強い? 何が。
先生がなぜか朝早くから教室にいて教卓に立ち腕組みをしているから、クラスメイトは居辛そうにしていた。
「先生、おはようございます」
「おお、おはよう。昨日は災難だったな」
先生の発言は、私の頭の中では的外れな方向で的中していた。
ダメだと思っても、まだ引きずっていた。昨晩は嫌な考えが頭の中でぐるぐるしていた。
「ええ……」
私の暗い返事をどう解釈したのか。
先生はおもむろに、頼もしいようなキリッとした顔をする。
「大丈夫だ。綾瀬さんは何があっても先生が守るからな!」
……あ、違う違う。そうやって燃えられてしまっても困る。
「先生、朝っぱらから何を言っているんですか?」
「え? あ、あぁ……そうだね」
「ご心配をおかけしてしまいすみません。とりあえず掃除くらいはきちんとしてもらわないと困りますものね。私から言っても聞いてもらえないと思うので権威に頼ります。お願いします」
「あ、はい……」
中途半端な笑みは呆気にとられていることの現れか。
色々な気力が削げてしまったのか、みなぎっていた学園ドラマ的な熱血さが、いつもの肩の力の抜けたものになってしまった。
「うぷぷぷぷぷっ」
笑い声。独特の嫌味さですぐにピンと来た。
「向上月君、おはよう」
「笑うな!」
先生が恥ずかしそうに怒った。なんか知らないけれど可愛い人だ。こういうところ、ちょっとお兄ちゃんに似てて、嫌いじゃない。
「いやいやすみません……おはようございます」
と、全く謝る気がない謝罪を先生へ。
「お前謝る気ないだろ」
と、先生は半分笑いながら呟く。照れ隠しかな。
向上月君は「ふふっ」と含みのある笑みで返事にならない返事をした。
「綾瀬さんって超強いですよね」
「……そうだな。見た目に反して」
先生は、またもやじっと私を見る。
またこの視線。前もそうだったけれど、不思議な感じだ。不快感はない。むしろ、私のことを見ていないような気すらしてくる。
「あれ? 先生ったらもう綾瀬さんに目を付けていたりします? これは教育委員会ものだぁー」
向上月君はからかうようにおどけて言う。
完全に教師をバカにしている。言葉は丁寧なのに……これが慇懃無礼というものなのだろうか。
「そんなんじゃ……」
「あ、先生。来ましたよ」
やっぱり気がつくのは向上月君。
教卓と反対側のドアから入ってきたのはクラス委員長と相馬君。無防備にやってきちゃってまぁまぁ。
「やっぱり来たか。おいお前ら! 相馬土橋五反田西川蜂須賀、職員室へ来い!」
先生はズカズカ歩いて廊下まで下がった彼らを問い詰め始めた。
まあ、この問答はつまらないからいいだろう。やっただのやってないだの心当たりが云々、どうでもいいことだ。
「先生すごいね。顔と名前、もう覚えてる」
「ね。でも、彼らは特に問題児なところがあるし、マークしてたのかも」
「なるほど。親にしつけられていない子供を、先生がしつけ直すのね」
「そうそう。……まあ、彼らが本当に悪いことやるときはもっと地味に陰険にやるみたいだから、叱られるチャンスがあるかわからないけどね。チャイナタウンのマフィアみたいな存在だよ、彼らは」
「詳しいね」
「僕も友達は少なくないんだ」
ふーん、と相槌を打つ。
確かに、誰かとしゃべっている姿をよく見かける。
「おしゃべり好き?」
「特には。綾瀬さんは?」
「……普通。大人数で話すのは、あんまり好きじゃないかも」
「あ、共通点みっけ。大人数の会話ってうるさいし疲れるし大変だよね」
「ちょっとね」
「よかった。気が合いそうだ」
向上月君は綺麗な笑みを浮かべた。
綺麗だけど、形が定義づけられているような感じがして、なにを考えているのかよくわからなかった。