13. 世界を受け入れる
その日の朝見上げたリオルトの表情は、今まで見たどの彼よりも美しい笑みを湛えていた。その額に青筋が浮かんでいなかったら、天使かなにかと見間違えるかもしれない。
残念ながら今の彼は天使と言うより悪魔、いや、魔王に近かった。その魔王の前で聖女様と呼ばれた少女は、体を小さくして正座をしている。
「で?」
リオルトの口から、ドスの利いた声が出る。あまりに見た目と声の印象が違いすぎて、一瞬彼の口から出た言葉だと分からなかった。冷や汗が止まらない。
「言い訳があるなら聞きますけど」
美月は助けを求めて視線を漂わせた。部屋の中に頼みの綱のシオンはいない。扉の横に立っているメイドの一人、最近名前を教えてもらった赤毛のリリーに目で助けを求めてはみるが、すぐに逸らされてしまった。
頭の中でいろいろな言い訳がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。さんざん悩んだ挙句、やっとのことで弱弱しい言葉を紡ぐ。
「……あ、ありません」
次の瞬間、部屋にはリオルトの雷が落ちた。
13.
「あなた、私が昨日大切な儀式の前だから外出するなって言ったのを忘れたんですか!? その頭は飾りですか? それともそんなことも覚えておけないほどの浅い容量しかないんですか、こ、こ、は!」
固い拳で両側の耳の上あたりをぐりぐりと押さえつけられ、美月は「反省してます! すみません!」と必死に謝るしかできない。
「反省したらすべてが許されるとでも? ええ!?」
一応聖女様と呼んでいる相手に、リオルトの力は容赦がない。万力で占められているように頭が痛い。「痛いです!」と腕を叩いてはみても、「痛くしてるんですよ!」とドS極まりない答えが返ってきた。
ようやく手が離された時には、美月は痛みのあまり芋虫のようにその場に蹲った。
聖女様とはいったい何なのか。「本当にすみませんでした……」と謝罪しながら考えさせられてしまう。
「分かったならいいんですよ」
スッキリした表情でリオルトは乱れた髪を直していた。
「もう二度と無断外出をしないでください。特に、儀式が終わるまでは」
「はい……」
「たとえ、シオンのような護衛をつけていてもです」
「あの……シオンをあまり怒らないでください」
美月はようやく体を起こしながら言った。
「私を元気づけようとしてくれただけです」
「そんなものは言い訳にはなりませんよ。もうこってり絞りました」
美月はしゅんと肩を落とした。外出するように誘ったのはシオンだが、その理由は自分にある。あのまま城にいたら、ストレスでどうにかなってしまいそうだった。外の空気を吸って、ずいぶん気分転換になった。きっとシオンは私を連れ出すのがダメだということも、そのせいで自分が怒られることも分かっていてそうしてくれたのだ。
リオルトはしばらくそんな美月を咎めるような視線を向けていたが、不意に肩の力を抜いた。
「……はぁ、あなたたちは本当に……とんでもなく手がかかる……」
額を抑えると、そのまま椅子に腰かける。
「いいです。もう怒っていません。気分転換になったのなら、もうそれでいいです」
「え?」
「すみませんね。私はあまり人の気持ちを読むことが上手くないので、あなたが煮詰まっていることは薄々感じていましたが、どうしていいのか分からなかったんです。なので、昨日の一件であなたの気持ちが落ち着いたなら、それでいいということです」
リオルトは少し早口にそう言うと、「私の責任もありますから」と付け加えた。
美月はリオルトの横顔を見た。鼻筋が通った美しい顔には疲労の色が見える。が、同時に、どこかほっとしているようにも見えた。
「……心配、してくださったんですか?」
「……はぁ?」
鋭い視線が刺さり、美月は慌てて「ごめんなさい」両手と首を振った。
そうですよね、私の勘違いですよね、そう思います。と訴える間もなく、リオルトがゆらりと立ち上がる。
「……なにをばかなことを聞いているんですか?」
「ご、ごめんなさい!」
「私があなたの心配をしたか、ですって」
「ひっ、ひぃぃぃ」
美月は咄嗟に頭を手でガードした。ついにあの恐ろしい指示棒が凶器になる瞬間がやってきてしまったのだ。固く目を閉じ、来る衝撃に備える。
「心配したに決まっているでしょう」
が、やってきたのは美月が想像していた衝撃とはまた違うものだった。
呆れたような、怒ったような、でも優しい響きの言葉が降ってきた。ガードした腕の隙間から見たリオルトは、眉を下げて両手を腰に当てている。
「心配しますよ。私だけでなく、メイド達もです。青い顔をしていた彼女らの顔を見せてやりたいくらいですよ。後で謝っておいてくださいね」
リオルトはそう言うと、いつものように窓際のテーブルの前に立った。
両腕を頭の上にかざしたまま、ぽかんとしている美月を見て、リオルトは不思議そうに首を傾げる。
「なにをしているんですか?」
「いえ……」
「さあ、今日は魔力の使い方の追い込みをしますよ。あなたはまだ魔力を使うのに時間がかかりすぎます。もっとスムーズに大きな力を扱えないと、聖騎士に上手く力を与えられませんよ」
「は、はい……」
「いえ……ですが今日は、昼食を終えたら、少し場内の案内でもしましょうか。まあ、今更だとは思いますが……」
予想外の言葉にふわふわしたまま席について、美月はリオルトを窺うように見た。
真剣な目付きで本を捲る細く節の目立った指。なぜか今、初めてリオルトを見たような気持ちになった。
◇
昼食を終えると、リオルトに連れられて美月は城内をまわった。地下の祝福の間に行ったり、晩餐会に出たりはしたが、基本的には部屋の中ばかりにいた美月にとっては、城の中は目新しいものばかりだ。
一度行ってみたかった庭園にも案内され、この庭園を30年管理しているという庭師の人とも少し話すことができた。一番見頃だというディオーネの花も見せてもらった。人の顔ほどもある大きな花びらの青い花で、嗅ぐと甘い香りがした。香水などに使われるものだという。
門番と話し、厨房の人たちに日本の料理について話す。出来立てのお菓子をもらって、お礼を言ってから食べる。食べきれなかった分を持って帰り、メイド達に抜け出したことへの謝罪をしつつ、中庭でティーパーティーをした。そこでリリーに紹介され、メイド達の名前も初めて聞いた。彼女達は最初こそ戸惑っていたが、次第に打ち解けられた。特にリリーは同じ歳だということが分かり、たくさん話した。
枯れていた植物が水を吸うように、美月は自分の体の中が暖かいもので満ちていくのを感じた。
「ここは訓練場です」
城の裏手の門から出てすぐの場所に、小さな広場があった。中では何人かのまだ若い男たちが訓練用の木製の剣を持ち、戦っている。
「ちなみに、この裏手の塀の向こうに聖騎士選定の儀が行われる競技場があります。客席が見えるでしょう」
リオルトの指が指した方向には、歴史の教科書で見たコロッセオの外観のような壁が見えている。
聖なる儀式だとかいうわりに、観客を入れるなんてなんだか少し不思議だ。シオンもあそこで戦うのか。そう思うと、胸が苦しくなる。ごまかすように、美月は福の上から胸元の石に触れた。
「ああ、そういえば今日は確かシオンが、」
「ミツキ!? じゃない、聖女様?!」
「いましたね」
リオルトがその人物を見つける前に、シオンは二人の元に駆け寄った。
美月がまさに彼のことを考えていたタイミングだ。驚きと、気恥ずかしさがあったが、それもすぐに吹き飛んだ。
駆け寄ってくるシオンが、上半身裸だったから。
「わっ!? シオン!? ちょっと!」
「なに?」
「服着てよ!」
美月は慌てて顔を逸らした。
部活で上半身裸の男なんて見慣れているが、それとは違う。甘ったるい見た目の印象からはあまり想像できないが、シオンはずいぶん筋肉質な体をしていた。濡れてまっすぐになった髪も含め、いつものどこか安心する柔らかな雰囲気はなく、男らしさが全面に押し出されているのだ。
ギャップ萌えという言葉をいやというほど理解させられ、美月は熱を持った顔を扇いだ。
「ああごめん。水浴びてて」
悪びれる様子もなく言って、シオンは白い訓練着を羽織った。濡れた髪からはぽたぽたと水が落ちている。
「どうしたんですか?」
「城の中を案内してるんですよ」
「……今更ですね」
シオンは呆れたように笑って、続けた。
「まあ、いいや。ミツキ訓練見てく?」
「……水浴びしたばっかりなんじゃないの?」
「いいよ。汗かいたらもう一回浴びるだけだし」
悪いとは思いつつも、剣を振るっているところを見てみたいという好奇心に負けて、美月は「じゃあ……」と控えめに頷いた。
シオンは分かりやすく目を輝かせ、ない袖をまくって見せる。「誰か僕とやる人―!」というと、訓練場からは大きなブーイングが起こった。
「なんですか! まだやるつもりなんですか!?」
「嫌ですよ。カーハート副隊長いつも本気なんですもん」
「手加減してくれるならやってもいいですけど」
リオルトと美月は屋根のある場所に案内され、慌ただしく用意された椅子に腰かけた。どこか落ち着かない様子の兵達を見て、邪魔だったんじゃないだろうかと、美月は少し申し訳ない気持ちになった。
シオンとリオルトとばかりといるとあまり意識しないが、二人以外と接すると自分の立場を痛感する。
きっと、隣にいる、優雅に足を組んだリオルトのような余裕や堂々とした振る舞いが、本来ならば自分の立場に求められるものなのだろう。いつか、自分にもできるようになるのだろうか。
「……ん?」
いやいや、もうすぐ帰るんだし、そんなこと気にしなくたっていいのか。
儀式まではあと10日を切っている。なぜその先のことまで考える必要があるのか。
「どうかしましたか?」
「いえ……」
訓練場の中央にある低い円形舞台に、木製の模擬剣を持ったシオンが上る。若い兵達はしばらく誰が相手をするかでもめていたが、ようやく一人が上った。まだあどけなさの残る彼は、シオンの前に立つと深く礼をしてから剣を構えた。
「僕は魔力を防御以外には使わないから安心して」
「余裕じゃないですか……カーハート副隊長には申し訳ないですが、勝たせていただきますよ!」
「いいねぇ。活きがいいのは嫌いじゃないよ!」
シオンは不敵な笑みで剣を構えた。
いつも魔力を扱う練習に付き合ってくれる時とも、昨日孤児院で見せたものとも、正装を着た時とも違う顔だ。笑みを浮かべた口元に反して、目は好戦的にぎらついている。
「――はじめっ」
誰かの合図で、二人は勢いよく剣を合わせた。木と木がぶつかり合う高い音が響く。二人は弾かれあい、少年は姿勢を崩しながら、もう一度剣を構えた。剣に水が纏わりつき、振りかざすとそれが蛇のようにシオンに向かって鋭く伸びる。
それはシオンにぶつかる直前で弾かれて、地面にたたきつけられた。地面にぶつかると、それは命を失ったようにただの水に戻り、地面を塗らした。
「本気じゃないよね?」
剣を肩に乗せ、シオンが余裕綽々たる面持ちで言った。
「もちろんっ!」
少年は脱兎の勢いで剣をかざし、シオンに向かい、再びぶつかり合う。訓練だと言いながらも、二人は真剣そのものだった。風を切り、ぶつかり合う剣の流れが目で追えないほどだ。
「……す、すごいんですね」
今までオリンピックのフェンシングだとか剣道部の試合を見たことはあったが、それとはまた違う、自由で暴力的な動きと魔力のぶつかり合いに、じんわりと手に汗がにじんだ。
「そうですね」
リオルトは試合に視線を向けながら、当然のように言った。
「シオンは剣の腕も騎士団の中ではトップレベルですから」
「へぇ」
「嫌味な男ですよ。彼はなんでもできますから」
どこか棘のある言い方に美月が視線を向けると、リオルトは薄く微笑んでみせた。
「ま、ここには彼をそう思う人間はいませんが」
「? なんの話ですか?」
美月の問いかけに、リオルトは何も言わなかった。
舞台の上では変わらず二人の剣が交じり合う。が、息が切れ始めた少年に対し、シオンは涼しい顔だ。顔すれすれを狙った切っ先を受け流し、「そんな分かりやすいのはダメだろ!」とアドバイスをする余裕もある。
少年は一度距離と取り、悔しそうに顔を歪めた後、もう一度シオンに向かって走り出した。少年の剣がシオンに届く――が、次の瞬間には少年は膝をつき、シオンの切先が彼に向けられている。少年は何が起こったのか分からない様子だ。
「僕の勝ち」
シオンが楽しそうに笑って剣を引いた後、少年はようやく我を取り戻したように「すっげぇ……」とこぼした。
「カーハート副隊長今、どうやったんですか!?」
「自分で見極めな。いつでも相手するから」
「はい! はい! はい! カーハート副隊長、次俺も!」
目を輝かせながら舞台に上がってきた次の少年に、シオンは「えー」とめんどうくさそうな声を出しつつも笑顔だ。
面倒見のいい兄貴分なところもあるのだろう。それは美月も今まで一緒にいた中や、昨日の孤児院でのことで感じていた。
再び剣は交じり合い、訓練場には歓声が響く。
美月は椅子に背を預け、頬を撫でる風を感じながらずっとその光景を見ていた。
「っだー! 疲れた!」
「遅いですよ」
「文句ならあいつらに言ってください」
再び水浴びを終えてやってきたシオンは、背後の水浴び場で騒ぐ少年たちを指さした。
濡れてまっすぐになった髪にタオルをかけ、シャツを羽織っている。シオンはミツキを見下ろすと「どうだった?」と尋ねた。
「……すごかった」
「僕、かっこよかったでしょ」
「うん、かっこよかった」
美月は真っ直ぐな目で頷いた。
いつものように顔を真っ赤にして「ああ、違う今のは人間的にかっこいいということで」とか慌てる顔が見られると思っていたシオンは、驚いて、そして少し恥ずかしくなった。「あ、うん」と頬を掻いて、視線を首元に落とす。
少し開いた襟元から、昨日送った深い紫の石が覗いている。
「かっこよかった」
美月はシオンを見上げたまま、もう一度言った。
シオンの金色の毛先が、いつの間にか斜めになった日を受けて、高級な絹のように輝く。宝石のような目。ほんのり上気した頬。形のいい唇。彼をとりまくすべてが、どうしようもなく美しく、輝いて見えた。
「……ネックレス、してくれてるんだ」
「……うん」
「そう……」
シオンの熱っぽい声が耳に流れ込む。
「……私のこと忘れてますね」
「あっ、リオルト様」
「目の前でそんな青臭いもの見せられて、吐きそうですよ」
リオルトはげんなりとした顔をした。
「リオルト様嫉妬ですか?」
「魔導書の角で殴りますよ。さあ、冷えてきましたし、そろそろ部屋に戻りましょう、聖女様」
並んで歩きだした二人の後ろを美月も歩き始めた。
「あっ、待ってください! ギルバート魔導士長、少しお話したいことが」
が、少年たちに呼び止められ二人は足を止める。
どうやら剣や魔道のことについて聞きたいことがあるらしく、少し話したいそうだ。特にリオルトは普段なかなか会えるチャンスがないらしく、少年たちは話を聞こうと必死に引き留める。
「お願いします! 魔術について教えてください!」
「ですが私は聖女様をお部屋までお送りしなければ」
「い、いえ!」
美月は慌ててその言葉を手で突っぱねた。
「大丈夫です。部屋までは自分で帰れますから」
「ですが……」
「小さい子供じゃあるまいし、道も覚えていますから」
「それでしたら……いいですか、あなたたち。少しだけですよ。私は忙しいんですからね」
喜びの声を上げる少年たちに引っ張られ、リオルトは再び訓練場へと戻って行った。シオンとリオルトは少年たちに囲まれ、なにかを話している。楽し気な笑い声が漏れ、シオンがリオルトの背を叩いた。リオルトは不快そうに眉をひそめてはいるが、すぐに困ったような笑顔を浮かべる。
美月はその姿を見送ってから、自室へと足を進めた。
楽しげに話すシオンとリオルトの後ろ姿を見ているとき、胸が締め付けられるような気持ちだった。
だって、来月の今頃、私はこの二人の間にはいない。
「なんか、馴染んじゃったな……」
最初は帰りたくて帰りたくて仕方がないだけだったのに、今は帰ることを想像すると、
「さみしい……」
いつの間にか、この世界で暮らす人が好きになっている。いつの間にか、この世界が大好きになっている。
足を止め、痛む胸の前で手を強く握る。帰りたいけど、帰りたくない。
嘘みたいな世界だったのに、いつの間にか、何物にも代えがたいとても大切なものになってしまった。
その時突然、自分の側にあるマナの存在を、自分の中に流れる魔力の存在を、はっきりと感じた。
優しくて、美しくて、透明な、でも確かな存在。
美月は顔を上げた時、見える景色は何も変わっていないのに、違う世界に来たような、でもとても懐かしい気持ちになった。
窓から差す光も、なにもかも。
こんなに素晴らしいものが世界に満ちていたんだと、美月は今、初めて知った。
「……ずっとそばにあったんだ」
ぽろりとこぼすと、誰かに背中から抱きしめられたような気がした。それはとても一瞬で、その感覚はすぐに消えてしまったけれど、確かにあったのだ。
だから美月は、すぐに気が付いた。
「聖女様」
その言葉を発した人物の周囲のマナが、どれほど不安定になっているのかに。
美月は正面から来る男、ヴィッツを見た。背に受けた夕日で表情は見えないが、その口元には笑みが浮かんでいる。
「……こんにちは、ヴィッツ様」
ヴィッツは美月の前までやってくると、不躾に美月を見下ろした。
「ご機嫌いかがですか」
「ええ、いいです……ヴィッツ様は、あまりよろしくないようで」
ヴィッツは目を丸くした。が、すぐに「良くお分かりですね」と目を細める。
こんなもの、分かるなという方が無理な話だ。ヴィッツの中を流れる魔力も、ヴィッツを取り巻くマナもとても不安定になっている。どれだけ人のいい笑顔を張り付けていたって分かってしまう。
「そうですね。とても不快な気分です」
ヴィッツは目を伏せ、わざとらしいため息をついた。
そして再び目を開けた時、その鋭さに、美月は思わず一歩後ずさった。
「……ずいぶん、あの男に入れ込んでいらっしゃるようで、不快です」
「あの……男?」
「シオンです。シオン・カーハート」
忌々し気に吐き出された名前に、美月は顔を曇らせた。
「……シオンはあなたの部下だったと存じますが、ずいぶんな言い方ですね」
「嫌いですから」
はっきりとした言い方に、美月は言葉をつまらせた。その様子を見て、ヴィッツはもう一度人のいい笑みを張り付ける。
「……シオンは、いい人ですよ」
反論は弱々しいものになってしまった。けれど、本心だ。
美月はスカートの裾を握りしめた。
「知ってますよ。シオンはいい人間です。元々才能があったのに、真面目で努力家、人当たりがよくて、誰にでも好かれる。潰れかかった孤児院の出のくせにあっという間に第三騎士団の副隊長ですよ」
指折り数えて、ヴィッツは呆れたように笑った。
「だから死ぬほど嫌いですね」
「……私は、そんな風には思いません」
もうこれ以上は聞いていられなかった。ヴィッツがシオンへの言葉を紡ぐたびに、彼の周りのマナが不安定になっていくのを感じる。「……失礼します」まとわりつくような嫌な気配を振り払うように、美月はヴィッツの横を抜けた。
が、すぐに痛いほどの力で手首を掴まれ、その場に縫い留められる。
「……っ、どれだけあの男に入れ込んでも無駄ですよ!」
ヴィッツは吐き出すように言った。その声には、どこか焦りが滲んでいる。振り返ると、ヴィッツは口元を歪め、目をぎらつかせていた。
「……どういう、意味ですか」
「そのままの意味ですよ」
ヴィッツはゆっくりと美月の手を引いた。つんのめるようにして姿勢を変えられ、再び自分の正面にやってきた聖女の目は、睨むように自分を見上げている。
自然と、ヴィッツの口元の笑みが深くなる。
「次の聖騎士は、自分に決まっているので」




