻をギュッてつまむの。」


 言われた通りやってみる。

 数分経つと、鼻血はもう出る気配はなくなった。


「ありがとう。中明さん。」


「ううん。うちも授業サボれたし。」


 それはでかいかもしれない。


「あと中明さんじゃなくっていいよ。」


「……え?」


「栞でもなんでもいいよ。」


 あ、ありがとうございます。

 これはあれか?これからも仲良くしようってことか!?


「し、栞……」


「うん。それでいいよ。」


「……へ?…あ。」


 俺が今とても顔が赤くなっていることに自分でも気づく。何せ女の子を呼び捨てとか小学生ぶりなもんで。

 だから必然的に……


「はぁ、出てるよ。鼻血。」


 彼女は呆れたように、でもちょっと笑ってみせた。













 そして雨はいつの間にかやんでいた。





読んでいただき、ありがとうございます!

次話投稿楽しみにしていてください!!


栞は推したいです。

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