13話 悪夢の予兆
そこには小さい男の子がいた。
その男の子の隣にはお母さんだと思われる女の人と本棚が1つある。
「ーーおかあさん楽しいおはなしして!」
男の子にそう言われると女の人は1つの絵本を本棚から手に取って読み上げ始めた。
「むかーしむかし。ある所にお婆さんが1人ポツンと山小屋に住んでいました。……なんでだと思う?××?」
女の人は笑顔で男の子の方へと問いかけた。何故か男の子の名前らしき部分は聞こえないが、男の子はキラキラとした目で『何でかなー』と考えている。
そんな男の子を暖かい目で見守りながら絵本のページをめくる。
「お婆さんは50年前『行ってきます』と戦に出ていったおじいさんの帰りをずっと待っていました。」
「えー!50ねんもー!?」
男の子は驚きを隠せないようだ。
そんな男の子を見て女の人は微笑む。
「うん、50年も。そして、ある時お婆さんが大掃除をしていると1つの手紙を発見しました。その中身を見てみると、それはおじいさんが残した遺言でした。」
「……ゆいごん?」
「そう、人が死ぬ前に残す言葉よ。」
「おじいさん、死んじゃったの?」
男の子は今にも泣きそうだ。
「ううん、まだまだ話の続きがあるのよ。」
また絵本のページをめくる。
「その文章を見てみるとこう書いてありました。『この文章を読んでいるということは、おらは死んでいるかもしれん。でもこれだけは忘れんで欲しい。おらは君を愛しとる。心の底から愛しとる。これから楽しい時を過ごしたい。子どもも作ってわんさかしたい。君はどうだったか気になって今は眠れん。ただ、愛しとる。』この遺言を見て、お婆さんは涙が止まらなくなりました。」
「やっぱり死んじゃったじゃん。」
男の子は落ち込んでいる。
女の人は楽しそうに次のページをめくる。
「でもその時、こんこんと戸を叩く音がしました。開けてみるとなんと、おじいさんがいたのです。」
「え!?」
男の子は驚きというか嬉しみというか困惑というか、よく分からない表情をしていた。
「『ただいま』とシワがくっきりとしたジジ臭い顔で笑顔を見せて言うおじいさんを見て、お婆さんは奇跡が起きたと思いました。でも驚くよりも先にお婆さんは言うことがありました。それは……」
「なになに?」
男の子は涙ぐんでいた目を再びキラキラさせてアホ毛をぴょんぴょんさせている。
「『おかえりなさい。愛してる。』」
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『まもなく○○ーーお出口は右側です』
「おき……よ」
誰かの声が聞こえる。
ガタンゴトンと心地の良い音が微かに聞こえる。
「起きなさいよ」
俺の頬を誰かがつねっている。
「いたゃい!おばぁゃさん!」
「お、お婆さん?」
「ん?あ。」
さっきの夢の記憶が出てしまった。
つねられていた指が離れた。そして、目の前で一人の女の子が立ったまま失神している。
「わ……たし…………そん……な……ふけ…………てる……?」
紛れもない栞が白目を向いている。
「あーあ、ショック受けてるよ?栞ちゃん。」
呆れ顔の東さんが俺を蔑んだ目で見てくる。
「聞いてくれ、これは事故なんだ!」
「莉久ー。栞がお婆さんだったらこの世の中、中々生きづらいぞ。」
「じゃあお前はゴキブリだ。」
「な……!」
白目を向いた人が2人に増えた。
「ほら、起きろよ。」
「……んん。あ、おはよう。」
沢くんの肩を叩くと目を擦りながら起きた。
それと同時にプシュー、と電車のドアが開いた。
「よし、行くぞ!ぶぁ!」
なんだろう、この外の空気との暑さの差は。
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俺達は駅から5分ほど歩いて海水浴場に着いた。
目の前に広がるのはどこまでも続いてそうな海と空。そして、太陽に照らされて白く光る人の肌。
「うっひょーー!!」
「久しぶりー!」
海水浴場に着くや否やすぐさま水着に着替えて飛び出して行った日向と栞。さっきまで白目むいて歩いていたんだけど。
「綺麗だね莉久くん!」
「あぁ、眩しいな。」
東さんは未だにワンピースを脱がず、真っ白に輝く腕でパラソルを砂にさしている。
「東さんは泳がないの?パリッ」
沢くんは想像通りの体つきをしていたが、海パンは黒一色、上半身には黒のウェットスーツ。因みに俺は薄緑色の普通の海パンだ。
そしてどこから出てきてんだその煎餅。
「え?うーん、日焼けしちゃうじゃん。」
東さんは苦笑いをして見せた。
「えー。勿体ないけどなー。」
沢くんは煮え切らない表情で日向たちについて行った。
「莉久くんは入らないの?」
『きゃー!変なとこに水かけないでよ!』とか『さわくんやったれ!』とか数十メートル先で楽しい声が聞こえる。
「東さん1人ここにいたらつまんないだろ。」
それっぽいことを言ってみた。
「ふーん、泳げないんだ。」
「うぐ。何故わかった!?」
そうです俺は泳げないんです。小学生の頃から。
「だって、莉久くんが本心からそんなかっこいいセリフ恥ずかしげなく言えないでしょ。」
「ま、まぁそうだな。」
東さんは小悪魔のように笑っている。
何気なく俺の事を貶してない?
「泳げなくても浅瀬で遊ぶだけでいいんじゃない?」
「東さんが行ったら俺は行くよ」
そう言って俺はパラソルの影の下に腰をかける。つられて東さんも隣に腰掛けた。
ザァーザァーと波が砂浜に乗る音と、その波に乗って来た風が肌に当たり心地良い気分になる。
向こうでは栞たちが手招きをしている。
「こっち来ないの?2人ともー!」
口に手を当ててメガホンのようにしてこっちに向かって栞が叫ぶ。
それと同時に俺は東さんの方に目線を向けた。
「……?」
俺の視線に気づいたのか、東さんはキョトンと首をかしげた。
「カメラ。持ってきただろ?」
「あー!」
東さんは手を叩き、持ってきたバックの中を漁りだした。そして、一眼レフのカメラを取り出した。
「よし!行くぞ!」
俺は東さんの腕を掴んで立ち上がろうとした。
でも……
「いやっ!……みんなで撮って。」
手を跳ね返され、急にしんみりした東さんに俺は何も言えなくなる。
「私、ここに残る。」
中々目を合わせてくれないので心配になる。
「ど、どうしたんだよ急に……」
明らかに東さんの様子がおかしいので、海の方からみんなが戻ってきた。
「写真、撮らないの?」
日向が東さんの手の中にあるカメラを見ながらぶっきらぼうに問いかける。
「撮ろうよー」
沢くんも水に濡れた体をピカピカさせて楽しそうだ。でも空気を察したのか少し引きつった笑いに変わった。
「だ、だいじょ……ぶ」
東さんはそう言った途端急に力が抜けたように俺の方に倒れ込んできた。
「うわぁぁ!?」
美少女を抱いているようなこの状況は童貞陰キャにはキツすぎる。
「だ、大丈夫!?」
栞が赤いビキニで支えられた胸を揺らしながら駆け寄ってきて、東さんを抱き上げた。
「早く海の家にでも運んで!」
栞は必死に呼びかけた。何やかんやで俺は東さんをお姫様抱っこして海の家に入った。
そこで氷を用意してもらって東さんの手首や首筋に当てた。
何とか意識は取り戻したが、まだ顔は赤く染まって、苦しそうに項垂れている。
東さんの処置がある程度終了して、海の家でみんなは腰をかけていた。
長椅子には少し柔らかい表情になった東さんが寝ている。
「莉久、ごめん。」
「なんでお前が謝るんだよ。」
重い空気の均衡を破って口を開いたのは栞だった。
「私、知ってたの。桔梗が……病気を患ってること。」
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次話投稿、楽しみにしていてください!




