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偶然

「それじゃ、また明日学校で!」


「みんな気をつけてね!」


「バイバ〜イ!」


「ま、また明日!」


 夢のような時間はあっという間に過ぎていった。

 みんなと別れ、いつまでも楽しかった余韻に浸っていた僕だったが、ある重要なことに気づいた。


「しまった! すぐに帰る予定だったのに!」


 時刻は、もう0時を回りそうになっている。

 マズい! もう両親は絶対に帰っているだろう。

 街灯の少ない田んぼ道を足早に帰宅した。


 ガチャ


 なるべく音のしないように鍵を回し、ゆっくりと玄関のドアを開ける。


「た、ただいま......」


 小声でそういったが、帰ってくる気配はない。

 しかし、どうやらリビングの電気だけがついているようだ。

 あちゃー、完全にアウト。

 このまま自分の部屋に上がってもいいけど、なんだか後ろめたい。ここは正直に何をしていたか話して謝ろう。


 覚悟を決めてリビングのドアを開けた。


「冬夜! 一体今までどこに行ってたの!? 母さん達、心配で心配で。今から警察に連絡しようと思ってたところよ!」


 リビングに入るなり、食卓に座っていた母さんがすごい形相で近づいてきた。珍しく父さんもまだ起きていて、無言でこちらを見ている。


「ご、ごめんなさい! 遥達と流星群を見に行ってたんだ! 」


「流星群って......! それなら何で何にも言わずに行ったのっ!? 母さんはてっきり、しんじゅう......」


「え?」


 しんじゅう?


「お前!」


 母さんが何かを言いかけた瞬間に、父さんが強い口調で話をさえぎる。


「あなた......いいえ、ごめんなさい......」


「冬夜には私から言っておくから。母さんはもう休んでなさい」


「そうね。わかりました」


 そう言って母さんはリビングから出て行った。


「冬夜。流星群を見に行くのは悪いことじゃない。なんで母さんがあんなに怒ってるのかわかるか?」


「......う、うん」


「そうか。ならいい。でもな、お前が考えているより夜の山は危険なんだ。もしまた夜に友達と出かけたくなったら、どこに行くのか、何をするのか、父さん達に相談してくれないか?」


「わ、わかったよ。ごめんなさい。次からはちゃんと言ってから行くよ」


「うん。わかればいい。後でちゃんと母さんに謝っておくんだぞ」


「......うん」


「よし、それじゃあ今日はもう遅いから早く寝なさい」


 ふう、なんとか切り抜けたらしい。

 それにしても母さんがあんなに怒るのを初めてみた。父さんはそんなにだったけど。

 リビングを出ようとしてドアノブに手をかけた。が、一つだけ引っかかることを思い出した。


「あの、父さん?」


「ん? なんだい?」


「さっき、母さんが何か言おうとしてなかった? 確かしんじゅうがなんとかって」


「言ってない」


 即答だった。

 今までに聞いた父さんの声の中で一番無機質で感情のない言葉だった。


「え?」


 あまりに予想外の返答に面食らう。


「母さんは何も言ってない」


「だって確かにしんじゅうがなんとかって聞こえたけど......」


「何時だと思ってるんだ! 早く寝なさい!」


 父さんは急に声を荒げた。

 普段あまりの怒らない父さんの、こんな怒声を聞くのは初めてだ。思わず後ろに後退してしまった。


「わ、わかったよ。お休みなさい」


 そう言うと、急ぎ目に部屋に戻った......



 ****



「......なんかおかしいよなぁ」


 自室のベッドに寝転びながらそう考えていた。

 何も言わずに流星群を見に行ったのは悪いと思ってるけど、ただ単にそれを怒ってると言う感じじゃない気がする。

 むしろ、2人でコソコソと僕に隠し事をしてるような......


「しんじゅう......か」


 母さんが言いかけた言葉が頭を巡る。

 なんなのだろう。もしかして、心中?

 急に僕が自殺でもすると思ったのかな?

 まさか! でも、他にあてはまる漢字が思いあたらない。

 ってことは、そこまで心配をかけてしまったということか。

 なんだか、母さんに申し訳ないことしたな。

 明日しっかりと謝ろう.....


 時間が遅かったのと、流星群を見に行った疲れが一気にきたためか、その日はそれで深い眠りについたーー



 ****



「冬夜! 早く起きなさい! もう遥ちゃん来てるわよ!」


 一階から威勢のいい母さんの声が聞こえた。


「......うん。今いくよー!」


 昨日寝るのが遅かったせいか、頭がボーッとする。

 あんな時間まで夜遊びしたのに、遥は眠くないのだろうか?

 そんなことを考えながら急いで制服に着替え、一通りの身支度を済ませた。


「そうだ。母さんに謝らないと」


 昨日の記憶が蘇る。

 なんだか母さんと会いづらかったが、ここはしっかりと謝らないと。

 重い足取りでリビングに向かった。



「おはよう、冬夜」


「お、おはよう」


 リビングでは、母さんが朝ごはんの支度をしていた。父さんも相変わらず食卓で新聞を読んでいる。


「あ、あの母さん」


「ん? どうしたの?」


 目玉焼きを焼いていた母さんが手を止めて振り向いた。


「昨日はごめんなさい! 本当に悪気はなかったんだ」


「なあに、そんなこと? もういいわよ。それよりも遥ちゃんが待ってるんだから早くご飯食べちゃいなさい」


「う、うん。わかった」


「あ! そうだ! なんか今日から大寒波らしいわよ。しっかりマフラーとか防寒していきなさい!」


「うん!」


 昨日のことが嘘のように、母さんは笑って見せた。

 フー、良かった。とりあえずもう怒ってないみたいだ。

 安心からかお腹が減ったので、母さんに言われた通り朝ごはんをかきこんで家を出た。



 ****



「......おはよう、冬夜君.....」


「う、うん。おはよう」


 玄関先で遥は待っていた。いつもと同じ制服にマフラー。

 すべてがいつも通り。のはずだった。しかし、遥はどこか浮かない表情をしていた。


「どうかしたの? なんだか元気ないみたいだけど」


「ううん。ハルは元気なんだけど......ちょっと......」


 遥はいつものような照れ隠しではなく、どこか悲しげに視線をズラした。


「お父さんとケンカしちゃって......」


「ケンカ!? なんでまた!」


 正直、ものすごく驚いた。

 あの優しい遥が親とケンカするなんて。


「んー、理由はよくわからないんだけどねぇ。お父さんが昨日の夜のこと、良く思ってないみたいで......」


「昨日の夜って、流星群見に行ったこと?」


「......うん」


「遥は親に言ってから来たんだと思ってたけど......」


「ちゃんと言ったよ! でも、怒られちった。だから、ハルは悪くない! って言ったんだけど聞いてもらえなかったんだよぉ......」


「そ、そうなんだ。なんだか理不尽な気がするけど......でもまあ、それが普通なのかも......」


 母さんの件もあり、なぜだか親の気持ちがわかる気がした。普通に考えたら、まだ中学2年生の女の子が夜に出歩くのを許す親なんていないだろう。


「普通かぁ......それもそうだね。お父さんもハルのこと心配して怒ったのかな」


「そうだと思うよ。きっと心配過ぎて、感情が抑えられなかったんじゃないかな? だから、帰ったら仲直りした方がいいよ」


「......そうだね! よおし! 帰ったらお父さんと仲直りだぁ! 冬夜君、ありがとう! やっぱり冬夜君はすごいね」


「すごい!? なんで?」


「だって、親の気持ちがわかるなんてすっごく大人びてるってゆうか。ハルはそう言う男の子、尊敬するなぁ」


「え? いやいや、僕なんて尊敬できるような奴じゃないよ! 実は僕も昨日怒られちゃって。僕の場合は親に言ってなかったからなんだけど。今言ったのは父さんの受け売りなんだよね」


「あはは、そうだったんだぁ。でも、冬夜君の大人っぽいところを尊敬してるのはかわらないよ!」


「そ、そうかな? あ、ありがとう。はは」


 ハルに褒められて素直に照れる僕は本当に大人びてるのだろうか? まあ、好きな女の子がそう言ってくれてるのだから、ありがたく喜ぼう。

 とりあえずハルの問題も解決したところで、僕たちは学校へ向かって歩き始めた。





「押忍! 今日も相変わらずぎこちないなぁお前ら!」


 いつもの場所でいつものように、真沙斗が後ろから声をかけてきた。


「おはよう! って、ええっ!?」


「真沙斗どうしたのぉ? ほっぺた......」


 振り向いた僕たちは驚愕した。

 元気に声をかけてきた真沙斗の顔は、ひどく腫れ上がっていたからだ。大きな絆創膏も貼ってある。


「いやー、なんか昨日親父に殴られちゃってさ。変な顔だろ? クリ坊主みたいだよな、ははは」


「クリ坊主って、それ笑えないよ! なんで......」


 クリ坊主はスーパーヒゲおじさんに出てくるザコキャラで、栗みたいにほっぺたが大きい。

 しかし、今の真沙斗の顔は本当にクリ坊主のように腫れ上がっていた。


「なんかさー、昨日のことで親父が機嫌悪くて。帰ってきたら何も言わずにこれだぜ? あったま来るよなー」


「「え?」」


 僕と遥は顔を見合わせた。


「真沙斗ぉ、もしかして昨日のことって流星群を見に行ったことぉ?」


「お、おう! 良くわかったな! けっこう遥も勘がいいんだな!」



 身体中の体温がスーッと引いていく感じがした。



「実は僕達も昨日、親に怒られたんだ」


「え? そうなのか? いやぁ、偶然ってあるもんだな」


「本当だねぇ! なんかお父さん達が揃ってハル達を怒ろうって決めてるみたい!」


「本当だなあ! まさか昨日の集会もそのこと話し合ってたりして! ははは! そんな訳ねえか」


 笑えなかった。

 真沙斗は冗談で言ったのだろうが、このあまりにも出来すぎた偶然はそれしか考えられない。

 それに、僕の頭の中では母さんが言いかけた「心中」と言う言葉と、それに対する父さんの反応が思い出されていた。

 なんなんだ、一体。やっぱり、父さんや母さんは僕に隠し事をしているのか?


「なんだよ冬夜! そんなに暗い顔して! それよりもよお、あのステージのボスが倒せなくて......」


「う、うん......」


 真沙斗がするファミコンの話が全く頭に入ってこなかった。それよりも、もし本当に大人達が集会で決めたことならば、茜も昨日の夜に怒られたはずだ。なんとしてもそれを確かめたくてしょうがなかった。

 僕は茜が合流してくるのを今か今かと待ち続けた。







 ーーその日、茜は学校に来なかった......

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