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第二十話 現代っ子への道


 昼食時、桧山さんは事情を知っているのか、菊川と会話しつつさりげなく芹花に話を振ったり、芹花と菊川の共通の話題を提供してくれたりした。申し訳ない。

 しかし、肝心の本人はもじもじとしていて、挙動不審だ。いつもの図々しさがまるでない。

 芹花に気を使っていたせいで、俺と桧山さんの会話はあまりなかった。

 店を出て、銀座の街中をみんなで歩いて移動する。

 昔の話をしながら、おなじみの時計塔を通りすぎる。歩行者天国なので、中央通りも自由に歩ける。

 この季節にここを歩くと日差しにさらされて暑い。寒い時期に来ると陰鬱な気分になるけれど、夏はその分気が紛れるような気はする。

「クーデター隊、まあ、未遂という扱いだが……。まず過激平民派はこの向こう、五丁目に赴き、会食していた閣僚数人の身柄を拘束した」

 なお、この日、他にも華族や資産家十数名が襲撃に遭っている。

「殺さなかったの?」

 芹花の質問に菊川が答える。

「そうだね。銀座事件の首謀者たちは、あの人らを人質にして自分たちの要求をつきつけた」

 当時の銀座では、主要な新聞社が揃って社屋を構えていた。過激平民派はそれらを襲撃し、自分たちの拠点にした。そうして平民たちに身分からの解放を訴えた。

「まあ……それが、浅はかだ、甘い、と軍の侮りを呼んだんだけどさ。あ――」

 俺は反射的に立ち止まった。三人が首を傾げる。

「彰寿が死んだのは、あそこだよ」

 強い日差しに、思わず目がくらみそうになる。指した道が白く見えた。

「その先が旧央都新聞社だろ。そこに坂江大尉や高山田がいて、上官について行動していた彰寿はあそこで銃撃にあった」

「行ってみてもいいですか?」

 桧山さんは俺の返事を聞くまえに駆けていった。それを芹花が追う。

「元気だねえ」

「ああ……」

 さすがに菊川もバテているのか、力ない声だった。

 何回足を運んでも、あまりいい気分になれない場所だ。思えば、あの瞬間からすべてが狂ってしまったのだから。

 でも、前回よりはだいぶマシだった。慣れてしまったのだろうか。何故だろう、わりと平静な心でいられる。

 飲食店と鞄専門店の前に立って、ここだと場所を示すと、女子二人はあわあわしつつもまずは手を合わせた。

 実は本人ここにいますよ……。あなたたちのすぐ脇ですよ。

 今まであんまり考えたことなかったけれど、生まれ変わった場合って成仏してないことになるのかな。

「お兄ちゃんよく知ってるね。こんな細かい情報」

「私も気になります。さすがにここまで正確な場所って見たことないなあ」

 しまった。

「どの本か忘れちゃったよ。いろいろ読んでるとごっちゃになるし」

「うわ、オタク的イヤミだ」

 芹花と桧山さんは、資料にと道がわかる構図で一枚だけ写真を撮った。人が死んだ場所を撮影するって、あんまりいい気分になれないもんだと思うけどなあ。

「このあと慰霊碑行くだろ。せっかくだし花買っていかないか?」

 菊川は晴海通りを見ながら言う。たしか、そっちのほうに花屋あった。仏花があるかどうかは記憶にないけど。

「菊川って軍博と慰霊碑は行ったことがあるんだよな?」

「うん。でも、上京前に一回ずつ来ただけだよ」

 休日はバイトやサークルに追われていて、あまり時間がとれないらしい。

「他は?」

「全然だよ。練兵場も九段下も。……だから、今日は張り切って来たんだよ」

 何だよそれ、と俺が言うと、菊川はわずかに唇の両端を上げる。それは、どこか自虐的に見えた。

 こいつはこいつで、いろいろ意味深な雰囲気漂ってるよな、と思う。出会って二、三ヶ月経つ。距離が近いようで遠い、遠いようで近い。そんな不思議な感じがする。

 向こうも普通に話しかけてくるし、自分は仲良いとは思ってるけど、あと一歩のところで壁っぽい一線がある。これ以上近寄ってはいけないような。

 やっぱり革オタってどこかしら変わったところがあるのかな。……別に、自分を棚上げしてはいない。

 まあ、いいやつだ。さっきは、こんな愚妹のフォローもしてくれたしな。

 花屋にて花束をひとつ買う。ついでに線香を売っているところも教えてもらったのでそれもお買い上げ。

 その匂いは、あの霊園を訪れたときと同じものだった。ふと、鈴森家の墓が思い浮かんだ。

 引き続き銀座事件の話を続けつつ、俺たちは九丁目に向かって進んだ。そして、懐かしいあの場所にたどりつく。

 きょろきょろと周囲を見渡すと、菊川と目が合う。

「どうしたの?」

「いや……」

 あのときの男性は見あたらないが、真新しい供物があるし、周囲は掃き清められている。

 たとえそれがどんなものであれ、誰かが気にかけてくれるってありがたいことだと思う。忘れ去られて省みられなくなったものは本当に寂しい。

「邦勝さんのお墓って、故郷にあるんでしたっけ」

 芹花。お前も、高山田なんかに「さん」なんて付けなくていいんだぞ。

「本当に端っこ、県境だね。そっちも一回行ったよ」

「ああ、いいなあ。さすがにあっちは遠い……」

「あっちの墓はどうなってるんだ?」

 菊川は小首を傾げる。

「邦勝には弟妹がいたけど、高山田家の所在はわからなかったよ。でも、荒れ果ててたってほどでもなかった。ちょっと、侘しかったけど」

 そうか、あいつは故郷に家族を残してきていたんだ。

 銀座事件関係者本人のことはともかく、その周辺の人間についてはあまり記録がない。革命評論家になってる遺族なら名も知られているが、高山田家はひっそり消えていく道を選んだのかもしれない。

「鈴森家の墓にも行きますか?」

 菊川は尋ねる。レポートには関係ないし予定には組み込んでいないから、単に彰寿好きの女子二人に気をつかったのだろう。

 あらかじめコースを伝えてあったせいか、歩実さんは遠慮した。行けないこともないけど、微妙な位置になってしまうからしかたない。

 昼食を挟みつつ、俺たちはその後も永田町や九段下、上野などを回った。

「桧山さん、いい人じゃん。このままつきあえばいいのに」

 道中、菊川はこっそりと囁いてきた。

「うーん、それはそうなんだけどさ」

「まだ完全に好きじゃなくなったわけじゃないんだろ? ちょっと疎遠だっただけで」

「まあ、かなり微妙な感じで」

「革命前の話だって普通にできるじゃん。何が問題なの? そんなに腐女子って重要?」

 前世の自分を改変して萌えてるところが問題なんだよ……なんて言えるか!

 ここでもし、俺が彰寿の生まれ変わりだって言ったら。冗談と思うか可哀想な人と見なされるかのどっちかな。

 くそ、もどかしい! この一番のネックをちゃんと理解されないなんてさ。

 こういうとき、非現実的なマイノリティの孤独を感じる。だって、他人から見れば魔法使いが実在すると同じようなものだから。信じられずに嘘だと思われるのがオチだ。

 どうして前世の記憶なんて持ってしまったのかな。俺と桧山さんを邪魔するためか?

 移動するたびに、神妙な面もちになりながらも、革命の香りがする場所への興奮を抑えきれない彼女は、やっぱりかわいく見える。

 彼女がもしも邦彰に萌えてなかったら。ああ、惜しい。

 菊川は、そうやって悶える俺に追い打ちをかけるようにニヤリと笑う。

「いっそのこと松井もBL好きになっちゃえば解決するんじゃない?」

 だからそういうことで困ってるんじゃない。

 そんな風に笑わないでくれ。お前は亮様か。

 女子二人が何やら話しながら前を歩き、菊川はのんびりとしたペースでそれを追う。時々、芹花は菊川を気にして後方に視線をやる。

 そんな風景を見ながら、ふと実感する。

 妹や友達とこうして出かけている俺は、本当に現代の学生になっている気がする。

 銀座を訪れても、もうあまり苦しくない。

 いつか、全部受け入れられる日が来るのかな。

 彰寿だった過去も、ただの思い出となる日が。

 案外、生まれ変わった理由など特になかった。そう笑える日が。

 でも、まだ今は恐ろしく感じてしまう。いつか彰寿をただの過去としか思えなくなった自分を想像すると。



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