あの先の向こう (傘と雨時々地面)
傘視点。
傘が何故カーブを描いているのか。
雨が空から降って、地面に落ちるまでの時間を傘が少しでも遅らせようとしているのではないだろうか。
今日は久々の雨だ。まちにまった雨。自身に降り当たる雨たちが実に心地良い。
ふと気が付くと、僕のすぐ傍で遠くを見つめている子がいた。
「はじめまして」
声をかけてみると、その子はこっちを見た。
「貴方は誰?」
「僕? 僕は傘だよ。君は?」
相手が何かなんて知ってるけど、聞いてみる。誰かを見付けると絶対聞くようにしているんだ。
「私は…、雨、ここはどこ?」
「…うーんと、どこだろうね。休憩するとこだと思えばいいよ」
「休憩? 私は…、どこかに行こうとしてたんだけど……、どこだっけ」
皆、僕と出会って本来の目的を忘れてしまう。僕は知っているけど、言いたくない。
「思い出すまで、ここにいて、僕と一緒に話そう? 僕いつも一人ぼっちで、こうして誰かと話すのが嬉しいんだ」
こくりと頷いたのを確認して、僕は笑った。
この時間が永遠に続けばいいのになっていつも思う。
もしかしたら今日こそ、この子こそはずっと僕の傍にいてくれるかもしれない。
隣に並んで僕は問いかけた。色んなことを聞いた。
僕はここにしかいられないけど、雨は僕の知らないここじゃない世界を知っている。
「へー、その雲の中ってそんなに居心地がいいんだ?」
「うん、私は落ち着くんだ、そこがすごく。ここも落ち着くけど、ちょっと違うかな、なんて表現したらいいのか分からないんだけどね」
「……へえ、そうなんだ」
僕がその代わりにはなれないのだろうか。話し相手がいるってだけで、こんなに世界が輝いて見える。
まるで雫に光が反射したようなそんな輝き。
「そういえば、あの向こうには何があるの?」
ふと会話の途中で、その子は地平線に視線を投げながらそう聞いてきた。………やだな。
「……僕にも分からないんだ」
まだ行かないで欲しい。向こうには君の本来の目的地がある。まだこの時間を続けていたいな。
僕の答えに、しばしの沈黙があった。その子の目線は未だ地平線を見ていた。
じっと、何かにとり憑かれたのかのように。僕が何か言おうとした瞬間
「……行かなきゃ」
その子は小さく呟いた。視線は未だ固定したまま。
ああ、もう行ってしまうのか……。
「傘さん……、私思い出した。そうだ、行かなきゃ……他の子も皆行ってるはず」
「……どうしても行ってしまうの?」
「うん……、ごめんなさい」
もうこっちは見てくれない。やっぱり今日もダメだった。皆傍にいてくれない。
一瞬の間を滑るかのように、つかの間の幸福だけ残して去って行ってしまう。
「さようなら」
最後の最後も僕の方を見ないで、淡々と行ってしまった。
僕より、君が向かう地面というものはそんなに魅力的なのかな?




