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第九話 お茶会に笑いはいらない



 目の前にいる菊川は、何度も瞬きを繰り返す。

「では、本当にあなたも前世の記憶を?」

 元は亮様であるところの槙村さんは、ニヤリと笑って首肯した。

「あなたのこと、たまに彼から聞いてましたよ。あ、前の彼ね」

 あの日の彼女からの告白はあまりにも衝撃的だった。正直、今でも信じられない。

 ではまたと言い残して去っていった彼女は後日、芹花経由でメアドを渡してきた。

 芹花の騒ぎようは凄まじかった。どうやら、あちらはあちらで帰り道に、万葉子ちゃんから事情を聞いたらしい。槙村さんが俺のことを好いているのだとかいう、多大なる誤解を。

「映果さんかぁ、うーん。もちろん歓迎だけど、やっぱり趣味は曝け出せないわぁ……」

 すっかり、芹花は俺と槙村さんが付き合うのを前提で物を言うようになった。誤解だと念を押して言っておいたが、母さん譲りの妄想癖を働かせているときは無駄な行為だと思い知った。

 彼女にはすぐに連絡し、会う約束を取りつけた。菊川にも声をかけて三人で集まり、今に至る。

 槙村さんはやけに饒舌だ。

「いや、本当に、まさか他にも二人も仲間がいるなんて思わなかった。そのうちの一人なんて、元の従弟だし」

 ちらり、とこちらを見てくる。つい硬直してしまう。

 春あたりに夢にみたときは、確かに懐かしく思った。けれども、本来俺はこの人が苦手だ。

 俺が逆らえないのをわかっておきながら、あちこち連れ回す。おかげで、ときに上からお叱りを受け、ときに嫌みを言われ、本当に散々だった。

「その……亮様、でよろしいですか? 今も」

「障りがないほうがいいね。それでお願い」

 亮様と現代女子高生の口調が交じる。妙な気分だ。

 高山田と亮様は、まったく面識がなかった。俺が二人をそれぞれ紹介する形になる。

「まさか、このような形でお目にかかれるとは思いもしませんでした」

 菊川の表情は硬い。それもそのはずか。高山田の思想とは対極にあるような人だったわけだから。

「なんというか、巡りあわせってやつですかね」

「すごいですね。現世でも元華族なんて」

 槙村さんは苦味を混ぜた笑みを浮かべる。

「まあ、前よりは身分は下がりましたが、確かに恵まれているのでしょうね」

 確かに、この中では最も強運を持った魂だと言えよう。ただ、俺はこの人が生まれ変わるなど、自分以上にありえない話だと思っていた。

「お二人はどんな感じで記憶が戻ったんですか?」

 目を少々輝かせて尋ねてくる彼女に、俺たちはそれぞれの経緯を説明した。

「はは、いかにも彰寿らしいですね。軍博なんて。菊川さんの、その、じわじわと戻ってくる感じって、なんかあんまりピンと来ないですけれど」

「もともと、やっぱり違和感はあったんです。で、日常のふとしたことで、そういえばって情景が浮かんできて。そういう断片を、パズルのように組み合わせていくような感じ……かな」

「なるほど」

 真面目に頷く横顔に、俺は問いかける。

「あなたはいったいどうして記憶を? 最初からあったんですか?」

 いや、と返す声は、やや低い。

「中二のとき……ちょうど三年前か。階段から落ちた」

「え?」

「どうしてだかは覚えてない。踏み外したのかなんなのか。気づいたら踊り場に転がってた。全身が痛くて痛くて、でも妙な気分だった」

 槙村さんは一度、カップに口をつける。

「倒れている私に万葉子やみんなが必死で呼びかけるのに、なんかデジャブ感じて。そしてそのまま意識を失って、過去を見たんです。父、母、弟妹、友人、許嫁、そして鈴森の面々との思い出が、次から次に巡ってきて。目が覚めたら、完全に記憶がよみがえってました」

 言いながら、俺を見て小首を傾げてみせる。

「同じ、だね?」

「そうですか?」

「そうですとも」

 深刻な話をしているというのに一瞬「嫌だ」と思ってしまう。そんな俺の様子に気づいたのか、菊川は薄く笑う。

「えっと、松井……というか、鈴森は苦手だったの? この人のこと」

 直球だ。

 俺が答えに窮していると、槙村さんは顔を盛大に歪めた。

「やっぱり!」

 身を乗り出して、俺の服を掴んで揺さぶる。

「そうだと思ってたの。だって、いつも露骨だったもん! 無表情なのに、嫌いだオーラがこれでもかってくらいに出てたの!」

「そりゃあ、あれだけ嫌がらせされたら苦手になりますよ」

 一瞬の沈黙後、彼女は手を叩いて喜ぶ。

「やっと本音言ってくれたね。ああ、愉快愉快」

 もう、綺麗な顔の向こうに隠すものなど、俺にはない。

「口にできないに決まっているでしょう! この際だから言わせてもらいますけれどね、あなたが俺を所構わず呼び出したりするから、あちこちから言われまくってたんですよ! 勤怠だって一部の人間からは不良扱いですよ!」

「あー、そういえば、抜け出すこと多かったっけねえ。あれは評判も悪くなるよ」

「俺じゃない、この方のせいだ!」

 思わず立ち上がりそうになる。

「うるさいよ、彰寿。静粛に。周りの人の迷惑を考えなさい」

「あんたが言うな!」

「まあまあ、落ちつけよ」

 そうやってぽんぽんと俺の肩を叩く菊川。くそ……。

 だいたい、これはどういうことだ? どうして俺は、元高山田と元亮様の二人に囲まれて茶をしばいているんだ?

 悪夢だ悪夢だ悪夢だ悪夢だ。

 荒れる俺を見て、二人は顔を見合せながらニヤリとする。

「学校でもこうだったんですか?」

「暴言のオンパレードでした」

「貴様が言うな!」

「もう、静かにったら。もう、君みたいな大男が暴れたら」

 ふと、その小さな唇が動きを止める。彼女は横を向いて口元を手で押さえる。

「彰寿が、大男……すごい未来だ」

 必死に笑いをこらえているところが、またムカつく。

「暴言ねぇ……。昔はね、多少口が悪くてもいいかなって思ってたんですよ。顔が恐ろしくよかったから。でも、今はフツメンでしょ。菊川さん、指導してやってくださいよ。この間もね、菊川さん素敵だったねってみんなで話してたんですよ」

 菊川はちょっと照れたように笑う。

「服と髪型でどうにでもなりますよ。俺だって、姉が美容師なんですけどね、その伝手でいろいろしてもらえるから体裁だけ整ってるわけで」

「えー、いいなあ! ねえ、彰寿……じゃなかった、智樹さんもやってもらいなよ! 今だからこそ、ね」

「俺は坊主にしたいくらいです」

「あー、坊主かあ。懐かしいなあ。たまに恋しくなるよ。うちの姉には絶対やるなって言われてるけど」

「そういえば、あの頃の君、似合ってなかったねぇ」

「うるさいわ!」

 彰寿の頃は、亮様にこんな物言いをするなどと天地が崩壊しようと起こりえなかった。

 どうしてこうなった。百回くらい唱えたくなる。

 そんな俺の横で、ニヤニヤとしながら槙村さんは携帯を取り出す。

「この場で苛めちゃうと、彼がうるさいですからね。菊川さん、メアド交換しません?」

「そうですね」

「あとで存分に語り合いたいです!」

 二人が連絡先の交換をする。芹花よりもずっとスムーズで早いんじゃないか。芹花、母さんと一緒に某スタジオの歌を口ずさんでいる場合じゃないぞ。

 包囲網ができていく……。というか、芹花の思い人と仲良くならないでください。あいつの勝ち目がなくなってしまいます。

「ふふ、彰寿はやはり怒りっぽいなあ」

「あなただって、生まれ変わっても全然お変わりないですね」

「じゃあお互い様ってことで」

 腕を叩かれながら、ふと彼女のさっきの言葉を思い出す。

「そういえば、みんなが心配して必死で呼びかけるのに既視感って仰っていましたけど。それって……」

 急に槙村さんの表情が無くなる。

「うん」

 彼女は菊川と俺を順番に見て、溜め息をついた。

「死んだとき、そうだったんだ。もしかしたら一服盛られたかもしれないけれど、一応病死ね。突然苦しくなって、ふっと意識が途切れてそのまま」

 亮様の死因は、今のところ心臓にあるとされている。それまで何の疾患もなかったが。

「あのとき、側に誰がいたのかな。とにかく、みんなが血相を変えて僕を呼んで、でも、返事はできなかった」

 それきり押し黙ってしまう。

 菊川は、どこか咎めるような視線を俺に投げてくる。

「……申し訳ない、言いにくい話をさせてしまって」

 すると、槙村さんはいつもの表情に戻る。

「別にいいよ。彰寿が僕の心配をしてくれるってだけで、生まれ変わった甲斐があったものだ」

 ……反省したことをたった数秒で後悔させないでくれ。

「しかし、気になりますね」

 菊川はコーヒーを飲みながら、唸るようにして言う。

「どうして、我々には前世の記憶があるのか」




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