第三章 悪寒(4)
階段が開放されたので、さらに上に進む。
すると、さっきまでとは床の調子が変わってきた。部屋の内装も含めて、生活感のある感じだ。強いて言うならば、石造りだった先ほどまでのフロアとは違い、ところどころにカーペットが引いてあったりする。
「タイルの色というか……気配が変わったな」
「あぁ」
俺は頷いた。確かに、古臭いとはいえ今までよりは人間の生活できる環境には近いだろう。
「どうなるものかね、ミミック以外のモンスターもまだまだいるのかな」
「知らんな。それよりも、罠の類が増えたのではないかと気になるぞ」
そう言いつつもあちこちに視線を向ける。
「どうする、そろそろ探索をするかね」
「そうだな、協力して一部屋ずつやるか」
ヴィルネイタの提案に同意しながらも、まず罠の存在に注意しながら一部屋目に入った。
「ーー武器庫、か」
メイティアが独り言のように呟く。
見れば壁に向かって槍や刀、弓が何本も立てかけてあり、豪勢である。
「使えそうか?」
「いや、弓は弦が腐ってるな。剣もかなり腐食しているようだし、実用性どころか売り物にすらならんだろう」
武器の一本一本を手にとって調べるメイティアだが、テンションの低さからここにあるものが期待はずれだったと推察できる。
「呪いの武器とかあったりしてな」
その時、ヴィルネイタが不吉なことを言った。
意地の悪いことを。
「そういうの、怖いよー」
ミミックが箱を抱えながらも、怯えている。
「何だよそのひ弱な精神力は……」
「私は基本的に塔から出た事ないんで他のミミックは知りませんー! 乱暴なのは嫌です!」
……このミミック、本当に臆病なんだな。
「いいじゃんかよ。……あ、幽霊だ」
ヴィルネイタがからかうが、
「人を脅かそうと思ったって無駄ですよ。この部屋の成果は無しですね!」
半ば怒り気味にミミックは部屋から出てしまった。
「きゃぁぁぁ!」
だがその次の瞬間、ミミックが箱を落としながら尻餅を付いたのが聞こえた。
「どうした!」
「て、天井に何かいる!」
ミミックの叫び声に反応して慌てて俺が部屋から出る。
すると、5mほどの距離の天井に蛍光色のスライムのようなものが貼り付いていた。
「化け物か!?」
「ウー、オー……アー……」
不明瞭な言葉を発しながらその物体はべちゃりと地面に落ち、簡単な人型を形成する。
「何だ!?」
「きもいぞ、これ!」
後ろからきたヴィルネイタやメイティアが合流したが、同じく液体人間を見て戸惑っていた。
「まさかこいつが昨夜の……!」
こちらが言うが早く、液体人間はぐちゃぐちゃと汚い音を立てながら4つに分裂する。その姿がみるみるうちに、俺達に似てくる。
「俺たちを……コピーしやがった!?」
ヴィルネイタが驚くのももっともだ。
だが、このスライムはさらに増える様子がある。
「ウー,……フフゥ……」
瞬時に12体に分裂し、俺達が3セットになる。
「ちょっと、何だよあれ!」
ヴィルネイタはメイティアの方を見る。
「この分裂速度。……ただのスライムでは無いな」
「見りゃ分かるだろ!」
「……恐らくは数体やったところで増えるだろうな。此処は逃げるぞ! 上を目指せ!」
メイティアはそう告げると、俺とミミックの肩を叩く。
「分かった、少し足止めするぞ!」
俺は一歩前に出て懐から火炎瓶を取り出して火を付ける。
スライム達が少し後ずさったのを見て弱点が火だと察しつつも、皆のための隙を作る事には成功する。
「付いてくるなよな!」
俺はそう言いながらスライムのうちの一体に向けて思い切り瓶を投げつけると、そのまま振り返らずに皆の後を追った。
「……撒いたようだな」
「あぁ、あんな奴がいるなんて思いもしなかった」
次の次の階層まで一気に走り去り、一応背後からの攻撃の対策として階段に爆竹とオイルトラップを仕掛けておく。
踏みつけた瞬間音が鳴るので、天井を伝ってこられる事を除けば不意打ちだけは避けられるだろう。オイルトラップは有効かは分からないが、少なくとも奴等の体を構成する液体の純度を落とすことは出来るだろう。
「怖かったよー」
横を見るとミミックが震えている。お前本当にモンスターなのか。
「しかし、かなり進んできたな。降りる時はどうするんだ?」
「まぁ、なんとかなるだろう。いざとなれば窓から魔本を使って飛び降りればいい」
「危なくないか? それは」
俺が尋ねると、
「危ないな。だが、最終手段としては考えておく必要もありそうだ」
ヴィルネイタはそう言って、フンと笑う。
「……帰り道にあいつらと鉢合わせしない事を祈るしかないな」
俺は呆れつついうが、そこで一つの仮説を思いついた。
「……なぁ」
「ん?」
「もしかしてあのスライムが、昨日泊まった所の前を襲ったのだとしたら……以前のあの写真に写った女も、あのスライムに殺されたのではないのか?」
「どういう意図で言っているんだ?
俺は聞き返す。」
「……あの女と首の切られた女は何百年も前にスライムに殺されたのではないのか、という考えだ。だとすれば、長生きしたスライムなだけにあれだけの高性能さを発揮していたという事すら思えるぜ」
「なるほど」
「ちょっと待て、二人とも」
そこでメイティアが口を挟んでくる。
「何だ?」
「それはそもそも私達の初期の話と矛盾しているだろう。私達は3200年前に異世界から悪魔が出た、とされるこの塔の攻略にきていたはずだ。だとすれば、この周辺の村は荒廃していたとも言えよう」
「……どういう事だ」
「矛盾するのだよ。3200年前にその謎の事件が起こった後、800年前に人が居たとすればな。あの写真は、色々と不自然になる」
「……何が言いたいんだ?」
「昨日から空白の2400年について私は考えていた。思いついた意見としては、その間に人間が浚われて連れてこられたか、或いは、悪魔の生贄とされたとか……だった。だが、今思っている事は、新たな考えだ」
「……もしかして、それは」
「あぁ。あの写真の少女自身が、悪魔であった。そういう事だ」
「マジか?」
「……その可能性は、あり得ますね。こ、こわいけど」
ミミックが震えているので、俺はその頭を軽くわしわししてやった。
「……怯えてなんかないです」
「分かってるよ」