豹変
翌日の登校中も、茜が僕らの前に現れることはなかった。
慣れない3人での通学はやけに寂しく、誰も口を開くものはいなかった。
昨日から訪れた何十年かに一度の大寒波も、僕らの今の気持ちを表すかのように冷たく、ひび割れた田畑もどこか悲しげだ。
「それにしても茜もバカだよな。風邪なら風邪だって最初に言ってくれれば良かったのによ。そしたら流星群を見に行こうなんて言わなかったぜ? 俺は」
無言に耐えられなくなった真沙斗が口を開いた。
「もう! 真沙斗はなんでそんなこと言うのぉ! 茜ちゃんはバカじゃないよ。それに流星群を見てる時は茜ちゃん元気だったよぉ!」
「いや、俺は別に茜をバカにしてるわけじゃなくてだな!」
「してるよ! 真沙斗はいっつも茜ちゃんの事になるとこう突っかかるっていうか!」
「まあまあ! 2人とも落ち着いて! 茜はただの風邪なんだから、今日は登校してくるかもしれないしさ」
「わかってるぅ!」
「冬夜は黙っててくれよ!」
「「フン!」」
2人は互いにソッポを向いてしまった。
茜が病気で休んでいるのが心配なのはわかるけど......まさかケンカする程とは。
はあ、間に挟まれる僕の気持ちもわかってほしい。
確かに僕も茜の急な病欠は心配だ。しかしそれより僕は、茜に確かめなければならないことで頭がいっぱいだった。
険悪なムードの中、僕達は川沿いの道に差し掛かった。
すると、前から2〜3人の大人が歩いて来ることに気づく。
よく見ると、消防団の制服を着ており、その中の1人はあのきよしさんだった。
しめた! この嫌なムードを打開するいい機会だ!
僕は少し恥じらいながらも、前から段々と近づいてくるきよしさん達に元気のいい挨拶をした。
「お、おはようございます! 朝から精がでますね!」
僕の急な挨拶に驚いた遥と真沙斗も、きよしさんの存在に気づいた。声を出すのはまだ虫が収まらないのか、それぞれ軽く頭を下げる。
「お前らまだこんなところにいたのかっ! 何をたらたらしてんだっ! 早く学校に行きなさいっ!」
「「「え?」」」
まさかの反応に、僕達は足を止めて驚いた。
「何をぼさっとしちょるとか! あんたら学生じゃろが? 早く行かんと学校に連絡するかいね」
きよしさんの横にいた大分年配の男の人も、続けてそう言った。
「そ、そんな.....、ハル達はただ、おはようって言いたかっただけで......」
「そうだよ! 遅刻もしてないし、俺らは何にもしてないじゃねえかよ!」
「じゃかぁしか! こんクソガキが!」
遥達の反論は、その年配の男の人の罵倒に一掃された。
あまりの気迫に僕達はたじろぐ。
あんまりだ。いや、この怒り方......異常だ......
「いいか、お前ら。今日から外出は禁止だ。学校が終わってもすぐに家に帰れ!」
最後にきよしさんがそう言って、消防団の服を着た人達は歩いて行った。
「なんなんだよ今の。きよし兄ちゃんまで......」
「ううぅ、ハルは何にもしてないよね? そうだよね、冬夜君?」
遥は目に涙を浮かべながら僕に確認した。
「う、うん。大丈夫だよ。僕達は何にも悪いことなんて......してない」
自信がなかった。しかしそれは、ただ単にきよしさん達の態度に圧倒されて、まるで僕達が悪いことでもしているような気分になっていたからだ。
間違いなく僕達は何もしていない。むしろ、変な言いがかりをつけてきたのはきよしさん達だ。
一体どうしたんだ? 機嫌が悪かったのか?
機嫌が悪かったにしても、あの言い方はないんじゃないか? それに、年配の人がキツくあたるのは僕だけだったはずなのに、遥や真沙斗にまで及んでいる。
それからの通学路はさっきの嫌なムードとはまた別の、なんだかモヤモヤしたどうにも表しがたい雰囲気で登校した。
****
「グッモーニン! みんな遅かったね〜! さてはあたし抜きで朝のお散歩でもしてきたのかな?」
僕達が教室に入ると、風邪で休んでいたとは思えない元気な挨拶が飛んできた。
「あ、茜! もう大丈夫なのかよ!」
席でニコニコしている茜に、一番最初に近寄って行ったのは真沙斗だった。
「茜ちゃーん! 寂しかったよぉぉぉ」
次に遥。
「おはよう! もう風邪は治ってるみたいだね」
最後に僕だった。
「あれあれ〜? 他の2人はこんなに心配してくれてんのに、冬夜はなんだかドライだね〜? さては照れ隠しかな?」
「ち、ちがうよ! 感情が顔に出ないだけで......」
「わかってるって〜! 休み明けに一発、冬夜をからかおうって思ってたんだよね〜。ははは」
「茜ーっ!」
まったくお茶目な奴だ。
しかし、なんだか安心した。付き合いは短いが、やっぱり茜もこの4人の中にいなくてはならない存在だ。
「それにしても、茜ちゃんほんとに風邪大丈夫なのぉ?」
「おいおい遥、風邪にどうしてもこうしてもねえぜ! 茜がバカだったからすぐに風邪の菌がいなくなっちゃったんだぜ、きっと」
「こぉぉぉらぁぁぁ! 真沙斗ぉぉぉ!」
真沙斗も懲りないな。でもなんだか2人共嬉しそうだ。
いつもの日常の風景が戻ってきた気がする。
真沙斗と茜のお決まりなケンカが収まったところで、改めて僕は茜に例の件を聞いてみることにした。
「あ、茜? そういえばさあ、流星群を見に行った日なんだけど......」
「あー、そうそう。ちょっと聞いてよ〜! 最悪だったんだけどー」
最悪。
その言葉を聞いただけで僕は直感した。
「うちのお父さんがさぁ〜、なんだかすごい怒ってて! お前は明日は学校に行くなっ! ってすごいうるさかったんだよー!」
「えー? 茜ちゃんちも? ハルのうちもだよぉ」
「お前んちもかよ! 俺も親父に殴られて......」
待てよ。
みんなおかしいと思わないのか?
これで4人とも親に怒られたことになる。やっぱりこれは偶然なんかじゃない。 出来すぎだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 怒られるのはまだしも、なんで学校にも......って、もしかして昨日の風邪って!?」
感情が高ぶりすぎて、大声になってしまった。
茜は僕の声に驚いていたが、ハッと我に帰ると舌をペロっと出して自分の頭をコツンと叩いた。
「なんかさー、何度も「なんで学校行っちゃダメなの?」って聞いたんだけど、全然教えてくれなくてさー」
なんてことだ。親の理解不能な行動まで。
僕の母さんの「しんじゅう」と言う言葉といい、絶対におかしい。
「へえー、茜ちゃん大変だったんだねー」
「なんか最近親父達おかしくねえか? 実は今日も俺の親父機嫌悪くてさー」
「そういえばハルのお父さんもお母さんも、なんだか昨日からコソコソしてるっていうか......冬夜君ちは?」
「僕んちもなんだか変なんだ。みんな......ちょっといいかな?」
「ん? なんだ?」
「どうしたのぉ?」
「わっつ?」
僕は覚悟を決めた。
「考えてたんだけど、僕たちが流星群を見に行ったあの日から、親の様子がおかしいんだ。真沙斗も昨日言ってたけど、全部あの緊急集会に行ったあとなんだ」
「そういえば......そうだな」
「ハルもね、みんなには黙ってたんだけど。流星群を見に言ってから、なんだか村の中を歩いてて誰かに見られてる気がするの」
「見られてる? 誰かに? それって一体誰なんだ?」
思わず身を乗り出して聞いてしまった。
新事実だ。遥も僕と同じでこの村の違和感に気付いていたのか。
それに、見られてるだって!?
「わかんない。でも、1人や2人じゃない気がする。それに、今日のきよしさん達の反応もおかしいと思う......」
「あのよお、実は俺も、ずっと誰かに見られてる気がするんだ。でよ、お前らきよしさん達の目見たか? 朝、俺らと別れてからもずっと俺らのこと見てたんだぜ、あの人達」
ゾクリ、と鳥肌がたった。
真沙斗もなのか。それに、あの人達がずっと僕らを見てたって? 一体なぜだ? 教育的な指導だとすれば、度が過ぎてる。
「あーちょっといい? きよしさんの話はわからなかったんだけど、あたしもさぁ、ちょっとおかしいって思ってて。関係ないかもしれないんだけど、昨日風邪でズル休みしてる時に、近所の農家の人達があたしんちに集まってなんか話してたんだよね」
「話?」
茜の家に大人が集まっていただって?
「うん。で、何を話してたか聞こうと思ってコソコソしてたんだけど、すぐにバレて怒られたんだよね」
「なんだよそれ! お前の残念な話は聞きたくねえよ」
真沙斗が悪態をついた。
「ちっがーう。これからが本題なんだけど。何を話してたかは聞けなかったんだけど、断片的に聞き取れた言葉があるんだよ。それが」
まさか......
嫌な予感がした。
「『また』、『30年前』、『4人』、『しんじゅう』。なんか怖くない?」
「.......ぶ、物騒だな。しんじゅうって自殺のことだろ?」
「ハルちょっと怖い。30年前に何かあったってこと?」
「わかんない。でも、4人ってさ、あたし達のことだと思わない?」
「茜ちゃんやめてよ......」
「そうだ! 冬夜! 30年前の出来事って図書館とかで調べられるじゃなかったか? 」
「んー、どうだろう。新聞とかが残ってれば大丈夫だと思うけど......」
「じゃあ決まりだね〜! あたしもさ、このままだとなんか後味が悪いっていうか。気になって夜も眠れないっていうか」
「でもぉ、きよしお兄ちゃんは早く帰れって言ってなかったっけぇ? なんかハルは気が進まないなぁ」
「大丈夫大丈夫! あんな奴らの言うことなんて無視しとけばいいんだよ! 冬夜もそう思うだろ?」
なんで僕に聞くんだ! でも、もしも30年前に何かあるとしたら、この不気味な大人達の行動に説明がつくのかもしれない。
そう考えると、図書館に行きたい......
「僕も行くよ」
「よし! 決まりだな!」
「えー! 冬夜君も行くのぉ......? ......どうしょ........ぅん、わかったぁ。ハルも行くぅ」
遥は最後までためらっていたが、行く決心がついたようだった。
それにしても、一体この村に何が起きているんだ。
最初はわずかな疑問だけだったのに、それがどんどんパズルのピースをはめるように組み合わさっていく......
しかも、悪い方に。
頼むから僕達の考えすぎであって欲しいと、切に願うばかりだった......