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葛藤

 図書館から家に帰宅すると、この時間にあるはずのない靴が玄関にあった。


 ーー父さんが帰ってきてる。


 なぜだ。まだ6時にもなってない。

 いつもなら8時過ぎても帰ってこないこともあるのに。

 早すぎる。異常な早さだ。


 靴を脱ぎ自室への階段を駆け上る。

 いつもならこのままスエットに着替えるのだが、今日はスエットなんて着てられない。

 いつ雪が降ってもいいように、動きやすい私服に着替えた。


「冬夜ー、ちょっと降りてらっしゃい」


 ドキっとした。


 母さんが呼んでる。しかもその声はロボットのような感情のない声に聞こえた。

 どうしよう。いつもと違うこの格好を見て、怪しまれないだろうか?

 えーい、普段と違う服を着てるからなんだってんだ。いくらでも理由はあるだろ!

 そもそも、まだあの刑事の言っていたことが本当かもわからないのに、どうして僕はこんなに警戒するんだ!

 少しの葛藤の末、僕は私服姿でリビングへ向かった。




「あら、どうしたの私服なんか着て。どこかお出かけでもするのかしら」


 リビングのドアを開けると同時に、母さんの声と父さんの目線が僕をとらえる。


「い、いや別に......」


 いきなり思っていた通りになった。と言うか、いつもと違う格好なのだから自然な反応と言えば自然な反応だろう。

 しかし、僕の胸のうちは穏やかではなかった。

 私服を着ている理由なんていくらでも思いつくはずなのに、全く出てこない。

 何を緊張しているんだ!


「そう......それはそうと、なんで今日は帰りが遅かったのかしら?」


「え?」


「とぼけないで。あんた、学校帰りにどっか寄り道してたでしょ? どうなの?」


「そ、それは......」


 なんなんだ。ちょっと寄り道したぐらいで、何をそんなに問い詰めることがあるんだ。


「ちょっと図書館に行ってただけだよ」



 バンっ



「え?母さんっ?」


 母さんは近くの壁をグーで殴った。

 手からはうっすらと血がにじんできている。


「そう、お勉強かしら? でもね冬夜、どこかへ行くなら母さんや父さんに相談するって決めたわよね?」


「......いや、それは夜に出かける時で......」


「なんで......」


「え?」


「なんで言い訳するのっ! 約束したじゃないっ! あんたはいつからそんな聞き分けのない子になったのっ! わかったわ。あのいつも迎えに来るガキのせいね。あいつのせいで冬夜はこんな不良になっちゃったのね......」


 母さんは急に大声で怒鳴り散らした。

 それを見て僕は唖然としていた。意味がわからない。

 寄り道をしただけでなぜこんなに怒られるのだろうか? それに、母さんが言うような約束をした覚えはない。


「違うよっ! 遥は悪くないし、そもそも母さんの言ってることがおかし......」


「うるさい!」


 母さんが僕の肩をガシッと掴んだ。


「痛っ!」


 掴まれた肩に母さんの爪が食い込む。

 身動きが取れない。なんて力だ。


「あんた今の状況わかってるの!? 母さんはあんたを......」


「状況?」


 そこまで言いかけて、母さんはその場に座り込んだ。


「うう.....」


 両手で顔を覆い、涙をながしている。


「お母さん。もういいだろう? 冬夜には冬夜の付き合いもあるんだ。私達が強制するのはおかしい......」


 父さんが母さんを優しくなだめる。


「だって......もうすぐなんですよ......ううぅ......」


「そうだね...... 冬夜、ごめんな。母さんは父さんに任せて部屋に戻りなさい」


「う、うん。そうする」


 父さんの顔はなんだか悲しい顔に見えた。



 ****



「もうすぐって......」


 ベッドに寝転んで考えを整理する。

 母さんのあんな姿、初めて見た。大分追い詰められていた感じだ。それに、理不尽な約束をでっち上げてでも僕の居場所を把握しようとするなんて......病んでるとしか思えない。


 やはり、刑事の話を信じるしかない。

 僕達は30年に1度の雪が降る日に、神獣様への生け贄として捧げられるのだ。村人の手によって......

 全くありえない話だ。時代遅れもはなはだしい。

 しかし、さっきの母さんの態度で確信した。絶対に村人は僕達を狙っている。


 問題は、両親が敵なのか味方なのかという事だ。

 母さんのあの異常な過保護さからして、村人から僕を連れ去られないように守ってくれているような気はする。しかし反対に、生け贄に捧げるその日まで、僕が逃げ出さないように見張っているとも取れる。


 どっちなんだ......


 考えてみれば、親が子供を生け贄に捧げるのをホイホイと許すわけはないだろう。母さんの悲しみようを見ても、生け贄に肯定的な反応を示しているとは思えない。


 でもそれなら、僕に本当の事を話してくれないのはなぜだ?


 全てを僕に話して、逃げるなりなんなりの対策をいくらでも立てられるじゃないか! それをしないという事は、やっぱり母さん達も......

 いや、狂った村の連中に生け贄のことを口外しないよう脅されてると言う線も考えられる。僕に話したくても話せない。話したら、母さん達が危ない目にあってしまうんじゃないか?


 そうだ。それなら今の両親の言動や行動も説明がつく。

 この際、母さん達に僕から生け贄の話をしてみるのはどうだろう。僕がその話を知っているとわかれば、母さん達が口外した訳ではないし一緒に村の外へ逃げ出すと言う手も使える。


 待てよ。


 もしも母さん達が、村の連中側の人間ならどうだろう?

 僕が生け贄の話を知っているとわかったら、助けてくれるだろうか? いや、それは無理だ。最悪、雪が降る日まで拘束されて、誰から話を聞いたか尋問されかねない。

 そして僕は......


「ダメだ......」


 両親に話してみるのは、リスクが高すぎる。

 あとほんのちょっと、いや数センチでもいい。母さんか父さんが僕の味方であると言うサインを送ってくれれば、踏み出せるのに......


 なんでこんなことになってしまったんだろう。

 自然がいっぱいで星も綺麗ないい村。村人も優しくて、毎日朝起きるのが待ち遠しかった。

 なのに今は......両親さえ信じられない。


 考えれば考えるほど、涙が止まらなくなってきた。

 僕のあの楽しい日々はどこに行ってしまったのだろう。


「ううっ......」


 普段あまり使わない頭を使ったせいか、僕はそのまま深い眠りについてしまった。



 ****



 ーー起きた。



 真っ暗だ。いつの間にか眠っていたらしい。

 部屋の電気をつけて、時計で時間を確認する。


 22:00


 もうこんな時間か。夜ご飯も食べてないし、風呂にも入ってない。

 電気が消えていたという事は、母さんが勝手に入ってきて消したのだろう。


 それにしても、寒い。

 夕方も結構寒かったけど、今はそれ異常だ......


「まさか!」


 急いでカーテンを開けて、窓の外を確認する。


「そんな......」


 嫌な予感は的中した。

 降っていたのだ。もう地面にうっすらと積もるほどに激しく。


 今年初めての雪を見た感想は、綺麗や驚きではなく、ただただ恐怖だった。


 まだ親に相談するかも決めきれていないし、全く心の準備ができていない。ついさっきまで悪い夢を見ていたぐらいな気持ちだったのに、まさかこのタイミングで降り出すなんて......

 いざ悪い夢の主人公になった僕は恐怖でその場を動くこともできなかった。


「あら、起きたの? あんた、ご飯も食べずに寝てたのよ。今パパッと作っちゃうからすぐに降りてきなさい。


「え? う、うん」


 急に背後から母さんが語りかけてきた。

 驚きすぎて、少し体が浮いた。


 どうするどうするどうする。

 雪が降ってしまったという事は、いよいよタイムリミットが近づいてきているという事だ。

 のんびり夜ご飯を食べてる場合じゃない。

 そうだ! 遥に電話してみよう。

 親に変化はないか聞いてみて、危ないと感じたら秘密基地に一緒に行けばいい。


 僕は階段を駆け下りて、一階の廊下にある電話機の前に立った。

 受話器を取って、最近教えてもらった遥の家の番号を入力する。


『プルルルル、プルルルル』


 あれ? 誰も出ない。

 急激に不安に襲われた。まだ22時だ。

 誰か起きていてもいい時間なのに。

 もしかしてもう遥は......


 1度受話器を置いて、再度掛け直してみる。


『プルルルル、プルルルル』


 なんで、なんででないんだ。

 頼むから出てくれよ!

 繰り返される呼び出し音に、焦りが募る。


『プルルルル、プー、プー、プー』


 急に呼び出し音が途切れた。


「え?」


 電話の親機を見ると、太い指が勝手に電話を切っていた。

 太い指の先をたどる......


「と、父さん!?」


 背筋が凍った。

 無表情の父さんが音もなくそこに立っていたのだ。


「どこに電話を掛けてるんだ?」


「い、いや、遥に明日の学校の宿題の事で......」


 苦し紛れに言い訳する。


「そうか。それなら、もう遅いから明日にしなさい」


「う、うん。わかったよ」


 父さんはリビングへと体を向けた。

 急に現れてビックリしたが、父さんの言う事も正論だ。

 しかし、強制的に電話を切るなんて......


「そうだ、冬夜」


「え!? な、なに?」


 父さんは後ろを向いたまま僕に話しかけた。


「今夜は吹雪になるらしいから、絶対に家の外に出るな。いいか、絶対だぞ」


「............う、うん。もちろんだよ」


 そのまま父さんはリビングへ入って行った。

 なんで、なんでなんだ。なんで父さんは僕が外に出ると思ったんだ!? こんな雪の日に......


 両親が味方と言う考えは、音を立てて崩れ去った。

 ダメだ。やっぱり父さんも母さんも、村の連中側の人間だ。そうすると、遥達はまだ無事だろうか?

 電話で確認できないとなると、秘密基地に行って確認するしかない。

 こうしちゃいられない。事は一刻を争う。


 僕はそーっと階段を上がり自室へ入った。

 厚手のジャケットを羽織り、リュックサックに財布や懐中電灯を入れる。最後に、勉強机に隠しておいた包丁を取り出して、また階段を降りた。


 父さんや母さんはまだリビングで僕が来るのを待っている。


「父さん、母さん。ごめん」


 小声でそう言うと、音がしないように玄関のドアを開けて外へ飛び出した......

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