第六章 塔の果て
「何だね、君は」
部屋に入るとしわがれた、声が聞こえた。老人のようだ。
「……唯のアイテムストライダーだ。あんたがこの塔の悪魔を作った人間、とやらか?」
声の方向に俺は尋ねる。
「ほほぉ、うちの子の追跡を避けてここまできた、というのか」
声の主の顔をよく見れば、確かに老人だ。
ローブを着て身体の6割近くを機械に変えていて、残った生身の部分もしわしわである。これまで短い人生であったが、そのなかで見たどの人間よりも歳を召して見えた。
「骨は折れたけどな。……さて、あんたは何をするというんだ?」
「何も、望まんよ」
老人は言った。
「何?」
俺は耳を疑う。
「私は長らく生きてきた。君が生まれるずっと前、君の父親よりも、そのまた父親よりもずっと前からだ。その頃の私は世界に閉塞感を感じ、ずっと新しいものを探そうとしていた」
「下の子供の言っている話と同じだな」
「あぁ、そうだ。あの子もそう思っている」
「そうか」
「だが私は此処数年前から、新たに感じることがあった。普通の人間の生を越え、いわゆるデッド=ジンと呼ばれる彼らを生み出し、世界の扉を開こうと試みてはや四千年。気付けば自分も、こんな無様な老人だ」
「……」
「あんたはこれから生まれ変わろうと、でも?」
「いいや。科学技術には限界という物がある。私はもう充分に生きて、罰が当たるレベルだ。私は私自身の延命治療をしたが、もう長くないというのが分かる。……自分の、体だからね」
老人は自分の腹を義手で触りながら言う。
「そうか」
「だが、君には色々と託すものがある。それはーー」
「それは?」
「ーーまず下にいる私の子を、殺して欲しい。彼女は大昔から私の片腕でな。あと1ヶ月しか、寿命がない」
「どういう事だ?」
「私が死ねば、彼女は路頭に迷う。そしてデッド=ジンの彼女の栄養は、魔力でもある。彼女は生まれながらに、魔力の枯渇と戦っているんだ。そして、彼女達は死期が近くなると、強烈な魔力枯渇衝動を増させる事になる。塔の外の町はまず間違いなく破壊をされるだろう」
そう、告げてくる。
「馬鹿を言え、俺のような常人があんなビーム撃つ人間に勝てるか」
第一、下のメイティアやオルクスでさえ倒しきれないというのに。……そこまで言って、気付く。
「あんた、もしかして義手の理由は……」
あの子に、与えたとでも、いうのか。
「私には、人を殺せとなど命令は出来ん」
老人は悲しそうな目で、言った。
「……分かったよ。あの子を、愛していたんだな」
俺は告げる。
「……報酬は?」
「この塔にあるものは全てやる。それに、彼女の発展型の子もいる」
「何?」
「デッド=ジンタイプの新型だ。新しい世界を見てくれる子として作ったが……どうやら私はその子の親にはなれないらしい」
老人がそう言った瞬間、塔の床が抜け、デッド=ジンの少女が現れる。
「貴様……!」
「父様の邪魔をするな!」
少女は俺の眼前に突っ込んできて、拳を振り上げる。
「待て!」
老人が言うが、少女は止まりはしない。
悲しいことだが、此処で手加減などできない。俺は俺の出来る全てをするだけだ。
「引導を……渡してやる!」
俺は白銀の懐中時計を握りカウンター気味に拳を繰り出し、腕に少ない魔力を込めた。
その瞬間、時計が紫に光り、時が急激に加速した……。
「と……父様!」
少女が声をあげる。
少女の身体が一瞬でぱりぱりと、皮ばっていく。俺に刺さる拳は、既に威力を伴っていない。
ほんの柔らかな、拳だった。
「私……!」
ーーそんな少女の様子を見て、俺は魔力を除去させる。見れば自分の腕すらも、ある程度加齢して見える。
「爺さん」
俺は老人の方を見る。
「ーーすまないな、名も知らない旅人」
老人は言いながらこちらに寄ると、かつて少女だったものを抱き寄せる。
その老人はそれから、二度と目を覚まさなかったーー。