俺だけが見える世界
「ここの範囲は、中間テストの範囲だからな。しっかり覚えとけよ」
先生がテストの範囲をコピーし、俺達に送信する。
「ポンッ」という音ともに、クラスメート全員にデータが届けられる。
「うわ、証明問題あるじゃん。せんせー、もっと簡単にしてよー」
一人の男子生徒が、訴えている。
「ちゃんと聞いてたらできることだ。お前、俺の話聞いてなかったのか?」
「いやー、それはー、その、ね、勘弁してくださいよー」
「バカか!」
『ハハハハッ』
クラス全員がその掛け合いに笑いを起こす。
「まあ、頑張ってやれ! ちなみに赤点だと補習確定だからな」
『えええ〜』
クラス全員が悲しそうな表情を浮かべる。
「では、これで今日の授業を終える。起立!」
ぞろぞろと立ち上がる。
俺もそれに倣って、立ち上がる。
「礼!」
『ありがとうございました!』
全員が張り切って答える中、口パクで済ます。
先生が教室を出ていくと、一人の灰色の髪の少年が話しかけてくる。
「おいっ! 充、ちゃんと勉強をしているのか?」
「ああ、それなりにな」
全くもって嘘だ。俺はさっきの授業中、窓の外をボォーッと眺めていただけだ。
「本当に大丈夫か?」
やけに俺に世話を焼くこいつは、古くからの友人、篝龍斗だ。こいつは、長身でなかなかのイケメンで、その上クラストップの秀才だ。
女子にも結構モテるらしい。
「ああ、大丈夫だ。龍斗みたいに頭良く無いから、徹夜で勉強するよ」
龍斗は呆れた表情を浮かべる。
「充。日々の勉強というものが……」
「ああ、もういいから」
無理やり話の腰を折る。
「そういえば、目は大丈夫か?」
「ああ、病院にも行ったし、問題も無いって。とりあえず、目を開けると痛むから、左目は閉じておくよ」
「そうか、それなら良かった」
また嘘をついてしまった。
本当は重大な問題があった。
「龍斗、突然だが、あれ何に見える?」
窓の外にはっきりと見える、紅白の塔を指す。
「何って、新京都タワーじゃないのか?」
「そう……だよな」
「………?」
龍斗は訝しげな表情を浮かべる。
俺の問題は、どうやっても他の人には伝えられない。
左目から見える景色が、荒廃した街並みだからだ。
そう、俺。新京都学園一年一組の大空充は、他の人と少し違う。
右目からは美しい街並みが、左目からは荒廃した街並みが見えている。
これは一体、何なんだ?
この症状が現れ始めたのは、俺が中学生の頃だ。
季節は忘れたが、ある時から、片目片目で違う景色が見えるようになった。
最初のうちは、荒廃した街並みに驚き、症状を友人や両親、医師にも訴えた。
しかし、誰も理解してくれるものはいなかった。
そこで、俺は理解したのだ。誰にも伝わらないことだと。
そう諦めた俺は、その頃から嘘をつき続けることを決めた。
左目を開けていると目が痛くなるということにし、瞼を閉じて生活してきた。
それと同時に、荒廃した世界のことは、誰にも話さなくなり、皆が見ている世界の範囲だけで会話を続けてきた。
俺は騙し続けた。
友人を。
家族を。
他人を。
そして、自分を。
その嘘の生活にも慣れてきた。
たまに間違って左目を開けるとナーバスな気持ちにもなるのだが。
未だにこの謎の症状の原因は分かっていない。
探す気もなくなってきたのだが。
「おっす。来たよー」
高校の屋上で、龍斗と待っていると、幼なじみの涼風美咲がやって来た。
美咲は、俺と龍斗の幼なじみで幼少期から仲良くしている。
黒髪、メガネで、小さめの胸をしている美咲は、一部の男子からは人気が高いらしい。
「何、買って来たんだ?」
俺があまり興味なさそうに尋ねる。
「サンドウィッチだよー。手軽く食べられるものじゃないと、昼休みにゲームできないからね」
そう。彼女は容姿に見合わず、かなりのゲーマーだ。
これは、幼い時からの彼女の趣味だから、俺も龍斗も普通に理解している。
どちらも、あまりゲームをしないのだが。
「美咲。ゲームをするのは構わんが、勉強は大丈夫なのか?」
「ああ。ええと。それなりに…」
龍斗は呆れた表情を浮かべる。
「全く大丈夫じゃなさそうじゃないか。俺のプリントをやるから、ちゃんとしろよ。シンク!」
そう言って、龍斗は空中で手を動かす。
彼が行なっているのは、THWを使った通信機能だ。
「シンク!」という掛け声を言うと、自分にだけ見える電子的な画面が視界に表示される。
それを使うと、SNSや電話などが容易にできる。
この機能のおかげで、スマホは姿を消しつつある。
空中の画面を滑らせる様な動きをする。
「ほら、できたぞ」
そう言うと、美咲が「サンキュー!」と言う。
送られたメールは、AIが判断して、当人にだけ聞こえる音で知らせる。
「シンク!」
画面を開き、送られたメールを彼女は確認する。
「龍斗くん。いつも、ありがとね」
「自分でしっかり勉強しろ」
「はぁーい」
生返事を確認すると、俺は話し始める。
「それにしても、THWで何でもできる様になったなー」
「確かにな。授業も、先生からプリントの資料を受信するだけで済むし、仮にプリントを無くしても、容易に復元もできる。本当に助かるな」
龍斗が感心する様に答える。
「アップデートすれば、やれることも増えるし、楽しいよねー」
美咲もとても楽しそうに言っている。
彼らの言う通り、THWは生活全てを変えた。
しかも、年に何度かあるアップデートで、できることも増えている。
俺の謎の症状もTHWのおかげで、紛らわすことができている。全くTHWさまさまだ。
「それで、知ってる? 新しいゲームの話」
唐突に美咲が話し始めた。
「何のことだ?」
「確かに」
俺と龍斗が訝しげな表情を浮かべると、自慢するように美咲が答えてきた。
「ついに、このTHWを利用したARゲームが出るんだって!」
そう言った時の彼女の表情は、キラキラと輝いていた。