4話 憎悪の渦
「人…殺し?」
「そう。私は人殺し。」
何を言ってるんだこの人は…
ふと、蒼弥先輩の言葉を思い出した。
『あの女には注意をしとけ。』
あれはこういう意味だったのか?でも、話を聞いてみないことには繋がらない。
「ど、どういうことだ?」
「……あたしね、ちょっとした精神障害者なの。」
「…………精神障害者……?」
それは様々な原因から発症する、鬱や多重人格などを引き起こす病気だとテレビで見たことがある。
でも東さんはそんなふうに見えなかった。
「ふふ……びっくりした?これでも頑張って普通を装ってるんだけどね。」
装っている。という言葉は俺の胸にずんと刺さった。
これまで見てきた東さんはずっと我慢していたのだと思うと少し胸が痛くなった。
「んで、人殺しとなんの関係があるんだ?」
単純に聞いてみたかった。
でもこの質問はもしかしたら俺と東さんの関係を壊してしまいかねないとも同時に思った。
「……聞いちゃうんだ。」
「あぁ。」
「あなたのそういう所好きよ。」
「……?」
何故かその一言に違和感があった。
まるで、今までの俺を知っているかのように漂わせるニュアンス。
いけない予感がした。
「…………昔から」
「……っ!?どういうことだ!?」
「キャ!?」
俺は何故かその一言に苛立ちを覚えていた。
そしていつの間にか彼女の両肩を掴んでいた。
とても細くて、もうちょっと強く掴んだら折れてしまいそうな体だった。
「……ごめん。」
俺は今やっていることが間違っていることに気づき、手を離す。
「うん。……私もからかいすぎた。ごめん。」
からかう?
「どうしてそんなことする必要がある。」
すると、困ったようにチラチラとこちらを見ながら彼女は言った。
「……私…ね…ずっと省かれてきた。ずっとひとりぼっち。子供の頃は一緒に遊んでくれる子がいたんだけどね、中学校に入って、なんでかわかんないけどその子たちはいなくなっちゃって…そこからずっとひとりぼっち…」
俺も同じようだった。
小さい頃の俺はみんなと遊ぶのが楽しくってしょうがなかったのに、中学に入ってから、周りの目が気になって引きこもり気味になった。
そんな俺をいつまでも見捨てなかったのは日向だけだった。
「……でね。いつまでも内気でいるもんだから、お母さんに怒られちゃって…その頃私は反抗期だったから、家出しちゃったの…」
お母さんがいるのか、東さんには。
俺の母はあいにく俺が生まれてすぐにがんで死に、父子家庭になった。
「でも、変な人に連れ去られそうになっちゃって、その時1人の男の人に助けられたの。名前を聞くのは忘れちゃったけど…でも、昔遊んでた子の1人にすごく似てた。」
「そうか。」
「うん。……でね、その人に説得されておうちに帰れって言われた。それで、やりたいことを精一杯探せって…」
「で、何をしたんだ?」
「まずはお母さんとお父さんにに謝りたいって思った。……だから精一杯土下座して許してもらった…」
「うん、あとは?」
「ピアノを弾いてみた……案外早い飲み込みでコンテストにも優勝したことだってあった…でも、それは私のやりたいことじゃないって思った…」
こいつにはピアノの才能があったのか。
「あとは?」
「テニスをしてみた……これも早い飲み込みだって言われたけど、県大会で1位になった時、これは私のやりたいことじゃないって思った。」
運動神経もあったか。
「さっきからそればっかだな。」
「うん。でも高校生になった時に私が本当にやりたかったことに気づけた。」
「なんだったんだ?それって」
「……友達を作ること。」
「……っ」
なんでだよ。
ピアノコンテストで優勝するよりも、テニスで県大会優勝するよりも簡単なことをなんでお前は出来ないんだよ。
「だからね、ちょっと……いまさっきのも友達っぽく振る舞いたかっただけ。」
「……なっ」
東さんはちょっと涙目で、チラッと俺のことを見てくる。
友達っぽく…だと?
何かが切れる音がした。
「やっと…出会えたと思って。友達なんて……いなかったから…」
「……ぁ。」
なんだよ。なんなんだよ。
「子供の頃から、ずっと1人で…」
こいつは可愛くて
「ずっと、本ばかり読んでた…」
きっと勉強もできて
「そんな生活を、変えたくて……」
どうせすぐに彼氏とか友達とか沢山できて
「高校で変わろうって…」
俺なんかよりもずっと眩しく生きていける
「でも1年間怖くて、何も出来なくて…」
なのに
「気づいたら2年生になってて…」
なんで
「……だから嬉しかった。普通に話せて、普通に笑えて…そんな生活が一緒に出来るの人ができたのが、嬉しかった…」
「……や…めろ」
「だから私を受け入れて欲しい」
「………やめろって」
「…精神障害者でも…私を受け入れて欲――」
「やめろって言ってんだろ!!!」
東さんがビクッとなっているのが見てわかった。
でも、止められなかった。
これまでため込んできた感情を、この憎悪を、彼女にぶつけてしまった。
「綺麗事言うんじゃねぇ!!!お前はどうせ自分が悲劇のヒロインとでも思ってんだろ!?自分がか弱い精神障害者で、色んなことなんでも出来て、でも友達だけ作れませんって、もうなんなんだよ!訳わかんねぇよ!」
なんの確証もないことをただ吐き出した。
彼女が怯えているのは分かっている。
でも……彼女の言うことが許せなかった。
自分よりもきっと何倍も優秀で色んな可能性があるはずの彼女の弱音を、受け入れることができなかった。
彼女の何倍も無力な自分を受け止めることが出来なかった。
「お前みたいなやつは嫌いだ!自分の弱さで同情させて友達作ろうとして、そんな友達なんてろくな友達になる訳ねぇだろ!」
あれ?何言ってんだ俺。
俺こそ最低じゃないか。
勝手に人のこと決めつけて、東さんみたいに努力もろくにせず夢を諦めて、それに彼女の願いを叶えてあげることが出来るのは今ここに俺しかいないのに、それすら妨害してる。
もう、取り返しはつかない。
俺は彼女の夢を…友達を作りたい。という願いを壊してしまった。
「………ごめん。言い過ぎた。」
こんな行き場所のない怒りをぶちまけといて、何がごめんだ。
心底自分に飽き飽きする。
「……ふっ」
「は?」
それなのに、なぜか彼女は笑っていた。
怯えるでもなく、泣き出すでもなく笑っていた。
「……あははっ!!」
「なんで、笑ってんだよ」
不貞腐れた表情で俺は言った。
そして彼女の笑みに少し恐怖を覚えた気がした。
そして、笑い疲れた表情で彼女は言った。
「昔から変わってないね……………りっくん」
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