詰み
「冬夜くん、もうダメ。ハル、もう走れない......」
「頑張るんだ! 少しでも秘密基地から離れないと!」
「でも......どこに向かうの? 秘密基地から離れても、村の人達がまだハル達を探してるよ?」
「それは......」
いい答えが思い浮かばない。
秘密基地に戻っても、村に戻っても安全である保証なんてどこにもないのだ。
唯一わかっている事は、この吹雪が止んでくれれば村に戻れるという事だけだ。
それなら。
「遥、もう一度あのトンネルに戻ってみないか? あそこなら雪も防げるし、外にいるよりは安全だと思う」
「トンネル? でもあのトンネルは......」
遥はなにかを言いかけた。しかし、最後まで聞く前に後方から聞こえる叫び声にかき消された。
「いたぞ! 見つけた! みんな聞こえるか? 子供達だ!」
マズい。村人に見つかった。
遠いのと吹雪で視界が悪く、姿は確認できないものの、複数人で僕達を探しているようだ。
「遥、とにかく山を登ろう! 村の人達は下からくる!」
「登るの? 危ないよ。雪崩とかくるかもしれないし......」
「お前ら! そこを動くな!」
こちらに気づいた村人達が近づいてきている。
しかし、雪に不慣れな分、足を取られて思うように進めていないようだ。
「このまま捕まったら、雪崩に巻き込まれるよりもひどい事になるかもしれないんだ! どっちにしろ危険なら、まだ可能性のある方に掛けるべきだよ!」
「でも......」
僕は遥の手を取り、山を登り始めた。
****
村人同様に僕達の進むスピードは遅かった。
しかし、大人よりも体が小さい分、雪に埋もれる足の面積が少なくてすむ。それが功を奏してか、村人とは一定の距離を保って登る事が出来た。
しかしそれも限界だ。
この寒さと緊張のせいで体力が徐々に削られてきている。
「どうしよう。もう無理。このままじゃすぐに追いつかれちゃうよ......」
遥が弱音を吐いた。
無理もない。この小さい体でここまで頑張ったのだ。
とうに限界を超えているに違いない。
でもダメだ。立ち止まる訳にはいかない。ここで立ち止まったら、今までの苦労が水の泡だ。
しかしどうすればいいんだ。
遥が言ったように、もうこの山道を追いかけられながら登るのは不可能だ。
どうにか村人の追跡を振り切る事ができないだろうか......
「遥、この近くに何か隠れる場所とかないかな?」
「ううん。わかんない。ここらへん、ハルも初めてきたの。それに、雪のせいで今山のどこらへんにいるのかも予想つかない。でも......」
「ん? なに? なにか思いついた?」
「なんかね。ここの地形、見覚えがある気がするの」
「え? 今、初めて来たって」
まただ。
「うん。初めてだよ。でも、前にここを通った事があるような気がするの」
トンネルの時と同じだ。
「それじゃあもしかして.....」
「......うん。多分、こっち」
そう言って遥は僕を先導し始めた。
その道は木々の間をかいくぐりながら進む複雑な道だった。体の小さな僕達だから通れたものの、大人が同じ道を行くとなると相当難しい。
途中、木に積もった雪がドスンと地面に落ちる音も聞こえた。
「遥、一体この道はどこに出るの?」
「ハルもわかんない。でも、体が勝手に進んじゃうの」
遥にも行き先のわからない道。気づけば村人の追跡する気配は感じなくなった。
それでも、遥は足を止めることはない。
僕は、遥に手を引かれるままについていった。
****
「ついた。ここ。前もここに来たの」
「ここって.....一体なんで?」
深い木々のジャングルを抜けると、開けた山道にでた。
山と山の境目。遥か下に激流の流れる崖のような場所だった。
崖の先端には、木製の吊り橋がかかっていた跡がある。昔はこの吊り橋を渡って山を行き来していたのだろうが、橋が腐敗したために取り壊したのだろう。
「わかんない。でも、確かにここに来たの」
遥は懐かしそうな目で吊り橋の跡を眺めた。
どうも遥の様子がおかしい。それに、あのトンネルと言い、ここまで来る裏道と言い、今日初めて通った女の子が案内できるとは思えない。
「昔、ここで何かあったの?」
「......ダメ。なんなも思い出せないの。さっきは夢中で逃げてたからとっさにここの事を思い出して......」
「そっか......」
わからない。遥はウソをついてるのか?
実は村人とグルで、僕をここにおびき寄せて、後から合流するとか? それか、ただ単に昔一度だけ通った場所を思い出して、運良くここまで来れただけか?
「茜ちゃん......死んじゃったね.....」
落ち着きを取り戻した遥が、ボソっと呟いた。
「......うん」
「真沙斗はなんで殺しちゃったんだろう......」
「......僕にもわからない。でも、あれは事故なんじゃないかな」
「茜ちゃんのお父さんを殺したのも事故だったの?」
「それは......」
あれは事故じゃない。真沙斗は僕達を守ろうとして、やりすぎて......
「本当に村の人達はハル達を殺そうとしてたのかな?」
「え? なんで?」
「ハルが秘密基地に行く時に神獣様のこと聞いたでしょ? それがちょっと......」
「それはありえないよ! だって、現に今も僕達は追われてるし......」
「そうなんだけど......村の人からはまだ危害を加えられてないし、茜ちゃんが死んだのも村の人のせいじゃなかったから......」
その通りだ。そして、一番の疑問はそこだ。
確かに今、僕達は村人に追われてる。しかし、茜や茜の父親と言う犠牲者がでたのは、真沙斗が暴走してしまったからだ。
つまり、村人は一切手を下していないのだ。
それなのに......それなのに!
やはり刑事の推理ではなく、遥が聞いた「神獣様」の話が本当なのだろうか?
まさか。でも、この現状を説明できるのはそれしかない。
村人がなにもしなくても、生け贄に選ばれた僕達4人は神獣様の呪いで死ぬのだろうか?
仮にそうだとしよう。そうだとしたら......
僕達は絶対に助からない......
嫌だ嫌だ嫌だ。神獣様の呪いなんて、万に一つも助かる見込みはないじゃないか。僕達がどんなに抗ったとしても、全ては無駄。ゆっくりと神獣様に殺されるのを待つしかないのか......
待てよ。それなら、今からでも村人に助けを求めるのはどうかな。実は僕達を守るのが目的なのかもしれないし......
ダメだ。まだ僕達に危害を加えていないというだけで、村人が見方であると言う証拠が何もない。
それに、神獣様の呪いでこんなことになっているのだとしても、村人は獣信仰を崇拝してる信者だ。僕達を守るどころか、神獣様の怒りを鎮めるために喜んで生け贄に捧げるかもしれない。
どうすればいいんだ!
考えても考えてもなにも思いつかない。それどころか、どんどん悪い方に考えが向いてしまう。
なんでこんなことになってしまったんだ......
まだ死にたくない。こんなところで死ぬなんて嫌だ。まだまだやり残したことだっていっぱいあるんだ。
生きたい生きたい生きたい!
「冬夜くん? 大丈夫?」
「え? う、うん。大丈夫だよ。ごめん。ちょっとぼーっとしちゃって」
「そっかぁ。ハルもね、もうダメかもしれないって考えてたの」
「ダメかもって?」
「うん。もしもここで村の人達に見つからなくても、神獣様に殺されちゃうかもしれないし。神獣様に殺されなくて、村の人達に見つからなかったとしても、このままじゃハル達凍死しちゃう......」
「と、凍死」
逃げるのに夢中で気づかなかったが、遥は小刻みに震えていた。
そうだ。僕達は雪山にいるんだった。
例え村人に追われていなくても、充分に危険な状況じゃないか。
このまま雪がやむまで外に居続けるなんて、無理だ。
なんてことだ。どうしようもない。
将棋で言ったら、詰みってことか......
なんでだ。なんで僕達だけこんなことに......
その時、
「おーい! お前ら! 見つけたぞ!」
「おったのか! 逃すな!」
「囲め! すぐそばに崖がある!」
追いついた村人達の声がした。
それも色んな方向から。
「と、冬夜くん。囲まれてる......」
「だ、大丈夫だから。遥は下がって!」
姿は見えないものの、村人は叫びながらお互いの位置を確認しているらしく、徐々に僕達を追い詰めている。
「ダメ。もう後ろは崖だよ......」
「そ、そんな!」
クソ! ここまでなのか!
もう逃げられない。
「冬夜くん......」
遥が僕の胸に顔を埋めた。
恐怖のあまり、現実を見ることができないのだろう。
村人達の声がもうすぐそこまで近づいている。
「遥、大丈夫。大丈夫だよ。例え僕が殺されたとしても、遥だけは逃すから」
「それはダメ! ハルは生け贄になってもいい! 冬夜くんだけは逃げて!」
「遥、聞くんだ! 僕が囮になるから、遥はその間にあのトンネルに戻るんだ!」
「なんで! 冬夜くんが囮になるなんてイヤだ! ハルが囮になる!」
「ダメだよ! 僕はどうなってもいいんだ! 遥が助かってくれれば!」
遥は僕に抱きついたままで離れようとしない。
「おい! お前ら早まるな! ゆっくりこっちにくるんだ!」
村人はすぐ近くまで来ていた。
もう姿も確認できる距離だ。
このままでは僕が囮になったとしても、遥も危ないかもしれない!
「遥! 早く離れて! このままじゃ動けないよ!」
「冬夜くん......ごめんね」
「え?」
ドンッ
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
浮いてる?
僕は崖の上にいたはず......
そうか。遥が僕を押したんだ。
スローモーションのように見えていた。
僕を押した遥は、目に涙を浮かべながら......笑っていた。
なんで......
次の瞬間、重力に逆らえなくなった僕の体はすごい勢いで下に落ち始めた。
上を見上げると、遥はまだこっちを見ていた。
どうして、どうしてなんだ。
これも神獣様の呪いなのか?
村人達もなにもしてない
それなのに
それなのに
それなのに
なんで遥が僕を......
ずっと遥のいる崖の先端を見続けた。
もう見えない位置になっても、それでもまだ僕は見続けていた。
もう、遥がなんで僕を押したのか考えるのを諦めた。
そのうちに、下に落ちる速度のせいで、舞い落ちる雪が止まって見え始めた。
綺麗だった。
遥にも見せてあげたいな、と思った。
僕の思考はそこで止まった。




