ゲームスタート
季節は夏に移り変わり、装いも新たに、俺達は朝から行列に並んでいた。
いや、訂正する。
並ばされていた。
「もう、疲れた。帰りたい」
俺がそう呟くと、美咲が返答してくる。
「何、言ってるの。もうすぐ、じゃない」
あれ、おかしいな。本気で帰りたいと言ったつもりだったのだが、全くもって伝わっていない。
「朝とはいえ、この暑さだぞ。なんで並ばなければいけない!」
俺の気持ちを代弁するように、龍斗がそう訴えた。
そう。俺達が住む街、『新京都市』は、周りを山で囲まれ、夏場には猛烈な暑さとなって、襲いかかってくる。
そんなこと、つゆ知らずと美咲が返答する。
「だって、発売日当日の朝から並んで、最速でプレイするのは、ゲーマーの基本でしょ」
こいつに言っていなかっただろうか。俺達はそもそもゲーマーじゃない。
「新作ARゲーム、The Sparkle Storyを予約購入の方。その方は、店頭にて先行販売となりますので、もう少しお待ちください」
新京都駅前の大型家電量販店の店舗前で、店員が指示を促している。
俺達を含めたゲーマー全員が、店員の指示に則して、準備を始める。
そう、期末テストを切り抜けた俺達3人は、約束通り夏休みにARゲームをすこととなった。
まあ、こんなに並ぶつもりはさらさら無かったのだが。
店員に促され、店内に入る。
中には、特別仕様のレジがセッティングされ、10数人程度が、ゲーマー達を待ち構えていた。
「いらっしゃいませ。TSSのご購入の方ですね。予約用のデータを見せてください」
「わっ、わかりました」
俺はそう言って、THWの中の予約データを店員に転送する。
「はいっ、ありがとうございます。ご入金はされていますので、商品をお持ちしますね」
そう言って、レジの後ろに積み重なったゲームのボックスの山の一角を持ってくる。
「商品はこちらです。ありがとうございました」
溌剌とした笑顔で送り届けられながら、袋に詰められたボックスを受け取る。
「定価2万か。結構な出費だったなぁ〜」
ゲームソフトとしては、破格の高値だ。高校生の俺としては、かなりの出費だったため、思わず言葉が漏れる。
俺は店員に促され、店舗の外へ出た。
クーラーの効いた室内とは違い、ムッとした暑さが俺をダラけさせる。
「あっ、やっときた」
「待っていたぞ。充」
先に買い物を済ましていた二人が、声をかけてきた。
「おお、とりあえず手に入れてきたよ」
「よーし、早速開封しよー」
食い気味で美咲が言ってきた。
「こんなところで開封したら、迷惑になるだろう。やめておけ」
龍斗が注意を促す。
「大丈夫だから。早速ゲームしたい人のために、スペースを作ってくれてるし、店員に頼んだら、無償で自宅まで箱を運んでくれるサービスもあるから」
「そ、そうなのか?」
龍斗が言葉をつまらせる。
美咲に言いくるめられてしまった。なぜか少し腹が立つ。
俺達は、少し移動し、空いたスペースでボックスを開封し始めた。
ボックスの中には、12桁の数字とQRコードが書かれたカードのようなものと、ボタンのついたリモコンのようなスティックが二つ、中に入っていた。
「なんだこれ?」
俺がそう呟くと、楽しそうに美咲が答える。
「このカードは、カセットのようなもの。HTWに認識させて、QRコードと暗証番号12桁を移すことで、ゲームのアプリが起動される仕組みなの。駅ですでにTHWをアップデートしてるから、すぐにできると思うよ」
「へぇ〜」
俺達は、ここに並ぶ前に新京都駅で、THWのアップデートをしていた。公共の大型の駅やショッピングモール等でTHWのアップデートは簡単にできる。
これは、無償でしかも1分足らずで簡単にできるので、利用している人は極めて多い。
もちろん、何かの考えがあって、アップデートをしたくない人も、アップデートせずに帰ることも可能だ。
「それで、こっちのスティックは、TSSの武器になる機械だよ。確か名前は『リアリスティック』だったかな?」
「どうやって使うんだ?」
傍で聞いていた龍斗が尋ねた。
「う〜ん、あんまりネタバレはしたくないけど、このスティックを一つに組み合わせたり、二つに分離させて使うの」
そう言って、自分のスティックを一つに合体させた。
「おお〜」
「凄いな」
俺達二人は感心した。
「武器によって、色々な形があるんだけど、そう言う詳しいことは、ゲームのチュートリアルで覚えてね」
「わかった」
「了解だ」
俺達二人の確認を取ると、息を吸い込み、言葉を放つ。
「それでは、早速やりますか」
「シンク!」
「どうされましたか?」
「ゲームを起動したい」
「それでは、QRコードと12桁のパスコードの入力をお願いします」
機械音で俺に直接指示をする。
画面には視覚認識のカメラ画面と12桁の数字を入力する画面が映った。
「ほらよっと」
QRコードを目に移す。
「認識しました。The Sparkle Storyですね」
「ええっと、3897………」
「パスコードも確認しました。ゲームアプリを起動します」
そう言うと、目に映る景色が少しずつ変わっていった……。