剣と魔法のAR世界
電子的な光が消え、現れた景色は中世ヨーロッパのような景色であった。
いわゆる、よくあるファンタジーの世界観だ。
だが、違うとこもある。全く雰囲気は違うが、元々あった建物や道路の面影がある。
幹線道路を行き交う自動車は、ヨーロッパ調の馬車や人力車に姿を変え、コンクリートと鉄で構成されたビル群は、同じ高さの石とレンガでできた建物に置き換えられていた。
「よくできてるな〜」
「それはもちろん、衛星写真の地図を元に作られてるからね」
俺が景色に圧倒されていると、見知らぬ金髪のプレイヤーが話しかけてきた。
「どちらさんですか?」
「ひどい。幼なじみの顔、忘れるなんて」
いや、外国人留学生の幼なじみなんて、特殊な存在なんていなかったはずだが。
「私だよー、私。美咲だよー」
一瞬の間があり、口を開く。
「気づくわけない」
「ひどい!」
彼女は頬を膨らませる。
「だって、その髪型で、その胸でわかるわけないだろう」
彼女の黒髪は、腰まで伸びた金髪になり、小さい胸は、不自然なほど膨らんでいた。眼鏡も外れている。
「ゲーム内だけでも、憧れのボディになりたいじゃん。少しは夢みさせてよ」
彼女は泣きそうな表情で、訴えかける。
「お前の夢は知ったこっちゃないが、俺は今どう行動すればいい?」
彼女の泣き姿を完全無視して答える。
「そうねー、とりあえず龍斗君と合流しよう。そこで決めればいいと思う」
「なら、とりあえずここで待っとくか」
「うん」
俺達は、龍斗が設定を終えるまでの間、会話をして待つことにした。
「売り出されて僅かなのに、結構人がいるな」
「そうだね。まあ、ずっと前から期待されてたゲームだから、当然っちゃ当然だけど」
「確か、あの人達ってこれをプレイしている人達なんだろ?」
「うん、プレイヤー以外の普通の通行人達は、私達の目には映らないはずだよ」
「なら、一つ気になったんだが、その通行人に俺達がぶつかることはないのか?」
「それなら、心配ないはずだよ。HTWが近くの人を認識して、通行人には警告を、プレイヤーには通行人の位置を知らせるようになってるから」
「そんな機能もあるのか。値段の価値は流石にあるな」
「おお、充。そこにいたか」
見覚えのある長身の男が話しかけてきた。
「龍斗、何してる。遅いぞ」
龍斗は、悔しそうな顔を浮かべながら答えた。
「チュートリアルの戦いで、全く上手くいかなくてな。時間がかかってしまったんだ」
「なぜ動かない相手に、時間がかかるんだ」
「確かに」
「何? あいつは動いていなかったのか? 気付かなかった」
動いていたのがモンスターではなく、無駄に右往左往していた龍斗の方だったらしい。これは、先行き不安だ。
「じゃあ、皆揃ったことだし、とりあえずパーティを組もう!」
元気な声で美咲が提案する。
「とりあえず、充君と龍斗君のプロフィールを見せて。私も送るから」
「どうやって送るんだ?」
「THWを使えば、チャットとかプロフィール紹介とかができるよ」
「わかった」
「了解だ」
俺達三人は、互いにプロフィールを明け渡す。
「充君は、戦士で片手剣使いね。典型的な前衛職だねー。名前はミルだから、ゲーム中はミルって呼ぶね」
「ああ、わかった。お前の名前はサキで、魔道士で弓使いか。あまり馴染みがない組み合わせだな」
「うん。このゲームは、どの職業でも武器を扱うことが出来て、それぞれに利点と弱点があるんだけど、それを考慮してこの組み合わせにしたの。基本的に攻撃魔法で中距離を、弓で遠距離を攻めていくつもりだよ」
「そうか。なら、後衛がいいかな」
「そうだね。で、一番初心者の龍斗君は、騎士で槍使いだね。防御力が高そうだから、前衛と中衛の間ぐらいで、モンスターを引きつけてもらおうかな」
すると、龍斗はなぜか焦りの表情を見せる。
「俺は、一番安全そうだから、それを選んだのだが……」
「ある意味、一番危ない役どころだな」
「そうだねー」
「失敗した。やり直したい」
龍斗がそう呟く中、俺は名前を確認する。
「えーっと、名前はリュート……? って、まんまじゃないか」
「えっ、ダメだったのか?」
「いや〜、ダメってことはないと思うけど、バレたりしたら色々大変だと思うよ」
「そんな……」
「まあ、やってしまったものは仕方がない。とりあえず、さっきの役回りで戦うとするか」
「そうだね」
項垂れている、リュートを無視し、勝手な了承を得ると、俺達は歩き始めた。
俺は、コンクリートから改変された土の感触を確かめながら、近くに見える街に向かって歩いていた。
「本当に、土の上を歩いてるみたいだ」
「THWで、触覚を管理しているおかげだね」
「街の景色も、まるで違う。仮想の世界に飛び込んだみたいだ」
俺達は会話を楽しみながら、ゲームのクオリティの高さに感心していた。
「これが、通行人の表示か。わかりやすくていい」
「ちょっと、視界の邪魔になるときもあるけどね」
通行人は画面の左上のマップに赤い点で表示され、近くに来るたび視界に大きく、赤い点が映し出された。
「シャアアアアア!」
気を抜いていると、突然威嚇の声が響いた。
聞き覚えのある、その声は、どう見ても俺たちの方に向けられていた。
「モンスターが来るよっ!」
そのサキの声と共に、初めての戦闘が幕を開けた。