第一章 下準備
「二人とも飯、調達できたか? 俺の方では携帯用の大豆と、ドライフルーツがある」
「私は乾燥パンが4kgと、砂糖と塩がとりあえず一週間分。ヴィルネイタは?」
「俺は干し魚と、ロイヤルゼリーのサプリメントだ。皆で相談した量よりは少ないがいい感じに補充できたぜ。後はこれをシェアしあって食う事になるが、節約はしなくてはならんな」
「あぁ、そうだな」
ヴィルネイタと合流して数日後の夕方。塔まで20キロほどの位置にある山間部の村に着き補給を済ませた一向であるが、俺は平然とした顔をしつつも少し、心の中に不安を抱えていた。
ーーモンスターの話ではない、村自体の空気を見て然程怯えたようではなかったからだ。
明日からの自分達は、モンスターの居るかもしれない場所へ攻め込むという事になる。
失敗すれば命がないというのはいつものことだが、村からも首を上げれば見える黒い巨塔から発せられていると思える威圧感が、なんというのだろう、人の心を制圧してくるには充分すぎる力があった。日常と非日常の境界が、怖くも思える。
「ーー何もなければいいが、不安だな」
「なんでぇ、びびってんのかい?」
「そういう訳じゃない。でも、怖いといえば怖いな」
俺は呟く。恐れている訳ではないが、嫌な予感というものを感じたのだ。出来る事ならば、財宝だけさっさと手に入れて逃げたいとも思える。
元々身内という物が居ないため今までの戦いでは自分さえ死ねば全て終わりだとふんぎりが付いていた人生だったが、今回の任務では危険度が高いと思われる上に、メイティアやヴィルネイタを巻き込むという事もあり、少しセンチメンタルになっているとも感じた。
「うん? 怖気付いたのかい?」
「……違うな、お前が心配なだけだ」
「なっ!」
一瞬驚いたような顔をするメイティアと、その横で満面の笑みを浮かべるヴィルネイタ。
「いいねェ、青春だねぇ」
「おやじ臭い! 馬鹿!」
「俺は元から長い寿命だからそのうちじじいになるのは避けられねえよ」
メイティアの罵倒におどけてみせるヴィルネイタだが、奴は俺の言わんとしている事は察せたらしい。
それぞれの部屋に戻って一泊する時、小声で心配するなよ、いざとなったらお前達だけでもワープさせてやるから、人間の命は短いから十二分に生きてもらわなくちゃならんのは知ってると言ってきた。
俺はそれで少しだけ安心すると同時に、年長者の配慮という奴に感心した。
小さい頃から天涯孤独であった今、こういった面倒見のいい男には自分の親以外中々出会えた覚えがない。
ダンジョンでは精神が極限状態となる為、いい顔をしつつも背後から狙ってくる奴がいたり、仲間のふりをして冒険者に毒を盛ったりするやつがいるというのも珍しくはない。
ここ数年の冒険者間は殺伐としていて、男だろうが女だろうが隙を見せれば身包み剥がされたりしていた、というのはよくある事だと飲み屋の風の噂で聞いた事がある。酔っ払いの戯言であればいいが、そういう境遇に落とされた連中には同情せざるは得ない。人生というのは、孤独かつ、過酷なものだ。
金持ちであったり現実が見えていない人間でもなければ、聡明な目が無ければ寝首をかかれる。それはメイティアに食料を貰って運よく蘇生できた今も、心の底で中々人を信じられないという明確な性根として残っていた。
だからこそ、ヴィルネイタに対しても会った当初は困惑こそしたが、それは自分が生き延びる自信があるからの態度だからという事の裏付けと知り、仲良くする事にした訳だ。
奴からすれば、長い500年の人生の思い出の一つ。だから余裕という物がある。それは人間相手に思うという事を考えれば屈辱かもしれないが、少なくとも今の自分にとって、自分の年齢で考えて30まで生きられるかも定かではない自分にとっては、とても付き合いやすい性格だった。