流星群
「このっ! くそっ! あー! またここでゲームオーバーかよぉ......」
「冬夜ー! そんなにファミコンばっかりやってないで早くお風呂入っちゃいなさい!」
一階から母さんの声が聞こえた。
なんて大声出すんだよ。田舎じゃなかったら、近所迷惑もいいところだ。
「今いいところだからあとでー」
ガチャッ
「うわあっ!」
急に自室のドアが開き、仁王立ちの母さんが姿を現した。
「もうっ! あとであとでって、いつになったら入るのよ! お父さんもお母さんもあんたが入るの待ってるんだからね!」
「わかったよ! うるさいなー!」
先に入ってくれればいいのに。
でもまあ、これも親心なのかもしれない。
惜しみつつも、渋々ファミコンの電源を落として風呂に入ることにした。
****
バシャーン
「ふーぅ! やっぱ風呂だな」
湯船に浸かると、さっきまでの反抗心が嘘のようになくなった。湯気が立ち上る空間を見上げると、心が落ち着いた。
しかし、思い出したくないことも思い出してしまう。
「それにしても......どうしよう......」
そうなのだ。
学校から帰ってから、流星群のことをどう親に説明しようか考えに考えた末、いつの間にかファミコンに手が伸びていたというわけだ。
今まで子供だけで夜に遊びまわることなどなかったからか、悪いことをする訳でもないのに妙に言いだし辛い。
父さんはどうにか許してもらえそうなのだが、問題は母さんだ。
ああ見えて、なかなか過保護な親なのだ。
なんて言えば気持ちよく送り出してくれるのだろう......
「よしっ! 決めた! 直球勝負だ!」
考えた末に出した結論は、当たって砕けろだった。
こうなったらダメ元でいくしかないのだ。
覚悟を決めて風呂から上がり、一度パジャマに着替えてリビングへ向かった。
****
リビングでは珍しく両親ともよそ行きの服に着替えて談笑していた。
「あれ? 父さん達どっか出かけるの?」
「もうあがったの? 早かったわね。母さんと父さんは、今から村の集会に行ってくるからお留守番よろしくね」
「集会? こんな時間から?」
びっくりした。なんだよこんな時に。
それに、時刻はもう20時を回っているのだ。
「なんだか急な集会らしいんだよ。村の大人は全員参加だとさ。お父さん、昼間はなかなか村の人とコミュニケーションが取れないからいい機会だよ」
「ふーん。何時ぐらいに戻ってくるの?」
「そんなに遅くはならないと思うんだけど、一応戸締まりだけお願いね」
「う、うん。わかったよ。気をつけてね」
「なんだ冬夜。父さん達になんか用があったんじゃなかったのか?」
「え? 用? あったようななかったような......忘れちゃった」
ヤバい。これは無理だ。
留守番を頼まれてるのに、流星群を見にいくなんていえるはずがない。
そのあとは、親を玄関まで見送った。
今まで見送るなんてしたことがなかったので、両親は不思議そうに僕を見ていたがなんとか送り出した。
「マズい。これはマズいよ。真沙斗になんて説明すればいいんだ......」
プルルルル、プルルルル
電話がなった。
なんてタイミングだ。電話の主は出なくても分かる。
真沙斗だ。
なんて話そう。学校で行くと言っておきながら、留守番を頼まれたから行けなくなったなんて言えるはずもない。
プルルルル、プルルルル
電話はずっと鳴り続いている。
考えている暇はない。とにかく電話にでて自分が置かれている状況を説明するしかない。
意を決して電話に出た。
ガチャ
『はい、火村です』
『あ、冬夜? オレオレ、真沙斗だけど』
『あ、真沙斗? どうしたのこんな時間に?』
僕のバカヤロウ! なんで電話をかけてきたかなんてわかってるくせに!
『え? おいおい冗談はよしてくれよ。で、時間と場所が決まったから、持ってくるものとかメモしてほしいんだけど』
『え? メモ? ちょっと待ってて』
ガサガサとペンと紙を探した。
『はい、いいよ』
しまった。いいよじゃない!
留守番のことを言わないといけないんだった!
『場所は、前に行った秘密基地な。時間は21時。持ってくるものは、毛布とカップラーメン。あったかい飲み物とかも用意しといたほうがいいぜ。あ! 防寒着はフル装備で! ちょっと着すぎかな?って思うぐらいがいいと思うぜ。じゃ、俺はまだ準備あるから、また後でな!』
『あ! ちょっと!』
プー、プー、プー、プー
切れた。
あー、なんてことだ。
完全に僕は流星群を見にいくことになってる。
どうしよう......
まあ、でも、父さん達はさっき集会に向かったばかりだし当分は帰ってこないはずだ。
ササっと流星群を見て、用事があるってことで帰ればどうにか父さん達が戻る前に帰ってこれるかもしれない。
うん、そうだ。それしかない。
急いでメモした物を集め、家を飛び出した。
****
「押忍! 早かったな! もっと遅れてくると思ってたぜ」
真沙斗は律儀に外で僕の到着を待っていたらしい。
緑色のブルソンにニット帽。下はジャージを重ね着しているらしく全体的に1.5倍くらい太って見えた。
「はあ、はあ、頑張ったよ。はあ、はあ、どうにか時間通りについた。はあ、はあ」
息が上がっていた。無理もない。
僕は約束の場所まで走ってきたのだ。早く来て、早く終わらせるために。
「あー! 冬夜君こんばんは〜☆ 夜に会うなんて、なんか不思議な感じだね〜」
「冬夜も来たね。暗い山道だから迷ってないかみんなで心配してたところだったよ。良かった良かった!」
既に他の2人も秘密基地に到着していたようだ。
外に出てきて僕を迎えてくれた。
遥はフワフワした耳当てにマフラー。紺のダッフルコートにズボンもピンクのスエットを着ている。
茜はニット帽に丈の長いダウン。ズボンもすごくあったかそうだ。
「それじゃあ、とりあえず中に入ろうぜ」
真沙斗が呼びかけて、みんな中に入っていった。
秘密基地。それは山奥にある僕達だけの秘密の隠れ家。と言えば聞こえはいいが、山にある木造の廃墟のことである。
僕が真沙斗達と知り合ってから、最初に案内してもらった場所だ。
秘密基地と言う名前はついているが、代々中学生の先輩から受け継がれてきた場所で村民なら誰でも知っている。
「どうだぁ! すげーだろ! さっき準備したばっかなんだぜ」
秘密基地の中を見せて、真沙斗が誇らしげに言った。
中は明るく、真ん中に石油ストーブが置いてあった。発電機を持ってきて明かりがとれるようにしてあるらしい。
床は相変わらず荒れ果てていて、そこらじゅうに木材や石ころが転がっていたが、ストーブの周りは綺麗に掃除されていた。それに、人数分のイスが並べてあり暖をとれるようになっている。
「ほらほら冬夜。カップラーメン早くだして! お湯ならもう沸いてるよ」
茜に急かされて椅子に座ってまもなくカップラーメンを取り出した。
「はい、寒かったでしょ? 食べてあったまったほうがいいよ」
お湯を入れて渡してくれた。
なんとも気が効く女の子だ。将来いいお嫁さんになるよ茜は。
「フー、フー、ズルズル。あったか〜い☆ やっぱりドムべえ持ってきて良かったよぉ。ハルはドムべえが世界で一番好きだなぁ」
遥は脇目も振らずにカップうどんを食べていた。
なんだか遥が天使に見えてきたのは僕だけだろうか?
「それはそうとよお! なんか大人たちが公民館に集まって集会してるらしいぜ」
カップラーメンを食べていた真沙斗が、話を切り出した。
「そうそう、それなんだけど。うちの父さんは何の集まりなのか教えてくれなかったんだよねえ。珍しく」
「ハルのうちのもだよぉ。お父さんもお母さんもどっちも行っちゃった。なんなんだろうねぇ?」
「僕は詳しく聞かなかったけど、なんか急な集まりって言ってたよ」
みんな口々にその急な集会のことを話始めた。
「急な集まりかあ。珍しいよな。いや、初めてかもしれねえな」
「え? そうなんだ。何を話してるのかちょっと興味あるな」
「お! 冬夜もついに大人の世界に足を踏み入れたい年頃かあ?」
真沙斗がすかさず茶化してきた。
「そんなんじゃないけどさ......ちょっと訳あって」
できれば集会では時間のかかる話題を話し合ってほしいものだ。
「それよりも、そろそろ時間だよ君達!」
腕時計を見て茜が言い出した。
「よおぉぉぉし! ハルは今日、い〜っぱい流れ星見つけるんだぁ!」
「よっしゃ! それじゃはしご登って屋根に上がろうぜ!」
「屋根!? はしご!?」
「そうそう。や、ね! 冬夜には言ってなかったけど、あたし達だけの穴場なんだよ。すごく星が近くに見えるんだよね」
「そ、そうなんだ......、はは。高い所登るんだよね。はは」
「もしかして......冬夜君高い所ダメぇ?」
悲しそうな目をして遥が僕を見つめる。
「だ、大丈夫! 高い所なんて、全然こわ、怖くないよ」
「おいおい! 声が震えてるぜ! 大丈夫かよお、ははは」
真沙斗にはバレてるみたいだ。
しかーし、遥に大丈夫って言った手前、ビビる訳にはいかない。
ガクガクした歩き方で、秘密基地の出口に向かった。
ーーその時。
グラっ
「おっとっと!」
緊張していたからか、なにかを踏んで滑りそうになった。
「「「危ない!」」」
みんなが一斉に僕に声をかける。
「え?」
みんなの顔がひどく歪んで見えた。
ただ事ではないと思った僕は、とっさに腕を伸ばした。
ダンっ!
後ろに倒れていく体を、間一髪片腕をついて支えた。
ホッとして、目線を後ろに向ける。
ーー尖った杭が地面から突き出ていた。
危なかった......いや、本当にギリギリだった。
もう少し手をつくのが遅れていたら、今頃僕のお腹からこの杭が突き出ていたに違いない。
あまりの出来事に支えていた手を離し、尻もちをついた。
と、同時に遥が僕に近寄ってきた。
「もうっ! ちゃんと足元見て歩かないとダメだよっ! 本当に......本当に危なかったんだよ! わかってる?」
面食らった。初めて遥から大声を上げて怒られたからだ。
それに、遥の目には涙が浮かんでいた。
「ご、ごめん。気をつけるよ......」
それしか言えなかった。
「全く、冬夜もドジな所があるよな。まあ、ケガもしてないみたいだし、良かったじゃねーか」
「そ、そうだよね。良かったよ。あたしも前々からこの杭は危ないと思ってたんだよね。今度みんなで秘密基地の改装しようよ」
真沙斗や茜も遥の大声に驚いていたようだ。
「う、うん。僕もそうしようと思ってたトコ......」
まだ驚きが収まらない僕は、適当なことを言ってごまかした。いや、遥が心配してくれていたことが嬉しくて、照れていたのかもしれない......
****
なんとか遥も落ち着ちついたので、僕達は流星群を見ると言う当初の目的を果たすことにした。
途中、僕がビビってはしごの途中で動けなくなったことを除くと、みんなスムーズに屋根の上に登ることができた。
屋根の上は既にマットが敷いてあり、僕、遥、茜、真沙斗の順番で寝転びながら空を見上げた。
「......うわあ! すげえ!」
第一声は僕だった。
「......きれい」
「最高だねえ」
「............おう」
みんな口々に感想を言ったが、そのどれもが一言だけのシンプルなものだった。
夜空には雲ひとつない。冬の澄んだ空気のおかげか一面にに広がる星達の光がとても輝いて見えた。手を伸ばせば星がとれそうなぐらい近い。
こんなにキレイな星を見るのは初めてだ。
東京で天体観測をした時は、どこか空が濁っていて星の輝きも鈍かった。でも今は、どこか別の世界にでも来たかのような気分だ。
「あ! 流れ星!」
遥が指を差しながら言った。
「本当だ。願い事しなきゃね」
「茜もたまには乙女なこと言うんだな」
「どういう意味よ!」
バシッと軽く真沙斗を叩く音が聞こえた。
「まあでもよ。本当に願い事が叶うなら何をお願いする?」
「あんたこそ柄にもないこと言ってるじゃない。ちなみに、あたしは高校合格かなあ」
「おいおい! 現実的だな。俺は金持ちになりたい。冬夜は?」
「僕は......なんだろうなあ。健康に暮らせるようにとかかな......」
「あはは! 冬夜それはおじさんくさいよ! 遥は?」
「ハルはねえ! ハルは......」
遥は少しの間考えているようだった。
なんだろう、遥の願い事って。
もしかして......僕のことを......なーんてね。
ないない。あるわけない。
そう考えつつ、ちらっと遥の方を向いた。
「あっ......」
目があった。
僕はすぐに恥ずかしくなり、また空を見上げる。
「ハルは......秘密かなあ」
「あはは、なによそれ! 遥はズルいなー」
茜が優しく笑った。
まだドキドキが収まらない僕は、ただ一心に星空を見上げていた。
すると、遥の右手の人差し指が僕の左手をつついた。
緊張した。でも、それを読み取られないようにゆっくりと、優しく、左手の人差し指を遥の指と絡めた。
見上げた夜空にまた流れ星が流れた。
僕はもう一度お願いをした。
この時間がずっと続きますように、と。