第一章 下準備(2)
ーーその夜、夢を見た。
夢の中の自分は、血塗れであった。
意識もはっきりしない、遠くに二人が倒れている。
そして30mほどの距離に、水色のガラス製の四角い装置がある。
何処からなのかは分からないが、刀が視界に入っている。
「上手くいかないってのが人生なんだよ、出直して来い」
誰かの声が聞こえて、刀が振り下ろされる。長政の意識はそこで、再び閉じた。
「ーーっ!」
ベッドから飛び起きた俺は、汗だくのまま自分の両手を見た。……さっきの夢は、妙に知ったような感覚がある。何か、俺は何かを……知っていた?
疑心暗鬼になりつつも息を整える。訳が分からない、怖くなって変な夢を見たのか。
両肩から足にかけて、鳥肌が立っている。自分の記憶の外で何かがあったのかもしれないという恐怖なのだろうか。それとも、俺自身が知らない俺の人生であの塔に関わりがあったというのか。それとも、これは予知なのか。
仄かに頭痛も感じる。だが、負けない。
俺は朝まで横になって体力を温存しようとしたが、どうにも上手く寝付けはしなかった。
「眠いなぁ……」
「おはよう、二人とも今日はいけるのか?」
「まぁね。ぐっすり寝れたよ」
他の二人の体調は万全のようだ。食料も水もある程度の貯蔵はしてあるし、俺自身も鍵開け用の仕事道具その他は揃っている。
「持ち込む武器はどうだ?」
俺が二人に尋ねると、
「レイピア3本と槍が一つあれば足りるでしょ」
とメイティア。見れば既にシルバーに赤いラインの入った鎧に着替えていて、やる気がありそうだ。
「こっちは魔本と短杖を持ち込んでるからな、どっちか使えなくなってもとりあえず俺は戦える」
一方、ヴィルネイタもそう返してきた。
俺自身もとりあえず短剣と投擲用のナイフがあるし、まぁ苦労はしないだろう。
「5階までのマップはあるのか?」
「あぁ、大丈夫だ。俺が持ってる」
ヴィルネイタがそう言ったので、とりあえずは目標として塔の5階を目指す事にした。
だが、情報と現実とは違っていた。
「閉まってるじゃないか」
「おかしいな」
魂見の塔。そう呼ばれている塔は、外周が800mほど、高さはやはり40数階とよばれる程度あった。現存の建築技術では再現できないものであり、尚且つ劣化を感じさせない作りだ。
その塔の5階まで登ってきたが、6階へいく為の階段が透明な壁のようなもので封じられていたのだ。
先ほどヴィルネイタが魔法を放ったが、跳ね返された。
物理的な鍵ではないので開錠も不可能、恐らく実力行使でも無理だろう。
「幸先が悪いな、引き返すのか?」
メイティアが呆れた顔で言ってくる。ここまでモンスターが居なかったのは幸いだが、ここからは未踏破区域だ。どうなるかはわからない。
だが、腕組みをしていたヴィルネイタは曇った表情もすることがなく、次の意見を出してきた。
「……いけない方法はない訳ではない」
「どうするんだ?」
「魔法でぶち抜く」
「さっき弾かれただろう、この階段を抜けられなければ無駄だ」
俺はそう言ってやる。
「いや、違うのさ。ぶち抜くのは、こっちだ」
だがヴィルネイタはそう言うと、右手の人差し指をを天井に向けた。
「まさか」
メイティアが驚いた顔をする。俺も、何をやるかを察した。
「天井……落ちてきたらどうするんだよ?」
「加減するからいい、それに、まずった時は下も壊すからそこから逃げる」
だがヴィルネイタはそう落ち着いて答えると、反対か? と聞いてくる。
「……適当だな、まぁ任せてみよう」
そうメイティアが言ったので、俺は異存なくあぁ、とだけ言った。
「おし、やってやるぜ。石落ちてきたら眼に入らないように気をつけろよ、……フレアハウリング!」
ヴィルネイタが左手に本を持ったまま右手を天井に向けて突き出すと、螺旋状の焔が右腕がら直線に走り天井に小さな穴を開ける。
「やったぜ。……人一人は通れそうだな」
「メイティア、長政を上の階に向かって投げられるか? そしたら、安全確保をした後にロープを使ってもらって皆で登ろう」
「馬鹿いえ、鎧込みの体重なんか俺のロープじゃ支えられないっての」
俺はそう答える。フル装備で上がってこられたらロープが切れるわ。
「分散して運べばいいだろ、次々に荷物を投げて最後に本人が来れば」
「私にこれを脱げって?」
「服着てるだろ」
「まぁそうだけど。……落ち着かないだけだよ」
メイティアはそう小さな声で言うと、俺の近くに来る。
「天井にぶつけたらすまんね」
「軌道くらいは自力で修正する」
俺は言われつつも、メイティアの右腕に担がれる。
ーー頭ぶつけたら死ぬだろうな、と密かに脳裏によぎる。
「信じてるぜ」
「分かってるよ、せーのっ!」
メイティアが言った直後、俺の視界がぐっと変化し、天井の穴にしがみつく。
「長政、クリアリングは?」
「ぐるっと見て罠の類やモンスターは見えないな。地面は石のタイル、昆虫の巣などもない。だが、手入れはされているようだ。人の気配が無いわけではないな」
下の階に向けてそういいながらも身体を引き起こすと、近くにあった柱にロープを縛り、ヴィルネイタにまず登って来いと指図する。
「固定完了。あがって来いよ、ロープ持ってるから。荷物も少しメイティアから預かれ」
俺はそう言いながらも注意深く周囲に眼を向けた。
下のフロアと、大して代わりはない。臭いという物も、感じられない。
大広間のような場所ではあるので視界は開けている、それが幸いだ。
「……どっこいせっと」
ヴィルネイタがメイティアから預かったパンを抱えながらも、登ってくる。
これは恐らく、数回往復が必要か。
「メイティア、幾つか軽そうなものから上に投げてくれ」
そう下に向かって言うと、まずはシールドが下から飛んでくる。
「いくよー」
「うぉっと!」
慌てて避けるとシールドはぐわんぐわんと音を立てながら、地面に転がった。
「ちゃんとキャッチしてよ!」
「馬鹿いえ、あんなシールド俺にもヴィルネイタにも扱えるか! あんなのキャッチしたら怪我するぜ!」
奴のシールド、というより装備全般は、野生動物の突進を受けても中の人間を保護できるよう相応の硬さで作ってある。それだけに、重量は並ではないのだ。 投擲した盾が直撃すれば、骨折どころか最悪勢い次第では切断されてしまう。
「レイピアも投げるから気をつけて!」
下からの声に、
「それは普通に持って来い!」
俺はそう下に向けて怒鳴ると、やれやれと肩をすくめて見せた。