第四章 少女
ーー息を潜めるとこつんこつんと、足音が聞こえる。
「あれは……」
「ミミック、静かに」
俺はそう言いつつも皆を呼び寄せ、壁の後ろに隠れる。
帰り道の事も考えなければならない以上、何かと遭遇して武器を消耗させるのは避けたい。
皆とは違って俺の武器は投擲と設置が多いので、派手な戦いはしたくない本音がある。
「どうした」
ヴィルネイタが聞いてくる。
「聞こえなかったのか。何かの足音が聞こえた。くるぞ」
俺はそう言いながらいつでも火炎瓶を使えるようにスタンバイした。
ーー息を殺しながら物陰から、ちらりと伺う。
瞬時に、目を疑う。
目に映ったのはスライムではなく、写真の少女。ーー『あの』写真の子供だった。
「!」
背筋に寒気がするところを押さえ込み、無理やり落ち着ける。
「……メイティア、やり過ごすぞ。仕掛けるなよ」
「……あぁ」
一応釘を刺しておいて、そのまま黙る。
ーーだが、その時、ウジュルウジュルと音が聞こえた。
「……っ!」
見ればスライムが、反対側から来ていた。先ほど撒いた、スライムだろう。こちらには気付いていないようだ。
……次の瞬間、少女の手から赤い光弾が出て、スライムがはじけ飛ぶ。
何かを……使った? そう判断する間もなかった。
「目障り」
「早い……」
俺は奴を見て叶わないと察知し、息を止めた。
「ん、まだ何か居た?」
少女がまた一人ごとのように言い、近付いてくる。こちらの気配に気が付いたようだ。
30m、20m……まずい。
「……ヴィルネイタ」
「……分かってる、クローキングッ……!」
奴が来てばれる、そう思われる一瞬前に範囲透明化魔法を使う。ヴィルネイタから半径1m以内は不可視のゾーンになり、俺達は密集してやり過ごす。
「……これ、90秒しかもたねぇからな。まずったら玉砕するぞ」
小声でヴィルネイタの声が聞こえる。狭い範囲に4人は息苦しい。
「あぁ」
俺は頷く。
少女が目の前を通る。一瞬視線が合った気がしたが、気のせいだろう。
「……ふーん」
少女は呟くと、何事もなかったかのようにまたもとの道を戻っていく。そして、
「どっかの鼠がきていたみたいだね。私、魔法を使った場所は感知出来るから隠れても無駄だよ。そして……悪い事を考えてるようなら、殺すよ?」
そう言って去っていった。
「ーーバレ……てた」
とりあえず安全を確保した後にミミックが膝を崩し、カタカタと震える。
「あぁ、バレてたな」
メイティアも気が気でなかったのか、手拭を荷物から取り出して額を拭いていた。
「クローキングじゃ駄目なのかよ……お情けだったな」
ヴィルネイタは反省した態度になりつつもふぅと息を吐く。
「とりあえずあの女が存在すると分かっただけでも収穫だ」
俺はそう告げながらも、凍り付いていた背筋を直し、皆を助け起こした。
この先は……いよいよもって覚悟が必要になりそうだ。
「……先に、整理をしておこう」
一難去って、メイティアがひとまずレイピアを抜きながら言う。これからは、常時戦闘態勢でいくつもりらしい。
「あぁ」
ヴィルネイタも頷く。
俺はそこへ、質問をぶつけた。
「なぁ。さっきの女の子のアレ……。あの赤いのは魔法だったのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかも知れない」
しかし、ヴィルネイタの答えは淡白なものであった。
「どういう事だ?」
「形態は魔法に似ていた。だが、あんな魔法は見たことが無い、という事だよ」
ヴィルネイタは言う。
「それじゃあ……」
「少なくとも俺はあんな魔法は使えんし、今持っている魔法の書には記録されていない」
「そうなのか……」
「あぁ。初速だけならば同等の魔法はあるが、何らかのアレンジが入っている魔法だ。何回か見ることでコピーは可能だろうが、今の俺には再現は出来そうに無い」
頼りにはならないが、一応の返答。
「あの赤い魔法はマジックバリアでは防げるだろうか?」
「分からんな。やってみなければ掴めんし、失敗したら痛い目をみる」
先ほど吹き飛んだスライムの方に視線を送ってみる。
跡形も無く消し去られてはいたが、ピンポイントで塔を破壊しない程度に威力は調節されていたらしい。
「いずれにしろ大した技量であると言わざるを得ない。魔法だけであれだからな。他にもまだ隠された能力があるはずだ。大昔から生きてきた、とされるのならばうちの爺さんと同等の可能性もある」
ヴィルネイタは言い、スライムの残骸のあった場所に駆け寄る。
「魔力の残滓は既にないか。恐らくはこれは……削り取った、と見えるな」
「つまり、もしもまたあの魔法を撃たれた場合防御せず触れるなという事か」
メイティアの言葉。
「あぁ。盾で防ごうなどとは思わないほうがいい」
ヴィルネイタは言い、どう対策を練るかとぶつぶつ呟く。
「レジストは出来そうか?」
「構成が分からなければ飛んできた魔法は分解できん。マジックバリアか魔法をぶつけて弾くのが今使える最善手だな」
「いざとなったら逃げるしかないでしょうね。此処まで来たんだしそれでも成果ですよ」
ミミックが冗談半分にいったが、それにやや納得しつつある本心もあった。
少しして、メイティアが口を開く。
「……まぁ、今追いかけてもさっきの子供が待ち伏せている可能性もある。少し探索をしてから上の階を目指そう」
「了解だ」
俺は親指を立て、従った。