16話 偽りの記憶
「あら!お友達?」
沢くんちは学校からさほど遠くなかった。
玄関で出迎えてくれた沢くんのお母さんの容姿は何気に若く、お淑やかな雰囲気がする。そのお母さんは俺たちの方を見て驚きを隠せないようだ。
「うん。部活仲間ってやつだよ!」
沢くんは笑顔で返す。はたから見たら普通の親子なのだがな。
「こんにちは、中明 栞と言います。私たちの部活はみんな2年生で、准くんとも仲良くさせて頂いてます。」
栞が丁寧に挨拶をしてみせる。
「あらまぁ、皆さんお綺麗ね。どうぞ上がって。」
沢くんのお母さんは体を壁に寄せて催促した。
「失礼しぁす。」
日向に続いて俺達は靴を脱ぎ廊下を歩いた。仏壇が置いてある部屋を通り越して開けた、恐らくリビングだと思われる部屋の扉を沢くんのお母さんが開いた。『どうぞ座って』と言われるがまま丸いテーブルに並んで正座した。
「准が友達を連れてくるなんて初めてじゃないかしら。いつも内気であまり友達とか居ないようだったから少し安心したわ。」
そう言いながら俺たちの分まで冷たい麦茶をコップに注いでくれた。
「あ、どうも。」
俺は軽く会釈をして本題に移る。
「今日、さわ……准くんの家に来た理由は、実を言うとお母さんの方にあります。」
「わ、私?」
「そうです。お母さんは『解離性同一性障害』という病気をご存知ですか?」
いきなり核心をつく。
「かいりせい……あぁ、それは夫がかかっていた病気です。」
「え、夫ですか?」
意外な言葉に俺は胸のざわめきを感じる。
「そう、今年の1月に急に交通事故で亡くなってしまったわ。」
「交通事故……」
俺は沢くんの方に目を向けた。
それに気づいた沢くんは静かに首を振った。これは何かが違う、もしくは抜け落ちているというサインなのか。
「その事について少し聞かせてもらっていいですか?」
状況が理解できない俺に反して東さんは真剣な眼差しで質問をした。
「ええ、いいですよ。」
沢くんのお母さんは少しばかり笑顔を浮かべて続けた。
「夫は頼りになる人でした。家事や仕事に趣味までなんでも全力で続けていました。でも去年の10月頃から段々と壊れていきました。体力や精神力に限界がきて、ある日突然人が変わったように私に接してきて暴言や暴力を振られる時もありました。」
話している間に思い出してきたのか少し涙目になりながらそれでも続けた。
「でもおかしなことに、夫は私に手をあげた記憶が無いのです。だから私は病院に行くのを勧めましたが、夫はその記憶が無いものですから頑なに嫌がって……それでネットで調べると『解離性同一性障害』という病気に症状が似ていたんです。その症状というのは多重人格で、違う人格の時の記憶はあまり残らないらしいんです。そして多分多重人格の症状が出ていた時に車に轢かれて……」
「辛かったんですね。」
東さんは俯き、そう呟いた。
「はい。隣の部屋に仏壇があります。良かったら線香を立ててやってくれませんか?」
「分かりました。」
俺達は麦茶を飲み干して席を立ち、隣の部屋へと移った。
仏壇には灰の入った陶器とロウソクに線香とお燐、そして額縁に入った夫と思われる写真が置いてある。
じぃっと昔ながらのライターに火をつけ、ロウソクに移した。
「これ、夫が好きだった豚の角煮です。夫のように作れているといいんですけどね。」
そして音を立てずにその皿を優しく仏壇に置いた。
俺達はお燐を鳴らして合唱をした。
そして荷物を持って玄関へと向かった。
「ごめんなさいね、准の貴重な友達なのに楽しい時間を作ってあげられなくて。」
沢くんのお母さんは本当に申し訳なさそうに頭をさげた。
「いえ、大丈夫です。これからも准くんと仲良くさせていただきます。」
俺達は軽く一礼をして家と沢くんたちを後にした。
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翌日、楽部一行は部室に集まって第3回楽部会議を行っていた。
「沢くん、あの後どうだったの?」
栞が聞いたのは言うまでもない、暴力を振られたかどうかについてだ。
「うん。また。」
沢くんはしょんぼりした顔で俯いた。
「でも、みんなに言わなきゃいけないことがあるんだ。」
沢くんは机に手をついて立ち上がった。
「みんなももう気づいてるかもしれないけど、お母さんの言っていることは全部……
逆のことなんだ。」
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