あの人、誰?
兄妹になって一年も経たない頃の話。
お兄ちゃんは私を描いてくれた。
落書きだったけれど、私はすごく嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、どうしてもと頼んで紙をもらってしまった。
お兄ちゃんは「書き直した」って、サイン色紙に大きく私を描いてくれた。コピックっていうらしいペンで色をつけてあった。
本物より可愛いと思う。
すごく嬉しかった。
今の私は、あの頃と違う。
眼鏡はコンタクトにした。
髪型は三つ編みじゃなくて、ツインテールかポニーテール、たまに結ぶのが面倒くさくて下ろしてる。
絵の中の私は中学生のまま止まっている。
お兄ちゃんは、高校生になった私を拒絶する。
「今日は帰れし」
少し早足でやってきたのに、お兄ちゃんは玄関先で私を追い返した。
わりとショック。掃除も片付けてきたのに……。
「なんで?」
私は少し泣きそうな気分だった。玄関先で突っ返されるのがこんなに悲しいことなんて……。
「……同志が集うんだよ」
ほんの少し、ためらいのような間があった。同志なんて普段使わない言葉を使っちゃったからだろうか。
「ええっと、オフ会ってやつ? 前に会った人達?」
「いやあれは近所の同志だからオフ会とも言い難くて……まあいいよ、とにかく帰れ。今日は帰れ」
「……お部屋とか汚くない? 私、かたしていくよ?」
「いらん。もう時間ないし、あんな野獣共と引き合わせるわけにはいかん。だから帰れ!」
ドアがバタンと閉まった。
……なんで? なんでそんな風に邪険に扱われているんだろう、私。
「お兄ちゃんのいじわる……」
壁に向かって、呟くことしかできなかった。自分でも思った以上にか細い声が出た。
顔が熱い。涙が出そう……。
……落ち込むなら、帰ってからにしよう。泣くのもそれから。
そんな風に器用にコントロールできたらいいんだけど。頑張らなきゃ。いきなり泣いたら、変だし。
マンションを出て、駅に向かって歩く。
ふと、すれ違う人が気になった。
アニメの絵が描いてある鞄を持ったお姉さん。
見た目はごく普通。だけどちょっとだけお化粧が濃くて、服装が上から下までパリッと流行で固めた感じ。甘い、香水の匂い。
何のアニメか知らないけれど、あのお姉さんもアニメが好きな人なんだ。なんか不思議な感じがした。
ーーそして、言い知れない、嫌な予感がした。だけど、それを確かめる術も、気合いも、私は持ち合わせていなかった。