想い
「は〜い、それじゃあ授業を始めるわよ。席につきなさ〜い」
「「「「はーい!」」」」
木造の古い校舎に担任の西野先生と僕たちの活気のある声が響いた。
つぎはぎダラけのボロい教室の中には、4組の机に4人の生徒。1人の担任教師しかいない。そう、この学校には現在僕と遥、茜と真沙斗の4人しか生徒がいないのだ。
全員が中学2年生の14歳。
まさか、こんなにも生徒数の少ない中学校があるとは思わなかった。前に住んでいた東京の学校では考えられないことだ。
しかし、どうやら生徒数がこんなに少ないのは中学校だけで、小学校になると全学年に2クラス編成できるだけの人数がいるらしい。その小学生達が来年から入学してくると言うのに助けられて、この全生徒4人の中学校はギリギリ成り立っているのだ。
まあ、全員が中学2年生なんてどうも運命めいたと言うか奇跡的な確率で揃ったものだと思う。僕が転校してこなければ、来年度から町の方の中学校に行く事になっていたと言う噂も聞いた。
ーーところがである。極めて少人数のクラスと言うのは、悪い事ではなかったのだ。
「じゃあ、この問題がわかる人はいますか?」
先生の優しい声が響く。
「はい! はい! はーい!」
真沙斗が威勢のいい声とともに手を挙げた。
「はい、綿谷くん」
真沙斗はサッと机から立ち上がり、まるで渋い映画スターのような低い声でしゃべり始める。
「全然......わかりません......」
「「「「........................」」」」
ビュン!
「痛てっ!」
真沙斗の顔にすごい勢いで消しゴムが飛んできた。
「こぉぉらぁ! 真沙斗ぉぉお! またお前は授業の邪魔しやがってぇぇぇ!」
茜の目がメラメラと燃えている。
「茜ちゃん落ち着いて! 真沙斗は悪気があってやったわけじゃないんだと思うの」
「遥は黙ってて! 今日という今日は許さないんだから!」
真沙斗に殴りかかろうとする茜を必死に遥が止めている。
「なにすんだこの暴力女ぁぁぁ! いいだろうっ! 今日こそ決着をつけてやんよぉぉぉ!」
真沙斗も30センチ定規を握りしめて、戦闘体制を整え始めた。
今にも戦争が始まりそうである......
ダァァァァァン!
耳をつんざく凄い音と共に、鼓膜を破らんばかりの大声が聞こえてきた。
「あんた達いいかげんにしなさぁぁぁぁい!」
ピタっとその場の空気が止まった。
みんな一斉に声のした方を見ると、教壇机を壊さんばかりに叩いた西野先生が、鬼のような形相でこちらを見ていた。
「今は授業中よ、みなさん。それにケンカに暴力を使うのはダメだわ。決着をつけたいなら、これで勝負しなさい!」
そう言って西野先生が出したのは、ピコピコハンマーだった。
「「「「........................!?」」」」
どういうことだ!
みんな唖然として先生に注目している。
「じゃんけんに勝ったら、このピコピコハンマーで負けた人の頭を叩くの。負けたら、教科書で頭を守る。わかったかしら?」
「おお! それならいいぜ! まあ、俺が負けるなんて例え明日地球が滅亡したとしてもありえないけどな」
「地球が滅亡するのとあんたが勝つのになんの関係があんのよ! バカにはキツいお仕置きが必要なようね。いいよ。あたしがそのひん曲がった根性叩きなおしてやるよ」
「えー、本当に大丈夫かな? それに、武器がピコピコハンマーになっただけで、暴力的なことをやってるのは変わらないと思うけどなー。ハルはもっとトランプとかの方がいいと思うのです」
違うだろ! みんなすっかり大事な事を忘れてるようだ。
「決まりね。それじゃあ、机を移動して2人は対面に座りなさい。いいわね? 泣いても笑っても一回勝負よ」
「「OK! 」」
「あわあわ! どうしよう!? どっちを応援すればいいんだろー? ねえ、冬夜君はどっちを応援する?」
「いや、あの、今は授業中でして......」
「ハルはみんなのことを応援したいのです!」
「............」
ダメだ。
この教室には僕の声は届かないらしい。うえーん。
「じゃあ行くわよ! レディ〜、ファイッ!」
「「じゃんけんポシ!」」
緊張の一回目。
勝者は茜だった。
シュン!
目にも留まらぬスピードでピコピコハンマーをとった茜は、「うおおお!」と言う叫びと共に真沙斗の頭にハンマーを振り下ろした。
ガチン!
「フフフ、甘いぜ! お前のその亀のようなスピードでは俺には勝てないぜ?」
余裕の表情で真沙斗はガードしていた。
「チッ、外したか。でもいいわ。これがあたしのフルスピードだと思ったら大間違いよ」
「フン、どうだかな。それよりも俺のスピードを早く拝ましてやりてえぜ!」
なんなのこれ!? なんか2人が凄くカッコイイ!
ピコピコハンマーで叩きあってるだけなのにっ!
「気を取り直して、準備はいいかしら? レディー、ファイッ!」
「「じゃんけんポシ!」」
2度目の勝者はまたしても茜。
シュン!
またもや目で追うのが精一杯のスピードで、ピコピコハンマーを真沙斗に振り下ろす!
「見切ったぜ!」
しかし、真沙斗は余裕の笑みで机に置いてある教科書を取る。
いや、真沙斗の手が止まった。
「ん!? なんで教科書が取れないんだ!?」
真沙斗は緊急事態にオロオロし始めた。
「ククク、かかったな。そうさ、それはあんたが負けることを予想してあたしが用意したトラップだよ」
「なぁぁぉにぃぃぃい!?」
「そして、ご苦労さん。あたしの勝ちだ」
ピコン!
真沙斗の頭にピコピコハンマーが炸裂した。冬で空気が乾燥しているせいか、その音はまるでエコーがかかったかのように教室中に響き渡る......
「勝者......茜ちゃ〜ん!」
西野先生の判定が下された。
「やったー! 勝った勝ったー!」
「やったね茜ちゃん! ハルも嬉しい!」
茜とハルは手を握り合いながら、ピョンピョンと跳ねている。
「そんな......バカな......」
真沙斗は膝から崩れ去り、ブツブツと独り言をつぶやいている。
「まあまあ、そんな気を落とさなくてもいいと思うよ。それよりも今は授業中だから......」
なんとか真沙斗を慰めようと近づいた瞬間、クワッと真沙斗は顔を挙げた。
「異議アリ! 茜は教科書になんか細工をしています! これはどうなんですか審判!」
「異議ですか? いいでしょう。検証してみましょう」
審判と呼ばれた西野先生は、真沙斗が言った教科書の細工を調べ始めた。
「こ、これはっ!」
先生は、細工に気づいたようだった。
すると、遥と喜びあっていた茜が先生の前に出る。
「ククク、バレてはしょうがない! 種明かしと行こうか! 実は、二回目のじゃんけんが始まる前に、教科書にご飯粒を塗って机から取れないようにしていたのだよ」
「へえー! すごーい! あ! 茜っていつも授業中におにぎり食べてるもんね? それか〜!」
「ありゃありゃ! なんか恥ずかしいなー。でもそれだけじゃなくて、真沙斗はじゃんけんでチョキしか出さないからすごく楽に勝てるんだよね。細工したのは保険かな」
「なにをー! 審判! これはアウトじゃないですか!?」
真沙斗の審議を求める声に、先生は目をつぶって考えていた。
「決めました。勝者は......茜ちゃーん!」
「やったー! 勝った!」
「やったね! ハルもすっごく嬉しい!」
またもや手を取り合いながら喜ぶ2人。
「ちょっと待ったー! なんでなんですか! 納得いかねーよ!」
結果に納得のいかない真沙斗が先生に言い寄る。
「いいでしょう。なぜ茜ちゃんが勝者なのか、それはね......」
「「「「............ゴクリ」」」」
先生を見つめる僕たちに緊張が走る。
「私の妹だからよ!」
「そんなぁぁぁぁ! そりゃあないぜセンセー!」
「「「ハハハハハハハハ」」」
悲痛な叫びをあげる真沙斗をよそに、僕たちは大笑いしていた。
そうなのだ。担任の西野先生は、茜のお姉さんなのである。つまり、勝負はやる前から決まっていたのだ。
ーーこのように、クラス全員と担任の先生までもがとても仲良しなのだ。僕は今まで、こんなにコミュニケーションを取り合えるクラスを知らない。
これも少人数のクラスだからこそなんだと思う。いや、この村の人達だからこそか。
まあ、授業をほっぽり出して遊び始めるのはどうかとおもうけど......
****
「それじゃあ、今日の授業はここまで」
「「「「はーい! さよーならー!」」」」
授業が終わると、みんな一斉に帰る準備を始めた。
すると、黒板を消していた西野先生が何か思い出したかのように喋り始めた。
「あ! そうそう! お昼のニュースで言ってたんだけど、明日からすごーく寒くなるみたい。今日から流星群だから、見に行くなら今日のほうがいいわよ」
「流星群? それってうまいのか?」
バシッ! と真沙斗の頭を茜がはたいた。
「バッカねえ。流星群よ! 星がいーっぱい流れるのよ!」
「そうなのー!? ハル、見に行きたーい!」
「おお、そうなのか! 久しぶりにみんなで星でも見に行こうぜ! 冬夜も来るよな?」
「え? 僕?」
戸惑った。今まで夜遊びなんかしたことがない。
親も許してくれるのかわからないし、どう返事したものか......
「そうだよ! 冬夜も行こうよ! みんなで集まってさ、カップラーメンとか食べながら星見るの楽しいよ〜!」
「そうそう! ハルも冬夜君と流星群見たい!」
「え? 僕と?」
心が揺れた。
実はハルは、確信犯じゃないのか?
「じゃ決まりだな。時間とか場所は後で電話するから家で待機しといてくれよ!」
「「わかったー!」」
「わ、わかっ......た......かな?」
「おいおい! 頼むぜ冬夜ぁ! お前の親父さんも一回ぐらいは許してくれると思うぜ?」
「そ、そうかな? 聞いてみるよ。あとで連絡するね」
「やったー! 流星群だー! 絶対行こうね冬夜君! 絶対だよ!」
「う、うん......」
遥は嬉しそうに僕の周りをスキップしながら歩き回っている。
できれば行きたい。できなくても行きたい。でも、本当に父さんが許してくれるだろうか?
この時の僕は、それで頭がいっぱいだった。
家に帰るまでそのことしか考えられずに、茜や真沙斗が嬉しそうにするハルをどんな目で見ているのかも気付けなかったんだ......
****
「お前はいいのかよ。あいつはハルのこと......」
「うるさい。あんたには関係ないでしょ? 黙ってて」
「そんなこと言ったって......お前も冬夜のこと......」
「やめてよ。もう言わないで......お願いだから......」
「お、おう......」
2人の背中を見つめる帰り道は、いつもより夕日が眩しく感じた......




