光と闇と半分叶えられる夢
ポエムが人の心を動かしたことは、ほとんどありません。ポエムは短すぎるのです。そしてナンセンスと知りながら、執筆能力の向上と、通り過ぎ行く思想をうまく合体させて形にして残すために、僕は書いているのです。
しかし本当は、たいていの芸術家は、寂しがり屋なだけなのです。
洞窟へ進んでいく子供たちの物語(これは全ての人が経験したことのある物語の大胆な比喩です)
洞窟に必要なのは、光です。
光と闇は一体です。
子供たちは光を自ら持ちません。
子供たちの所有物は半分叶えられる夢です。
半分叶えられる夢を、貼り付けられて、進んでいきます。
これは精子の比喩ではありません。
子供たちです。
子供たちには夢が半分与えられてあるのです。
しかし光を持たなければ、叶えられないのです。
これは虚しく、ニヒリストの好む思想かもしれません。
光を求め、我先にと進んでいく子供たちは、欲そのものです。
しかし、決して咎められるべきではないのです。
子供たちは光を持たないからです。
光を持たなければ、闇も持たないのです。
子供たちはあらゆる手を使います。
述べる必要はありません。
それは残虐です。残虐ですが、この評価は、後天的です(脳髄の無駄な能力の結果)
洞窟に着くのは、結局みんなです。
子供たちはみんな傷つきながらも光を手に入れます。
そして、原罪のように、光と共に、闇を手にしてしまうのです。
闇の正体を教えてあげましょう。
闇は、生です。
そして、半分叶えられる夢はただ、光を獲得するために貼り付けられた、肉体です。




