15話 願いと思い
「ピ、ピ、ピ、ピピ、ピピ、ピピピピーー」
ガチャ。
俺はセミの鳴き声と合唱する目覚まし時計のアラームを切った。
「お!やっと起きたか莉久!」
「おはようございます……せんぱ!?」
俺は蒼弥先輩の顔を見て驚きを隠せなかった。
「なんだよ『せんぱ!?』って」
先輩は優雅に笑っているが、俺にとってはそれどころではない。なぜなら蒼弥先輩の顔は真っ赤に染まっていたからだ。
「なんで笑ってんですか!?なんですかそれ!」
「なに?ってあぁ。この唐辛子のことか?」
「なんだ、唐辛子か。安心しま……するわけねぇだろ!」
「テレビで肌にいいって言っていたんだ。やる訳にはいかないだろ?」
「それどこのバラエティ番組だよ!てかそれ多分ネタだよ!」
よく冗談でザリガニのハサミを鼻に挟んだりするその類だろう。
「そうか。そういえば顔がすごいヒリヒリするのだが、どうすればいい。莉久。」
「今すぐ洗え!」
はぁ、今日も朝から一苦労。
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放課後。部室にて。
机を5つ星型に並べてお互い向き合い、第2回楽部会議が開かれている。
「今日の議長は桔梗様で議題は『沢くんの願いを叶えるためには』だな。」
「議長?」
そんな役割第1回楽部会議ではなかったが。
「だってお前、会議って言ったら議長ってマジカルバナナで言うだろ。」
何故今マジカルバナナ……
「では議長の私が進めるよ!」
東さんはめちゃくちゃやる気らしい。
「とりあえず沢くんは『お母さんと美味しいご飯を食べたい』これが願いでいいんだね。」
「うん。そうだよ。」
沢くんはとても笑顔だ。この笑顔を何としてでも守らなければ。
「沢くんの家にはいつもお母さんがいるのか?」
沢くんのお母さんと話し合うには会わないと始まらない。
「ううん。いないよ。お母さんが帰ってくるのは大体夕方頃で、9時をすぎる頃に症状が発症するんだ。」
そうなるとタイムリミット的には2~3時間くらいか。
「お母さんは自分が息子に手を挙げてる自覚はあるのか?」
「いや。ないと思う。お母さんが普通な感じの時に『今日は痛くしない?』って聞いたらとぼけてたよ。」
なるほど。自覚がないのは説得が難しそうだ。
「日向、解離性同一性障害の治り方についてネットで調べてくれないか?」
「へいへいーい。」
日向はゆったりと机に置いてあるスマホに手をかけた。
てか東さんは自分が解離性同一性障害だということを知っているのだろうか。普通に会話しているけど、もしかして気を使っているのだろうか。
「ねーねー沢くん。せんべい食べる?」
日向がスマホを操作している間に突然栞が口を開き、どんと缶に入ったせんべいを机の上に出した。
「食べる!でもなんで?」
沢くんは机に身を乗り出しながら不思議そうに首を傾げた。
「今日、友達からお土産で貰ったの。ネズミーランドのよ。」
「た、食べていいの?」
「うん、いいよー。」
ビリッと袋が破れる音と、むしゃむしゃと咀嚼音が部室に広がる。
そして東さんの眼差しがあつい。
「東さん、『こ、これ私も食べていいの!?』って目をしてるね。」
「もうヨダレ垂れてるし桔梗。」
栞も呆れたようにはい、と缶を差し出した。
咀嚼音が倍に増えた。
「ん、いくつか調べたけど、まぁこの説が濃厚らしいな。」
そう言って日向は机の上にスマホをそっと置いた。そのスマホを中心に俺達はのぞき込むように円になった。
「自然的に治るのは難しい……か。」
記事に載っていた言葉を俺が口に出すと、一斉に空気が澱んでみんなが気まずくなっているのが分かる。
そんな時、日向が口を開いた。
「でもこの記事を見てくれ。」
そう言って日向はスマホを持ち上げて少し操作してまた机の上に乗っけた。
「1件、この近くの病院でその障害に似た症状をもつ子どものことで、おかしな事例が起きたらしい。」
「おかしな……事例?」
東さんが首を傾げる。
「あぁ、その子どもは友達を亡くしてしまったことで症状が発症して、でもある日突然なんらかの衝撃で治ったらしいんだ。まぁこれまでの記憶は完全に吹き飛んだらしいけど。」
「じゃあお母さんもその、なんらかの衝撃で治るかもしれなってこと?!」
「その通りだ沢くん!」
日向がグッチョブサインをすると空気が一気に明るくなる。
ただ……
「なんらかって具体的になによ。」
栞の言う通りだ。
日向のスマホの画面をスクロールしてみても、『なんらか』の詳細が書かれていなかった。
「うーん、頭に何かぶつけたとか?」
日向は自信なさげに苦笑いしている。
とは言っても俺も思いつく節はないのだが。
「あ、いっその事沢くんち行っちゃえばいいんだよ!」
「え?」
まさかの逆転の発送。というか脳筋なだけ。
東さんはそそくさと出かける準備をしている。
「おいおいちょっとまて!話し合う内容を考えないと!」
俺は必死で止めるが、東さんは支度を続ける。
「そんな事言ったってもう沢くんの思いは決まってるんでしょ?」
東さんは少しの間手を止めて、また準備に取り掛かった。
「桔梗の言う通りね。」
栞もバッグに荷物を詰め始める。
「沢くん!道案内よろしくな!」
「う、うん!」
日向も続いて立ち上がる。
「ほら遅いぞ莉久くん。」
東さんは既に準備が終わっている。
続いてみんなが鞄を持ち上げる。
「え、ほんとにぶっつけ本番なのか?」
「いいからいいから!」
東さんに手を引かれ、俺は灼熱の廊下に身を投げ出される。
あぁもういい!何としてでも沢くんの幸せを叶えてあげるんだ!
「レッツゴー!」
階段をかけ下りる俺達はただその気持ちでいっぱいだった。
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