12話 女心が分からない
「う、うみ!?」
提案したのは日向だった。
「まさかあんた!エロいことしようってんじゃないでしょうね!?」
栞は牙を向いて日向を指さす。
「いや、君のような貧乳には興味が無いんだ俺は……あ。」
日向は自分の言ったことの重大さに少し遅れて気がついた。
そう、今ここにいる中に巨乳が居ないことに。そして、東さんより栞の方がぼいんとしてることに!
「あんた、最低ね。」
「……はぅ」
軽蔑の眼差しを向けられ日向は息を失った。
「まぁ、私は別にいいんだけどみんなは大丈夫?」
「え?大丈夫って何が?」
この流れでいったら却下されると思っていたんだが。
「莉久くんも一緒に行く?」
東さんはニヤニヤしていた。
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「こういうことか……」
目の前に広がるのは大量の水着。
そう、ここは学校近くのデパート。
そして女性からの軽蔑の眼差し。
痛いやめてくれ。
「なぁ、帰っていいか?」
「ダメだよ。一緒に選ぶの!」
東さんはなんか楽しそうだ。
「俺なんかいても邪魔だrーー」
「一緒に選ぶぞ!な!?莉久!」
俺の声を遮ってはしゃぐ日向。お前はラッキースケベを狙っているのか?
「あんたいるなら帰っていいわ。」
「なんでだよー!?」
日向の目論見は栞の一言により一瞬で打ち砕けた。
「あ、でも自分たちのは買っておくか。」
そう言って海パンゾーンで俺と日向は自分の水着を買って帰った。
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「先輩、なんですか……これ。」
俺は部屋に散らかされた水着たちに目をやる。
「莉久のために用意したんだ。」
散らかった水着の上で仁王立ちをして腕を組んでいる蒼弥先輩がそう言った。
「てか、俺が今日遊びに行くってどうして知ってるんですか?」
俺は先輩とあの夕食から一言も喋っていない。
「あの口軽2年から聞いたぞ。」
「日向……」
先輩とどんな関係になってるんだよあいつは。
「そいつから『先輩。莉久のやつはファッションセンスが皆無だからコーディネートしてやってください。』と言われたんだ。」
なるほど、確かに俺のファッションセンスは皆無ではあるが日向、お前は頼る相手を間違えたな。
「俺にこれを着ろというのですか!?」
俺は散らかっているスク水に指を指す。
「あぁ、不満か?」
「不満も何も、これ男が着るやつじゃないし!」
「俺は去年海水浴で着たぞ?」
「マジか!?」
イケメンがスク水を着て何食わぬ顔で海を楽しんでいたらそれはそれでショッキングな絵になるな。
「じゃあ莉久はどんなのを着たいんだ?」
「普通のです。もう海パンは買ってあるんで、洋服が欲しいです。」
「普通って言われてもな…」
先輩は唸りながらタンスを漁りだした。
そんな先輩をよそに俺は枕元にあったスマホをもちあげる。
何件かLINEの通知が来ていた。楽部のグループLINEの通知だ。
栞『集合時間何時がいい?』
日向『8時に駅集合で良くね?』
沢くん『了解!』
俺はスマホの画面の上の方に目をやる。
「今は7時か。」
ここから駅までには10分ほどある。
「これでどうだ?莉久。」
タンスからスルスルと洋服が出てくる。
それらを先輩は広げて俺の丈に合わせてみた。
黒の長パンツに白のTシャツ。シンプルだが、清潔感はある。先輩は満足そうに頷き、机の引き出しからネックレスを取り出した。
「これを付けとけ。あと腕時計もな。」
「は、はぁ。」
とにかく言われるがまま身なりを整えた。
身なりが整ってると何だか自分に自信が出てくるな。
「行ってこい!」
どん、と背中を押された。
「はい!」
そして楽しいみんなとの思い出を作れると思っていた。
あんなことが起きるまでは。
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「待ったか?」
俺は待ち合わせのテンプレゼリフを言う。
「いや、むしろ早すぎると思うよ。」
まだ駅に来ているのは俺と東さんだけだ。
その東さんは白いワンピースに帽子を被って、手首に付いた白色のブレスレットが日光に当てられてキラリと光っている。そしていつもの金色のポニテを降ろしてロングヘアになっていた。可愛い。てかなんかいい匂いするんだけど。
「栞は置いてきたのか?」
「うん、なんか支度が終わんないって。」
東さんと栞はルームメイトだ。
「そうか……」
「うん……」
話が途切れてしまった。何か言わないと。
とりあえず近くにあったベンチに腰をかける。ここなら暑くない。東さんもつられて腰をかけた。
話題を振りたいがあの悪夢がフラッシュバックする。
大丈夫だよな。泣いたりしないよな。
俺は東さんをチラチラと見ながら恐る恐る口を開く。
「東さん、飯はどうしてるんだ?」
単純に気になっていたことを聞いてみた。
「自分で作ってるよ。お金払ってないから今。」
何故か問いかけにちょっと戸惑っていたのは気になるが、自炊は偉いことだ。確かにお弁当の味も良かったし。
「家賃はそろそろ払わないとなんだけどねー。」
東さんは苦笑いをしながら顔をかいている。
「まぁ全ては記憶が戻り次第って感じだな。」
「ほんとどうしちゃったんだろ、私。」
東さんは俯き、しょんぼりしている。
「ま、せっかく遊びに行くんだし、テンション高めで行こうぜ!」
何とか励ますために言ってみたはいいものの、ちょっと柄じゃないな。
「うん!ありがと。でもさ、それよりもっと最初に言っておくことはないの?」
ちょっと頬をふくらませて彼女は怒っている。
可愛い。
「言っておくことって…」
なんだ?それ。待ち合わせで女子がいて、最初に言っておくこと?
「昨日の夕飯は?」
「……」
東さんは俺にジト目を向けている。
「今日は楽しみだなー」
「……」
東さんの態度は変わらない。
「……すみません、降参です。」
「はぁ、ほんと莉久くんは女心が分かってないよね。」
「女と喋るのが非日常的なので。」
「それでも普通さ『似合ってるね』とか『可愛いね』とか言ってくれて……もいい……んじゃない……?」
東さんは自分の言ってることが段々恥ずかしくなってきて顔を赤らめて俺との距離をとってしまった。
でもそうだな、心の中では思ってたけど口に出さないと伝わらないな。でも東さんがこんな恥ずかしがってたら俺だって恥ずかしくなるわ。
「に、似合ってる。」
「……ほんと?」
顔に当てていた手の指の間から目をチラチラと見せながら東さんは疑っている。
「お世辞抜きでな。」
正直に言った。
「お暑いところ悪いんだけど。電車来ちゃうよ。」
俺の正直な思いを受け取ってくれたのは沢くんだった。
「あ、あぁ。行くか。」
沢くんが指さす方向にはもうみんながいた。
俺はベンチから腰を上げて東さんに手を差し伸べた。
「ひ、1人で立てるよ!」
東さんはまだ赤い頬をぷいっと俺の手から背けて立ち上がった。
「遅いわよー!」
向こうでは手を振っている栞たちが待っている。
俺達はみんなの方に向かって走って行った。
「ごめん待たせた。」
「いいわよ、そんなことより早く行かないと電車間に合わないよ!」
栞は黒の肩出しのトップスにデニムのショートパンツ、髪型はいつもと一緒だがウェーブがかかっている。
日向は大きなニコちゃんマークがついてるTシャツに、ジーパン。
沢くんは七分丈の白のVネックに七分丈のベージュのパンツと意外とオシャンティな感じだった。
そんな細かいところまで見てると電車が行っちゃうので走って改札口に向かってダッシュした。
あ、そうだ。走ってる途中で気づいた。
「栞、似合ってるぞ。」
「あえ!?ちょっ、いきなり何?キモイんだけど。」
何故か拒絶された。これ言った方がいいのか悪いのか分からんな。
プシュー!
電車のドアが改札に入った瞬間開いて、俺達はギリギリ中に入れた。
「ふぅ。走ったから余計暑くなっちまった!」
ガタンゴトンと揺れる電車内で日向の声が轟く。
「声がでかいぞ日向。」
5人ちゃんと席に座れて一段落だ。
「ふぅ、なんか電車のクーラーが気持ちよくて眠たくなるな…」
ガタンゴトンと揺れるこの音も眠気を誘ってくる。
「そうだねー……」
俺と俺の隣の席に座った沢くんはもう眠りについてしまった。
あけましておめでとうございます。
今年も読んでいただけると光栄です!