表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

暴走

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ



 息を潜めて外の音を聞く。

 まだ雪は弱まっていないはずなのに、なぜか村人の足音だけが鮮明に聞こえた。

 敵は1人だけだ。時々、懐中電灯の明かりが窓を横切っている。

 どうやら秘密基地の周りをグルグルと回っているらしい。


 ググッ


「あっ......」


 でそうになった声を必死に嚙み殺す。

 隣でしゃがんでいる遥が僕の腕を掴んできたようだ。

 かすかに震えているのが分かる。

 暗くて輪郭しか見えないが、遥の顔は恐怖で歪んでいるに違いない。



 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ



 また近づいてきた。相当怪しんでいるらしい。

 秘密基地に入ってくるのも時間の問題だ。



「おーい。いるなら返事してくれ」



 外から僕らを呼んでいる。

 ダメだ。なぜかわからないが、確実にバレている。

 もしかすると、ストーブの明かりが漏れていたのか?

 どうしたらいいんだ。このまま返事を返さなければ仲間を連れてくるつもりだろうか。

 いや、返事をしたとしてもアウトだ。

 どっちにしろダメなら、返事をする必要はない。

 わずかに残された、まだ僕らに気づいていないと言う可能性に賭けるしかない。


「「「「........................」」」」


 誰も返事をしない。

 みんな僕と同じ考えらしい。








「誰もいないか......」







 しめた。外で独り言を言っている。

 どうやら僕達は確率の低い賭けに勝ったらしい。



 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、............



 あんなに近くに聞こえていた足音が遠くに去っていくのがわかった。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 僕の腕をつかむ遥の手の力も弱まった。



「フー、危なかったね! あたしもう生きた心地がしなかったよ!」


 窓を挟んで反対側にいた茜が明るくそう言った。

 次の瞬間、





「誰かいるのか!?」





 秘密基地の外から声がした。

 声を聞いた瞬間、茜の顔が青ざめていくのが暗闇の中でもわかった。


「ヤバい、バレちゃった。どうしようどうしようどうしようどうしよう」


 遥がパニックになっている。


「遥! 大丈夫だから。落ち着いて! ゆっくり深呼吸して! 今、声を出すのはマズイ!」


 できる限り小声で遥をなだめる。


「もうダメ。ハルもう限界。ハル達、あの人に殺されちゃう」


「大丈夫だよ。そんなことさせない。遥は僕が守るから」


 遥のパニックがおさまる気配がない。

 懐中電灯の明かりもどんどん近づいて来る。


「遥! お願いだから黙れよ! 頼むよ!」


 僕達の様子を見かねた真沙斗も、遥を説得しようとするがおさまらない。


「茜も遥を止めてくれ!」


 仲のいい茜なら遥をどうにかなだめることができるだろうと思った。しかし、


「あたしのせいでみんな殺される。あたしがあんなこと言わなければみんな死ぬことはなかったのに。あたしのせいであたしのせいであたしのせいであたしの............」


 下を向いて頭を抱えながらぶるぶると震えている。


 ドンドンドン


 入り口の木戸が激しく叩かれた。


「誰かいるんだろ? 今中に入るからおとなしく出てきてくれ」


 もうダメなのか。僕達は殺される......


「いいか? 入るぞ?」


 その言葉を聞いた瞬間、暗闇の中で真沙斗がバットを持ったままドアのそばに近づくのが見えた。


 ガラガラ


「おい! 誰かい」





 ゴン





 村人が木戸を開けて入ってきた瞬間、鈍い音が部屋の中に響き渡る。続けて、バタッと言う重いものが床に落ちた音がした。





 ゴン






「んがああっ、や......めろ......」







 ゴン






「お......ねが......」







 どちゃ






「..................」






 最後の水々しい音と共に、村人の声が聞こえなくなった。





「おい! みんな喜べよ! もう大丈夫だ」





 木戸の近くから真沙斗の声が聞こえた。


「......冬夜くん」


 遥が僕の服を掴み、後ろに隠れる。

 落ち着け、落ち着け。

 恐る恐る懐中電灯の電気をつけ、声のする方へあてた。


「こ、これって......」


 懐中電灯が照らし出したのは、顔や服に赤い液体をつけた真沙斗だった。


「ひっ......」


 真沙斗の姿を見た遥が一瞬僕の背中で顔を隠す。しかし、もう一度顔を出し真沙斗に語りかけた。


「ま、真沙斗ぉ?」


「もう大丈夫って.....真沙斗、おまえ......その血......」


「ああ。でももう安心だ」


 真沙斗は、いつもの笑顔で足元を指差した。

 指差した先を懐中電灯でゆっくりと追う......





「うああああああああ!」

「きゃあああああああ!」





 真沙斗の足元には血だまりができていて、消防団の制服を着た大人が倒れていた。

 うつ伏せで顔は確認できない。しかし、もう死んでいるのは明らかだ。なぜなら、後頭部が空気の抜けたサッカーボールの様に陥没かんぼつしているからだ。しかし、人間の頭はボールのように伸縮する素材ではない。

 何度も一点を強打されたためか、頭皮が引き裂かれ、骨を割り、赤いドロドロとしたものが出続けている。


 初めて見る人間の死体に驚きすぎて、懐中電灯を落としそうになる。

 遥は僕に抱きつき、顔をうずめて震えた。


「どうしたんだよ! これでとりあえずは大丈夫だろ!? なあ! そうだろ!?」


 真沙斗が身を乗り出して僕に意見を求める。

 自分がやったことに自分で動揺しているのか、目が泳いで落ち着きがない。


「え!? そ、それは......」


 何を言えばいいのかわからない。僕も相当頭が混乱している。


「お、おい! なんで離れるんだよ!」


「え? ち、違っ、これは......」


 僕はいつの間にか、近づいて意見を求める真沙斗から距離を取ろうとしていた。


「ひ、人殺し! こっちこないで!」


 僕の後ろに隠れていた遥が叫ぶ。


「ちょ、遥。それは今は......」


「おい、待てよ。俺はお前らを守ろうと必死で......なあ、茜は違うよな。俺のこと人殺しなんて言わないよな?」


 ん? 茜?

 真沙斗が喋りかけた先には、死体のそばにしゃがみ涙を流している茜がいた。

 死体は仰向けにされていて、顔がしっかりと確認できる。


「お、お父さん......なんで......」


 お父さんだって!?


「お、お前の親父だったのか?は、 はは、良かったな。俺がやってなきゃ、お、お前が殺されてた」


 真沙斗は無理に明るく振る舞う。

 その言葉を聞いて、茜は立ち上がった。


「あんた......よくもこんなこと......なにも殺さなくても良かったのに......」


 鋭い目つきで真沙斗を睨んだ。


「なんだよ! みんなして俺が悪者って言いたいのかよ! 俺がやらなかったら、みんな今頃死んでたんだぞ! それをまあのうのうと......」


 真沙斗は持っていたバットを落とし頭を掻き毟るかきむしる


「ちょ、落ち着けよ真沙斗。僕らは別にお前が悪者なんて」


「じゃあなんで俺から離れようとすんだよ! 人殺しとは付き合えねえってのかよ!」


 真沙斗が血走った目で僕を罵倒ばとうする。


「ううぅ、真沙斗ぉ。やめて。違うの。は、ハル達はそんなこと思ってない。だから......殺さないで......」


「遥やめな! 今そいつになんか言ったって聞きやしないよ。人の親を殺すような殺人鬼なんだから」


「茜! なんでそんなこと言うんだよ! 遥も!」


 ヤバい。なんでだ。なんでこんなことになってるんだ!?


「ああああああああああああああああ! お前ら全員そんなこと思ってんのかよ! ハイハイ、そうだよ。そうですよ。俺は人殺しだよ。これで満足かよ! お前らがやんねえからやってやったのによ! なんでだよ......茜まで......そうだ。いいこと思い出したぞ」


「い、いいこと?」


 真沙斗はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。


「元はと言えば遥! お前が騒ぐからこんなことになってんだよ! いつもいつも冬夜の後ろに隠れて好き放題やりやがってよ! ムカついてたんだよ!」


「ひいいっ!」


 遥は僕の手を離れ、恐怖に顔を歪めて後ずさる。


「なんだよ。また冬夜に守ってもらえよ。そのへっぴりごしの王子様によお」


 真沙斗は床に落としたバットを拾い上げ、ゆっくりと遥に近づいていく。


「真沙斗! 話せばわかるって! 僕は真沙斗のこと責めたりしないから!」


 僕は遥と真沙斗の間に立って、どうにか止めようと試みた。


「うるせえ! またしゃしゃりでてくんだな。お前にも前々からムカついてたんだよ。いつもいつも新しいゲームばっか買ってもらいやがって! すぐ自慢するしよお。この際、お前もやっちまうか? ああ?」


「待ちな! やめなよ真沙斗!」


 茜の声を聞いた瞬間、真沙斗が動きを止めた。


「なんだよ。止めんなよ。お前も遥が死んだら嬉しいだろうがよ。愛しの冬夜がフリーになるんだぜ? 今まで指咥えて見てるだけだっただろ?」


「あ、あんた! それは今は関係ないでしょ!」


「な、なんの話だよ」


 真沙斗の言っている意味がわからなかった。

 茜が僕を?


「とぼけんなよ冬夜! お前も気づいてたんだろ? 茜がお前のこと好きだってよ! まさか遥とイチャつくのが楽しくてそんなこと知らなかったとは言わせねえぞ!」


「そ、そんな! 僕はそんなこと全く......」


「まだとぼけんのかよ。わかった。じゃあお前からだ」


 そう言って真沙斗はバットを振り上げながら僕に近づいてきた。


「ま、真沙斗! 冗談はやめろよ! な? 僕達友だちだろ?」


「............」


 真沙斗は無言でゆっくりと歩を進める。


「じゃあな。今まで楽しかったぜ」


「ま、待って.....」


 恐怖で体が動かない。

 バットが徐々にスピードを上げて振り下ろされるのを、見つめることしかできなかった。その時、


「危ない!」


 茜が僕を勢いよく押した。



 ビュン



「あ、茜!」


 真沙斗が振り下ろしたバットは茜のこめかみをかすった。


「な、なんでだよ! なんでそんなやつかばうんだよ!」


 真沙斗はバットを放り投げ、こめかみから血を流してその場にしゃがみこむ茜に近寄っていった。


「大丈夫。かすっただけだから」


「大丈夫って。お、俺はお前のためにだな」


 心配する真沙斗を突き放すように手で押して、茜は立ち上がる。


「あたしのため? 冬夜を殺したらあたしが喜ぶとでも思ったワケ? あんたバカじゃないの? そもそも、冬夜を殺したかったのはあんたでしょ?」


「ち、ちげえよ! 俺が冬夜を殺してなんで喜ぶんだよ!」


「あんたがあたしのこと好きだってバレバレだから。気持ち悪い。冬夜が死ねばあたしがあんたのこと好きになるとでも思った?」


「や、やめろよ......」


「ははーん。図星だね。でも、そんなワケないでしょ? 誰があんたみたいな殺人鬼のこと好きになるもんですか」


「2人ともやめなよ! とにかく落ち着こうよ!」


 無駄だとわかっていても、気休めの言葉をかけ続ける。


「うるせえ! うるせえうるせえ! おい茜! もうこいつらはいい。俺と一緒に逃げるぞ」


 真沙斗は茜の手を強引に掴み、秘密基地の外へ連れ出そうしている。


「ちょ、痛っ! やめてよ! 離して!」


 茜は抵抗してどうにか真沙斗の手を振りほどこうと暴れる。


「うるせえ。黙ってついて来ればいいんだよ! 早くこいよ」


「ダメ、離して! 冬夜! 助けて!」


 僕は急いで茜に近寄ろうとした。

 しかしその時、こっちを振り向いた真沙斗が僕の存在に気付き、茜を引っ張る手の力が弱まった。


「あっ」


 一瞬だった。真沙斗の手を振りほどいた茜は、体制を崩しそのまま床へ倒れる。


「「「危ない!」」」


 茜のそばに行こうとしていた僕には、それがスローモーションのように見えた。僕が近寄ってくるのを見て、一瞬だけ笑顔になった茜の顔がだんだんと恐怖で歪んでいく。


 ーー前にもこんなことがあった気がする。デジャブだろうか?いや、違う。現実だ。しかし、それが現実なら茜の倒れる先には......





 ゴポッ





 酷く生々しい音だった。

 床から突き出た尖った杭に、倒れた勢いのまま茜が倒れこんだのだ。口から刺さった杭は頭を貫通し、茜の内容物であろう赤い物体がこびりついていた。体は緊張のせいで固まったまま、小刻みに痙攣を繰り返している。


「お、俺じゃない。俺のせいじゃないんだ......なあ? 冬夜も見てただろ?」


 最初に口を開いたのは真沙斗だった。

 さっきの勢いはなく、体をぶるぶると震わせて僕に確認してきた。


「く、くるなっ! 人、人殺し!」


 勝手に声が出ていた。

 茜の死を目のあたりにして、僕はパニックを起こしていたのだ。


「茜ちゃん......なんで? なんでなの?」


 遥が茜のそばに近寄って涙を流す。


「全部......お前らの......」


 一時の間、放心状態だった真沙斗がブツブツとつぶやいた。


「お前らのせいだぁぁぁぁ! うおおおおおおお!」


 真沙斗が大声を上げた。僕と遥はその声に驚き、一瞬体が動かなくなった。その隙をめがけて、真沙斗が茜のそばにいた遥にバットを振りかざす。


「きゃあっ」


「遥っ!」


 遥の手を取り、自分の方に引き寄せた。


 ビュン


 間一髪、真沙斗のバットは空を切る。

 しかし、今度は死んだ茜の体をバットでメッタ打ちにし始めた。


 ゴン


「へへへへ」


 ゴン


「そうだよ。俺が茜を殺したんだよ」


 ゴン


「文句あんのかよ」


 ゴン


「茜も嬉しいだろ? どうせ俺らもこれから死ぬんだ。生け贄になる前に俺が楽にしてやったんだぜ?」


 ゴン


「なあ? なんとか言えよ、茜.......」


 真沙斗は涙を流しながら茜を殴り続けた。

 ダメだ。真沙斗は危険だ。立て続けに人を殺してしまったことで、精神が壊れかかってるんだ。

 もう一緒にはいられない。


 真沙斗が死んだ茜と会話をしている隙に、僕は遥と秘密基地を後にした......

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ