一人目:「伊藤」
これは、様々な世界を生きる様々な変わった人々の様々な一人語り。
百害あって一利無し。そう言われる煙草にさえある娯楽や息抜きの要素だってあるか分からない。
徹頭徹尾、話し始めから最後の句読点まで。全く持って何の役にも立たない只の無駄話。
それでも良いという変わった貴方は、どうぞ。読み進めて下さいな
一人目:【伊藤】
「名前は伊藤。一応、仮名だ。仕事上こういうのは鉄則でな。まぁ、俺は正直どうだって良いと思ってはいるんだが…こういう言いつけを守らないと、《偉い人》にどやされるんだと上司に普段から言われているものだから、これは仕方がないと思ってくれ。下の名前も考えてはあるんだが、…まぁ、この場では必要も無いだろう。
それで、何だったか。名前を言った後は職業だったか。職業は、殺し屋…というのが一番伝わりやすいのか。そう名乗ったことも呼ばれたことも一度も無いから、しっくりとは来ないのだが。仕事をしている中では俺達のような仕事をしている連中は《掃除屋》だとか《処理係》だとか、まぁ、色んな呼ばれ方をしている。特に決まった呼び方をしている訳では無いらしい。だから殺し屋と、そんな仰々しい呼ばれ方はピンと来ないし、そんな格好の良いモノでも無いと俺は思ってる。
俺の私見でしかないが、こんなものは、多分。他の職業とそう対して変わらない。社会の中で生きる人々が、日々何かを生産したり、営業に努めたり、或いは商品を売ったり、サービスを提供したり、そういうものと何ら変わりはない。ネジ工場がネジを作ったり、得意先で相手の機嫌を取ったり、八百屋が店前で声を張ったり、メイドが客の料理によく分からない呪文をかけたり。そういう事が、俺の場合は依頼された標的の人間を殺す…というだけだ。それで給料を貰って、それで食べて、生きている。
人を殺す事が悪い事だと思っていないという訳じゃない。命を奪うのは人であろうとそうでなかろうと、悪い事だと俺も思う。出来るなら、可能な限りは、人殺しなんていうものはやりたくない。というより、命を奪う云々以前に、俺は争い事はあまり好きじゃない。