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私は妹  作者: 九時良
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向上月君

「珠美ちゃんおはよー」



朝っぱらから悪意に満ちた嫌な顔。


こないだ通せんぼしてて邪魔だった男子だ。違うクラスなのに、わざわざやってきて。


他の男子達はゲラゲラ笑っているし、女の子は名状しがたい好奇と敵意と……何かの獲物を定める眼をしていた。


私はシカトを決め込むことにした。なんかうまく行かないなぁ。



「クラス委員長になったんだって? 超偉いじゃん、マジ優等生じゃん。尊敬するなぁー」



嫌味な口調。



「大変だなぁ、委員長ってただの雑用だからな。お前ら珠美ちゃんに迷惑かけるんじゃねーぞ」


「もちろん。俺ら珠美ちゃんのことこき使ったりしないし」



笑い声。笑い声笑い声笑い声。口を縦に開く頭の軽い笑い声。耳障り。


女の子の視線はだんだん厳しくなってくる。このクラスにはプライドの高い、意地悪な性格の目立ちたがりな女の子がいるような気がしてならない。



ーーその日の放課後、私は掃除を押し付けられた。



「ごめーん委員長ー! 俺ら予定入ってて!」


「俺はバイト!」



バイト野郎は男子のクラス委員だ。私をクラス委員に指名した男子であり、すぐ後に、先生にクラス委員の指名されていた。名前はまだ覚えていない。



「すまんなー。そういうことだから」



と、違うクラスの邪魔君が言って来た。多分、こいつが首謀なんだよね。


あ、名前知らないや……まあいいか。



「私もわりと急いでるんだけど……」



言うが、聞こえないふりをされた。


さっさと帰られてしまうと、どうしようもない。


教室の清掃担当が全員でバッくれやがった。あえてこのままにして先生に言いつけるべきか。


うん、言いつけよう。でも掃除はしよう。たかが教室の掃き掃除だし。


ということで、私は教卓側から後ろに向けてゴミをはくことに決めた。



「手伝うよ」



穏やかだけど、少し枯れっぽい声。


足元に向けていた顔を上げると、少しびっくりした。いや、びっくりというか、意外というか、声をかけられるなんて考えもつかなかったっていうか。


彼は向上月雪歌君。名前だけでもインパクトが強くて、まっさきに覚えた。


日本的、かつ線の細い薄幸そうな顔立ちは、どこか昔の少女漫画に出てくる王子様のような雰囲気があった。貴族より華族っぽい感じ。太宰治の斜陽が似合いそうな男の子。


そして、『なぜか』いつも頭にバンダナを巻いている子だ。


彼が『なぜ』バンダナをつけているか、誰もが気になるところだ。


素直に尋ねた人もいるし、人伝に聞いた人もいる。そしてなんとも言えない難しい気分になる。


そのことについて、私は気にかけるけど極力知らないふりをすることに決めていた。話題の触れ方とか、フォローの仕方がわからないから。



「ありがとう」



手伝いの拒否なんかしない。ここで変に大丈夫だから~とか言ったら相手に悪いし。



「教室半分に割ってやろうか。僕は窓側やるよ」


「合理的だね」


「だろう?」



向上月君は綺麗な顔立ちを崩さずに、やたらと上品に微笑んだ。瞬間、彼の頭がすごくいいように感じた。



「酷いね、相馬君達」



教室にはふつうに生徒が残って雑談したり化粧したり、各々のことをしている。


そんな中、負けないような声で、わざと周囲に聞かせるように、向上月君は言った。


私も向上月君に届くように、大きな声で返事をした。



「相馬君って誰だっけ?」


「あははっ!」



何がそんなにおかしいのか。


向上月君は、か細い声で喋りそうなイメージに反して、やたらと楽しそうに笑った。



「うぷぷ……ごめんごめん。綾瀬さんをからかってるグループのリーダーだよ。違うクラスのやつ」


「相馬君って言うんだ。知らなかった」


「うん、相馬響君。かっこいい名前だよね」



あ、自分の名前を気にしてるのかな。



「知り合い?」


「オナチュー。彼は目立つから他の中学にも『お知り合い』が多かったみたいだけど」


「へえ」



私は軽く相槌を打った。


なんだか皮肉屋さんみたいな毒が言葉の中に隠れている。彼の嫌味は、相馬君の圧力的な嫌味さとはまた違った、シニカルなものだ。



「……ん? 私、なんか困ったのに絡まれてるってこと?」



向上月君は受け流すようにコロコロと笑う。今にしてみると、少し馬鹿にしているように見える。



「僕にはよくわからないや」


「そう」



逃げた。批判を避けるなんて、うまいことして。きっと彼はさぞや嫌な大人になることだろう。



「はい、ちりとり」



残って話していた女の子のグループの一人が、ニコッと笑ってちりとりを持っていた。


……あ、ちりとりをやってくれるってことか。助かる。



「ありがと」


「どういたしまして! 綾瀬さん偉いね」



彼女が言うと、彼女のグループの子たちが口々に喋り出した。



「偉いよね。っていうか、男子酷くない?」


「ちょっとイケメンだからって調子乗ってるっていうか。ゲンメツー」


「でも相馬君だしねー。そこがいいような気がするけど」


「綾瀬さん可哀想じゃん」



かしましいなぁ。みんな早口だ。


実はこのテンポと結束感についていけないから、集団を避けているのだけど。ただの不適合者だということは、重々理解している。


こうなったら止められないし、話の中心部になっている私の帰るタイミングが掴みにくい。困った。



「あ、先生」



いち早く気が付いたのは向上月君だ。


みんなして振り返る。



「綾瀬さん、掃除押し付けられた?」



非常に呆れた顔で。ーーもちろん、呆れられているのは相馬君達だろう。



「はい、押し付けられました。彼ら、逃げ足が早いですね」


「あいつらはー……はぁ。なんでこんな初っ端から絞らなきゃならないのか。ごめんな、綾瀬さん」


「先生が謝ることじゃありませんから」



これはいいタイミングかもしれない。先生にもチクったし。



「手伝ってくれてありがと。私、もう帰るね。さよなら」



軽く頭を下げて荷物を持つ。少し急ぐように早足。家に帰りたいというか、この場を離れたい。



「ばいばーい」


「お疲れ様」



そんな言葉が後ろから聞こえた。


……嫌なやつもいるけど、争いを好まないのもいるみたい。なら、クラスの均衡は程よく保たれるから、いい子とそこそこ仲良くやっておけば、大仰ないじめは回避できるかも。

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