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第十話 再会にろくなもんはない



 菊川の疑問はもっともだ。何故俺たちは記憶を保持したまま生まれ変わったのか。

 亮様、高山田、そして俺。死因もばらばらだし、他の二人に至っては面識すらない。あえて言えば、同じ土地で同じ時代を生きていたくらいか。

 二人の視線が集中する。

「共通点と言えば、彼ですが」

「そうね。彰寿、君が最初に死んだろう。怨念飛ばしてなかったかい?」

 高山田には飛ばしていたかもしれない。けれども……。

「あなたのことなんて考えもしませんでしたね」

 そう告げると、槙村さんはむっとした様子で、俺の紅茶に思いきり自分のミルクを混ぜた。

 何をする、俺はストレート派だって知ってるくせに。こういうところも前世のままだな。

「彼の失礼さは、死んでも直りませんでした」

 菊川がわざとらしいほど落胆してみせる。おい、お前だって同類じゃないか。他人のこと言える立場か。

 槙村さんは菊川の言葉が気に入ったのか、けらけらと笑って手を叩く。

「やっぱり、生意気でも許せたのはあの顔あってこそ、かな?」

「そう思いますね」

 おい、二人ともやめろ。松井家に謝れ。

「顔といえば、彼女は鈴森に似ていましたね」

「万葉子ですか? うん、隔世遺伝ってやつですかね。伯母……じゃない、彰寿の母親似なんですよ。あの子の曾祖母にあたる人」

 確かに。

「完全に伯爵家の顔立ちだよな、万葉子ちゃん」

「なるほどね。美人だし、モテるでしょ?」

「女子校育ちで、あんまり他の家の男の子とも関わらないからなあ。奥手なんですよ、誰かさんと違って」

 そこで俺を見るな。

 へえ、と菊川も興味津々の視線を向けてくる。そしてやけに朗らかな笑顔を作って俺を指す。

「でも、今は彼、二年くらい片思いしている相手がいるんですよ。告白もしないで」

「ば……!」

 言うな、この人に知られたら面倒くさいことになる!

 案の定、中身が亮様な槙村さんの表情がいっそう明るくなる。

「二年? 二年! あの、彰寿が!」

「うるさいですよ」

「なんで、なんで、なんで~? なんで付き合わないの? 振られるから? あっちに彼氏がいるから?」

 ここで急に女子高生モードに移行するからまた腹立たしい。小さい手で俺の袖をつまんで揺さぶる。

「話したくありません」

「そうだね、芹花ちゃんのためにもね」

 芹花の名誉なんかはどうでもいいんだ。

 こそっと漏らした菊川の言葉を、槙村さんは聞き逃さなかった。

「菊川さん、ぜひ詳しく!」

 槙村さんは飲み物を追加注文し、長居する準備をし始めた。そして、よくそんなに息がつづくと感心するほど問い詰めてくる。菊川は笑顔でそれを見つめるだけ。槙村さんも、菊川に「ぜひ」と言ったはずなのに、なぜか俺ばかりに尋ねてくる。

 この人はしつこい。俺は、それを身を持って知っている。

 精神攻撃に疲れてやけになった俺は、洗いざらい白状した。

 意外にも腐女子というものの存在を知っているようで、槙村さんは大笑い。がんばってハンカチで口元を押さえていたが、最終的に机に突っ伏した。そして、腕や前髪の隙間からちらりと俺を見て、さらに身体を振るわせながら顔を隠す。

 ああ、亮様だなあ。こういう、俺のことをおもちゃとしか思ってないところが。

「なるほど、あなたたちの前世が妄想の種になってるわけね?」

「そういうこと。よりによって、こいつと」

「菊川さんは平気なんですか?」

 菊川は無言と笑顔を回答代わりにした。ずるい。

「もう同人誌とかはいいから、とにかく邦彰妄想から脱却させたいんです」

「いいじゃない、放っておけば。あっちからしたらあなたのほうがこだわりすぎって感じじゃない?」

「だから、それが」

 奥に何か潜んでいるような目で、槙村さんは俺を見つめる。

「まあ、気分はよくないでしょうよ。でも、そこまで拒否反応起こってるのは、あなたがまだ彰寿という前世から抜け出せないってことではなく?」

 俺が言葉に窮していると、彼女は表情を崩した。

「ごめん、突っ込みすぎたかな。その人知らないから何とも言えないけれど、もしも二の足踏んでいる理由が彰寿の前世だけなら……進んじゃえばいいじゃない」

 彰寿の記憶がなかったら、俺は彼女の腐女子という点に引いてたかな。それでも、そのまま恋心を持ちつづけただろうか。

 確かに膠着状態だ。可能性はあるかもしれないが、あっちが俺のこと好いているという自信はあまりない。腐女子であることをオープンにしているのも、俺のこと恋愛対象として見ていないからという理由なら即座に納得できるほどに。

「女性に弱気なんて彰寿らしくないよ」

「今は松井智樹なんですよ」

 ここで言えないが、法子のことがあるし、彰寿だって常にうまくいってたわけじゃない。

「ちなみに」

 ふいに、やけに力のこもった視線が俺に向けられる。

「僕と彰寿の同人誌はあるのかい?」

 あるらしい。そう答えると、槙村さんは前世も現世も育ちがいいとは思えないほど、激しくゲラゲラ笑った。

 昔、前世の記憶を持つ自分が孤独に思えた。ようやく仲間に出会えたと思ったら、会いたくない相手ツートップときた。

 今生は、運がいいのか悪いのか、よくわからない。



「じゃあ、これでお開きってことで。またぜひお茶会しましょう」

 もうごめんだ、とは口にしないでおいた。逆らうと余計にややこしいことをしたがる人だから。

「まあ、さっき言ったとおり。彰寿という前世を一回終わりにして、まっさらな気持ちで彼女に向き合ってみなよ」

「そんなこと言われてもですね、槙村さん」

 いきなり、槙村さんは俺の顔を指さす。

「まずは、私がもう亮様じゃないと思うところから意識してみましょう。映果って呼び捨てでいいですよ、智樹さん」

 そう言われても、どうも遠慮が出てしまう。

「命令ですか?」

 前世の亮様という呼び方も本人からの指定だった。

「だから、そういうのから離れましょうってこと。ほら、呼んでみて、映果って」

 楽しげな顔を見つめ返しながら俺は口を開く。

「映果……さん」

 なんだかんだ言って、この人のほうが上なのだと魂に刻みこまれているのだ。どれほど胸中で悪態をつこうが、呼び捨てなどできるものか。

 槙村さんは頬を膨らませる。

「万葉子のことは、ちゃんづけだったよね。馴れ馴れしく、とっても馴れ馴れしく」

 声が刺々しい。

「だって、兄の孫だから」

 また、警戒に満ちた顔をする。あんたは番犬か。

「だから、ただ親戚だから親しみを持っているだけですって。でもあなたは」

「意味わかんない! ほら、映果ね。これ命令だよ。わかったかい?」

 亮様モードを発動されちゃ、ここは頷くしかない。

「……はい」

 気を良くしたのか、槙村さんはさらに言う。

「この際、お互いタメ口でどう? 昔では私のほうが年上だったけど、今はあなたのほうが上でしょ。身分も今は平等だし? 前世の記憶持ち仲間じゃない。だから、菊川さんも遠慮せず」

「いや、俺は現世の今日が初対面ですし。でも、松井、お前はそうしたら? 従兄弟だったんだろ?」

 お前だってわかってるだろうが。従兄弟でも身分が違うと。

 躊躇っていると、槙村さんは苦笑した。

「本当に、昔からあなた私のこと好いてなかったね」

「好かれるところがあったと?」

「僕は、君のことが身内としてとても好きだったんだけどなあ」

「顔が、じゃなく?」

 彼女は背伸びして、俺の両頬をポンと叩く。身長差があるから、それでも俺が見下ろす形になる。

「遊び甲斐のある弟分として」

 ニヤリと笑った。

 亮様もとい槙村さんもとい映果さんは、上機嫌な顔で地下鉄の改札へと消えていった。俺と菊川は、別の路線の改札に向かう。

 菊川には資料を貸す約束をしていたから、我が家までは一緒だ。

「いやあ、まさかあんなに愉快な人だったとはね。お前が前世で何であそこまでげんなりしていたのか、理由がわかったよ」

「何、心配でもしてくれていたのか?」

「まさか。嫌味なやつだと思ってた」

 まったく、ネガティブなことを。代わってやりたかったよ。

「お」

 菊川は携帯を取り出して、楽しそうな表情になる。

「何?」

「槙村さんから早速メール」

 俺は自分の携帯を確認するが、着信はなかった。何だよ。

 菊川はご機嫌な様子で俺を見る。

「でも、やっぱり前世でも親しかっただけあるね。芹花ちゃんと同じくらい自然でさ、ずっと昔からの付き合いって感じで、仲よさげだったよ」

「は? あれが?」

「心許している人間ほど結構雑になるよね、対応」

「んなことない。現に、俺は前世でもお前が大嫌いで扱い悪かったろ」

「今のほうがずっと悪いよ」

 それじゃ、まるで、今のお前には心を許しているみたいじゃないか。そう言おうとして、やめる。高山田はやはり嫌いだが、菊川という男はそこまででもない。

 すっきりしない気分に浸されているうちに、電車はうちの最寄駅に到着する。

 傾きかけた日が作る長い影まで綺麗に揃った状態で、家までの道を二人で歩く。

 彰寿という前世からまだ解放されていない。俺はもう彰寿でないことは理解しているが、そう簡単に気持ちを切り替えられるなら苦労はない。

 悩む俺の横で、菊川はにこにことさっきのメールの返信を打っている。

「なあ、菊川。槙……えー、あー、あの人のこと、どう思うよ?」

「面白いし可愛いし、いい子だと思うよ」

 まずい、まずいぞ、芹花。

 いっそ菊川と槙……じゃない、映果さんがまとまってお互いにだけ関心を持つようになれば、ややこしい事態が片づく気がする。しかし、そうなると家庭内が面倒なことになる。

「そういや、菊川って彼女いるの?」

「うん? いたよ」

「過去形?」

「相手は地元の人だったんだけど、自然消滅」

 ちっ。他に女がいれば、もっと穏便に事が済んだものを。

 芹花の話題を出そうとする前に、菊川がさらに喋り出す。

「他人のことより自分のこと心配しろよ。片思い二年」

「うるせえよ。それに、もう時間が経ちすぎて、自分の気持ちが微妙になってきたよ」

「こじらせるもんじゃないね、こういうのは」

「本当、そうだな。それには同意しておくよ」

 家に到着する。菊川を門のところで待たせ、自室から必要なものを持って再び外に出る。

「今日はありがとうな。正直、あの人と二人だと気が重くて」

 菊川もさすがに同情する目つきだ。

「そこまで言うってよっぽどなんだな。俺とすら二人になれるのに」

「そこは察してくれ。今さらだが、お前も付き合い……っていうか、面倒見いいよな。あのときだって今だって、放っておいてもよかっただろうに」

 そりゃあ、と菊川は俺をまっすぐ見つめる。

「俺は、お前に対して責任があると思ってるんだ」

「は? 何それ」

「俺、お前が幸せになるために手を……」

 言い淀んで、その視線がちょっとずれた。その瞬間、寒気がした。

 背中に嫌な予感が絡みつく。油がきれた機械のような効果音とともに、俺は振り向いた。

 芹花がいた。

「こんにちは、芹花ちゃん。じゃあ、俺はこれで」

 そそくさと菊川は駅のほうへと去っていく。待て、逃げるな。

 追いかけようとすると、がしりと胸倉をつかまれる。

「今の、どういうこと?」

 この声は、殺し屋の声だ。

「責任って何? やっぱり、お兄ちゃんたちそういう関係だったの? 私を弄んでたの?」

「弄ぶも何もないだろ! ていうか、違う! お前のBL脳もいいかげんにしろ!」

「ただの友達が、どうして『お前に対して責任がある』って言うの! 何が『お前が幸せになるために』なの? やっぱりできてるの? この間も菊川さんの部屋に泊まってて朝帰りだったよね! ね!」

 法子、法子、俺が悪かった、今すぐ帰ってきてくれ。桧山さん、あなたの邦彰妄想以外は全部好きです。俺は女性といい仲になりたいです。

「あの日は普通に一緒に課題やってただけだって! ていうか、あいつ彼女いたし、俺だって……」

「え?」

 服を掴む手にいっそう力をこめられる。おそらく俺の身長が彰寿くらいだったら、持ち上げられていたに違いない。

「彼女、いたの?」

 しまった、口を滑らせた。

「過去に。今はいないみたいだ、安心しろ」

「ちょっとー! そういう情報は早く言ってよ!」

「俺もついさっき知ったんだって!」

「自分は映果さんといい感じだからってさぁ。歩実さんはどうしたの!」

「だからあの子とは何でもないって!」

 もう、厄病神が二人、と思えてきた。



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