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第四話 ここで会ったが何年目?



「え?」

 鏡があるわけではない。というか、今の俺は彰寿ではない。

 よく見ると、彰寿の顔を持つその人は、芹花と同じ制服を着ていた。

「あ、万葉子まよこさん、気にしないで。うちのお兄ちゃん、頑丈だから」

 万葉子? ……あ!

「鈴森家の?」

 あの日、霊園で会った寿基の娘だ。

 彼女は目を丸くしながら、瞬きを数回。そして、遠慮がちに口を開く。

「もしかして……ずっと前に、お会いしましたか? 霊園で」

 息をのむ。

「え、まさか、覚えていたの?」

 万葉子ちゃんはこくりと頷く。

 懐かしい。中学に入ったばかりの頃のことだったから、六年くらい前か。俺はともかく、彼女が覚えているなんて思わなかった。

 前世の俺の大姪。じっと見れば、やっぱり彰寿とちょっと違う。けれども、似ているのは事実だ。

「芹花さんのお兄さんだったなんて。えっと……お久しぶりです」

「本当に……お久しぶりですね」

 和やかな別れと言い難かったせいだろうか、どこかぎこちなくなってしまう。

「芹花さんと会ったときに、どこかで会ったことがあるようなって思ったんです。そっくりですよね」

 そう笑う彼女の向こうで、芹花が絶望的な表情をしてこちらを睨んでいた。

 とりあえず俺は万葉子ちゃんを立たせて、自分も腰を上げる。

「何、知り合い?」

 ふいに、万葉子ちゃんの肩に回される腕。別の女の子がこちらを値踏みするように見て、ニヤリと笑った。芸能人にいそうな、ちょっと派手な顔立ちだ。

「うん。ほら、前に言ってた、うちのお墓参りに来てくれた人」

「え、ごめん、迷惑かけた?」

 芹花が慌てて寄ってくる。

「ううん、全然。お兄さんは……まともな人だったから」

 まとも。芹花からさんざん変人呼ばわりされつづけてきた俺が、まとも。その言葉に万葉子ちゃんの苦労が窺える。変な人がいるって言ってたもんな。

「へえ、鈴森家の」

 ぽつりと菊川が呟く。

「あ、えっと、ちゃんと紹介するね。こっちがうちのお兄ちゃんで、この人がお兄ちゃんの友達の菊川さん。二人は大学が一緒なの」

「こんにちは、鈴森と申します」

 万葉子ちゃんは綺麗に頭を下げ、そっと微笑む。よしよし、やっぱり鈴森家の教育はいいようだ。霊園で会ったときよりもだいぶ穏やかな態度だから、いっそうお淑やかさを感じる。

「革命時代を専攻されているんでしたよね? 鈴森彰寿は私の大叔父にあたります。ご存知ですか?」

「もちろん」

 彼女は知らない。俺がその大叔父で、こいつが軍学校でさんざん競っていた相手だということを。菊川は複雑そうに微笑みながら頷く。

 それにしても、まさか芹花のクラスメートだったとは。どうして今まで黙ってたんだろう。彰寿の縁者、しかも顔が似ている子がいるなら、興奮して訴えてきそうなのに。腐女子的に、女の子相手だとミーハー気分薄れるのか?

「あの、菊川さん。よかったら展示見てくれませんか?」

「ああ、もちろん」

 芹花はさりげなく菊川の手を引っ張り、パーテーションで作った通路を行く。俺も二人から三歩分ほど離れてついていく。

 展示内容は想像よりもあっさりとしたもので、源氏のことをまったく知らない人間向けの内容だった。各帖の概要と登場人物のまとめが主だが、うーむ、こんな浅い内容でいいのか。

 そんなとき、とあるコラムに目が留まった。

 物語に登場する風習、それが現代にどう引き継がれているのかというものだった。説明はうまいし、少ない字数で考察もきちんとされている。宮廷文化を身近に感じてもらおうという意図が感じられた。きちんとわかっている人間が書いた文章だと窺える。

 俺が立ち止まったのに気づいた芹花が、どこか自慢げに説明する。

「あ、それはね、映果えいかさんが書いたんだよ」

 芹花の視線の先には、さっきの派手系の顔の子。万葉子ちゃんの友達だ。

「映果さんもね、元華族のおうちの人だよ。苗字は槙村さんっていうの」

 小声で教えてもらう。

 槙村……ということは、子爵かな。俺はあまり面識ないけれど。

 やっぱりそういう家の子はしっかりしているのか。芹花とも仲良さそうだし、少々安心する。

 その槙村さんとやらは、万葉子ちゃんの手を引きつつ、こちらにやってくる。

「槙村さん、でいいですか? このコラムいいですね」

「ありがとうございます」

 醸し出す雰囲気こそ上品なのに、彼女はそうやってまたニヤリと笑う。

「そうだ。すみません、お兄さん。これから私たち交代なんですけど、ちょっと付き合ってもらえませんか?」

「え?」

「万葉子が話したいそうなんで」

 肩を抱かれている万葉子ちゃんは、眉をひそめている。

 え、やっぱり俺嫌われている? 革オタだから? 実は君の大叔父なんだが……むしろトラブルの元凶か、ごめんなさい。

「芹花さん、お兄さん借りるね」

「えー」

 わざとらしい声を出しつつ、芹花は嬉しさを隠せていない様子で、菊川を見上げる。

「すみません、よかったらお兄ちゃんの用が終わる間、校内案内しますけど」

「じゃあ、お願いしようかな」

 菊川は面白そうにこちらを見やり、芹花に連れられながら出ていく。芹花は一度振り返り、口の動きだけで礼を言ってきた。

 そういうことか。

「えっと、芹花が菊川と二人きりになりたかったのかな」

 頷くのは槙村さん。

「そういうこと。本当は、私とお兄さんが知り合いって設定にするはずだったんですけど予定変更。あの流れだったら、万葉子のほうが自然でしょ?」

「映果……」

 万葉子ちゃんは頬を膨らませている。そんな友人を見て、槙村さんはけらけらと笑いながら、その顔をつついた。

「もう、いいじゃん。で、お兄さん。せっかくだから私たちもちょっとお話ししません? 菊川さんに対してのアリバイづくり? ってことで」

 槙村さんは、俺と万葉子ちゃんを引っ張るように、大学のエリアまで連れて行く。さすがにこっちにはカフェもいくつか存在する。ちょっと混んでいたけれど、運良く入れ違いでテーブルがひとつ空いた。

 注文は三人とも紅茶、女の子たちはレモンパイもつけた。万葉子ちゃんと槙村さんは嬉しそうに、タルトレット型のそれをかじる。

「お好きなんですか?」

 尋ねると、槙村さんは飲み込んでから笑んで頷く。

「ここのレモンパイは、うちの名物ですから」

「……祖母もここの卒業生で、似たレシピでよく作ってくれました。だから、文化祭のときはこれが楽しみで」

 万葉子ちゃんの言葉で思い出す。そういえば、里津子さんってここの出身だ。すっかり忘れてた。

 そうか、彼女にとっては祖母にあたるのか。あの人たちに孫かあ。寿基の娘なんだから当たり前だが、妙な気分になる。

「へえ、そんな前からの伝統なんですね」

 懐かしいな。自慢の洋菓子をたくさん作ってくれた。ちょっと気は強くて困ったこともあったけれど、あのはっきりした態度は接していて気持ちがよかった。

 あの時代、あんなに自宅で菓子作っていたなんて、本当に贅沢だったよなあ。

 そんなことを考えていると、万葉子ちゃんが遠慮がちにひとつ残した皿をこちらに差し出してきた。

「食べますか?」

 うわ、物欲しげに見られたか。情けない。

「いや、俺も頼もうかなと思って。ありがとう」

 近くにいた店員を呼び止めて注文すると、すぐに運ばれてきた。

 一口かじる。

 ひどく切ない気分になった。

 本当だ、義姉さんの味に似ている。形が違うだけ。隠し味はない、最初に食べさせてもらったときのパイそのものだ。

 もう忘れていた記憶がよみがえる。涙が、一線を越えるか越えないかで行き来する。

 万葉子ちゃんは万葉子ちゃんで、しみじみと俺や自分の皿を見つめる。

「祖母のは、ちょっとレシピが違ったんです。材料を足して」

「ああ、グラン・マルニエ?」

 その瞬間、二人がぎょっとした目で見てきた。

 しまった。他人の俺が知ってるなんて、明らかに不自然だ。

「あ、当たっちゃいましたか?」

 万葉子ちゃんは躊躇いがちに頷く。よし、このまま当てずっぽうで言ったことにしてしまおう。本当は、他にもうひとつ隠し味として何を入れてるのかも知ってるけど。

 話題を変えないと。

「お祖母さんは、今でも菓子作りしているんですか?」

「……もう亡くなりました」

「え?」

 思いがけない言葉に固まる。

「三年前に」

 そこで、彼女の言葉が過去形だったことに気づく。

 霊園で二人と会ったときは、まだ存命だったはずだ。

 会えたかもしれない、と思うと胸が痛む。俺はまた、出会わぬうちにかつての家族を一人失ってしまったのか。

 感想を求めながら皿を突き出してきた、あの勝ち気な顔が脳裏に浮かぶ。

 言葉を交わすことはできなくても、遠くから元気な姿を見るだけでもできていたら……。

「あの、お兄さん?」

 槙村さんが俺の視界の中央で手を振ってみせる。

「あ、ごめん……」

「気にしないでください。ご存知なかったのですから」

 そう笑いながら、万葉子ちゃんは俺を見つめる。

「こちらこそ、あのときは……すみませんでした」

「え?」

「失礼な態度取ってしまって」

 怪しげに俺を見る眼差しを思い出す。

「いや、別に。嫌な思いしたんだって察したから」

「あれから反省しました。彰寿さんに似てる似てるって言われ続けて、知らない人から家のこと物知り顔でいろいろ語られたりして、嫌になってた時期だったんです。でも、だからってお兄さんに八つ当たりしちゃ、駄目ですよね」

「この子、ずっと気にしてたんですよ」

 援護するように、槙村さんが口を挟む。

「謝れてよかったね」

「うん……」

 槙村さんは嬉しそうに、万葉子ちゃんの頭をなでる。なんか、保護者みたいだな。

 緊張がほぐれたようで、万葉子ちゃんはにこにことしながら雑談してくれるようになった。俺の直系ではないけれど、なんだか娘か孫ができた気分だ。いいお嬢さんを持って、寿基も幸せだな。

 芹花の学校の様子とかで盛り上がっていると、万葉子ちゃんは不意に自分の鞄を覗く。

「芹花さんからでした。もうそろそろ、だそうです」

 この学校では、携帯電話を大っぴらに使用することは禁止されているらしく、みんな鞄に忍ばせながらいじるらしい。今どき大変だ。

「あの二人、うまくいったのかな」

 万葉子ちゃんは、難しい顔をして首を傾げた。この調子じゃ、たいした進展はなかったんだろう。二人とも協力してくれたのに申し訳ない。お詫びに、側の屋台で売ってたマフィンもおごった。

 歩きながら溜め息をつく。

「妹のためにわざわざありがとう。面倒かけさせてすみませんね」

「いえいえ、噂の彼に会えましたから」

 槙村さんはまたまたニヤリと笑う。どうやら芹花は、学校でも菊川さん菊川さんって騒いでいたようだ。恥ずかしいやつだ。

 黙っていても気まずいので、場つなぎにさっきの展示の話を振る。

「さっきのコラムなんだけど、槙村さんは源氏物語に詳しいの?」

「詳しいわけじゃないですよ。ちょっと知ってるだけ」

「古典得意だったり?」

「和歌とかなら好きですけれどね。たまに自分でも詠みますよ。まったく評価されませんけれどね」

 万葉子ちゃんは苦笑する。

「うーん、映果のは、高尚すぎて私にはわからないわ」

「いつもねー、上の句と下の句がねー」

「歌か……渋いですね」

 今時の良家のお嬢様の習い事ってなんだろう。ピアノ、バイオリン、華道、茶道、バレエあたりか? 芹花は水泳と……あれ、何やってたっけ。

「いつの時代の人間だーって言われるんですよ。失礼ですよね、今でも別に変じゃないし」

 俺も正寧のことを懐かしむたびに似たようなこと言われてたから、シンパシーを感じる。

 そのとき、上からオーボエの音が降ってきた。四階で、吹奏楽部がミニコンサートをしているようだ。次第にいろんな楽器の音が合わさって流れてくる。

 木管の音っていいな。トランペットは懐かしいが落ちつかない。

 槙村さんは目を細めて笑う。

「どうしたの?」

「いえ、秋だなあって思って」

 空には、細かな雲が美しく散っていた。俺も万葉子ちゃんも、しみじみと眺める。

 そういえば、いつだったか亮様ともこんな空見たなあ。懐かしい。あの人が詠んだ歌を思い出す。

「秋ながら、空に風花……」

 ああ、冬はまだ遠いな。あのときよりももっと。

 ふと横を見ると、槙村さんが怪訝な顔をしていた。

 まずい、声に出してしまった。

「……それは?」

「ああ、詠み人知らず。気にしないで」

 万葉子ちゃんは笑顔で流してくれた。対照的に、槙村さんは引いているような目で俺を見る。すみません、警戒しないでください。不審者に見えるのは仕方ないけれど、そうじゃないんです。

 校門では、菊川がいつもどおり穏やかに笑いながら手を振ってきた。芹花は、もじもじと横目で見るだけで、表情も冴えない。

 ああ、今回も不発だったか。いいかげんどうにかしろよ。いや、桧山さん相手に二年ほど片思いしたあげくもう恋なのかどうなのかもわからなくなった俺にこんなこと言う権利はないが。

「様子変だけど、どうした? 彼女たちと何かあった?」

 女子高生たちに見送られながらの帰り道、菊川が尋ねてくる。

「まあ、今の鈴森家の話を、少しだけ聞けたよ」

「……そうか」

 亮様の歌については、話が通じない相手だ。黙っておくことにする。




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