30年後
「はい、今日はここまで! 続きはまた今夜8時からやるんで、チャンネル登録よろしくお願いします!じゃ、またな!」
パソコンに表示される、生放送終了ボタンをクリックして一息つく。
「ふぅー、朝なのに200人も見てくれたのかー。上出来上出来!」
ガチャ
「灰人!もう何時だと思ってるの! 早く朝ごはん食べなさい!」
勢いよくドアを開けて、母さんが僕の部屋に入ってきた。
「ちょ! 僕の部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるじゃないか!」
「したわよ! あんたがパソコンに夢中で気づかないだけでしょ!」
「それは......そうかもしれないケド......」
「全く、一日中パソコンと睨めっこして何がおもしろいのかしら。こんなことになるんなら、その、ヌーチューバーだっけ? それを止めさせてもいいのよ!」
「ニューチューバーだよ! それに僕は絶対やめないから! やっと動画の再生回数も上がってきたんだ! 僕は一生これで食っていくんだ!」
「はいはい。バカなこと言ってないで早く着替えてきなさい」
そう言って母さんは部屋を出て行った。
全く、母さんは何もわかってない。
僕は今、世界で一番大きい投稿動画サイトのニューチューブで動画をアップしているニューチューバーだ。
再生回数が上がって人気が出れば、億万長者も夢じゃない。
それをわからずに、頭ごなしに否定する母さんにはいつもイライラさせられる。
しかし、親の承諾をもらってニューチューブに登録させてもらってる身としては、母さんの機嫌を損ねるとマズい事になるのは目に見えてる。
ここは、言いたい事を飲み込んでおとなしく従うことにしよう。
ああ、早く独り立ちして自由に動画をアップしたい......
そんなことを考えながら、渋々制服に着替えリビングへ向かった。
リビングへ到着すると、先に朝ごはんを食べている母さんの姿があった。
「おはよう」
「おはようって、さっき僕の部屋に来たじゃん!」
「挨拶はしてないじゃない。それより、トースト焼いてあるから早く食べなさい!」
食卓にはトーストにサラダ、牛乳と洋風のモーニングセットが置いてある。
「あ、いいよ。牛乳だけで」
「何言ってるの! 朝はしっかり食べないと!」
「だってお腹減ってないんだよ! それよりも父さんはもう仕事?」
「そうよ。あんたが起きる1時間前には出て行ったわ」
「へえー。それじゃ行ってきまーす!」
「あ! ちょっと待ちなさーい!」
牛乳だけを流し込むと、勢いよく玄関を飛び出した。
****
「よお! 今日も眠そうだな!」
いつもの通学路を歩いていると、自転車に乗った絵留が合流してきた。
「まあね。早起きして朝の動画撮影してきたよ。生放送もやった!」
「おお! すげえやる気だな! そんなにやる気あんのに、なんで勉強には力が入らねーんだろうな」
「うるさいなー! 親みたいなこと言うなよな!それに、絵留も一緒だろ!」
「俺は違えよ! 俺の情熱はこのシュバルツちゃんに全部向いてっからな。ハナから勉強なんてしねーのさ」
絵留はシュバルツと名付けている愛車(自転車)を撫でた。
シュバルツとは、二人乗り用のトンボをつけて、100円ショップで買ってきた自転車用のラッパ型クラクションを搭載した、ただのママチャリだ。
「そんなののどこがいいーんだか」
「なんだと! お前にはこいつの良さがわからねーのかよ!」
いつものように半ばケンカ交じりな会話をしながら通学路を歩く。
絵留は生まれてから14年間の付き合いになる、生粋の幼馴染であり親友だ。
まあ、同年代の男友達が絵留しかいないからなんだけど......
「あんたらまたケンカしてんの? 冬なのにちょー暑苦しーんですけど。あ! またスマホ圏外! チクショー」
「おはようぉ! 灰人くん、絵留くん!」
絵留との言い合いをしていると、またもや僕の幼馴染達が合流してきた。
「「こいつがなにもわかってないんだって!」」
絵留とハモってしまった。
「ウザっ。毎日毎日よくやるよねーあんたらも。あーあ、これだから田舎は。ガキみたいな男子ばっかでつまんねーの。ま、来年からは晴れてウチらも高校生だしー。どーでもいーんだけどねー」
「えー、きららちゃんそれじゃ灰人くんと絵留くんがかわいそーだよぉ。それにハルもきららちゃんもまだ14歳の子供だと思うなー」
「「そーだそーだ!」」
またもや絵留とハモる。
仲がいいのか悪いのかわからんなー。
「ケッ、遥までそんなこと言うとかマジウザいんどけどー。でもさー、市内の高校とか行けば遥も考え変わると思うよー。イケメンいっぱいいると思うしー。こんなド田舎の野獣みたいな男共より全然いいよ絶対!」
「まあまあ、きららちゃん落ち着いて! 灰人くんたちも! きららちゃん本当はすっごい純粋ないい子なんだよー」
「こいつがいい子だって? ツンデレのツンしかないようなギャルかぶれの芋女なんて、市内にでても相手にされないと思うぜー」
絵留が挑発的なことを言い出した。
「なんだとー! もういっぺん行ってみろよヤンキーかぶれ!」
今度は絵留ときららがケンカを始める。
「あーあ。まあ、いつもの事だな」
「そうだねぇ。このケンカもあと1年で見れなくなると思うと、ちょっと寂しくなるなー」
「......そうだな」
遥はケンカする2人を見て少し悲しげな目になっていた。
ーー僕達は、2016年2月現在、M県M市獣ヶ山町に住むごく普通の中学2年生だ。いや、ごく普通と言うと少し語弊があるかもしれない。なぜなら、少子高齢化で過疎化が進み、僕らの住む獣ヶ山町には僕、遥、絵留、きらら、の4人しか子供がいないからだ。
全校生徒4人だけの学校へ通う僕達は、普通の町の学校の生徒よりも少しだけ強い絆で結ばれている。と言えば聞こえがいいが、要は同年代の幼馴染ばかりの学校に通っているため普通の学校のようなトラブルが少ないのだ。
しかし、それも今年いっぱいの話である。
来年、2017年度からはみんな高校へ進学するのを機に市内に出て行くのだ。
つまり、今年(2016年)いっぱいで長年獣ヶ山の子供達が通っていた獣ヶ山中学校は閉校となり、僕達が最後の生徒になると言うわけだ。
今から何十年か前までは、この獣ヶ山中学校にもたくさんの生徒がいたらしい。しかし、時代の流れと共に子供は減り、旧獣ヶ山村とM市との合併を機に小中一貫の分校になったのだ。
まあ、僕としてはやっとこの田舎から出ることができる願っても無いチャンスなので嬉しいことではある。
でも、母校がなくなるというのは少しだけ寂しい気もする。
遥の悲しい目の理由もなんとなくだがわかるのだ。
そんなことを考えながら、いつも通りの田んぼ道を歩きながら、白い息を吐きながら、僕達は学校へと向かった。




