表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は妹  作者: 九時良
5/37

私はそんなお兄ちゃんを。

兄妹になった頃から、お兄ちゃんは『一部の人に』『それなりに』人気のあった作家さんだったらしい。


商業誌の連載が始まったのは私が中学三年生になった時。


商業誌で書き始める前は、やっぱり漫画を描いていたんだけど、ノートみたいに薄い『同人誌』という個人発行の本で発表していたようだ。


私はわけも分からず部分部分の手伝いをした。黒いところーーベタ塗りしたり、スクリーントーンを貼ったり……もちろん性描写のないシーンだけ。



「たまちゃんは筋がいいなぁ。うまいうまい」



お兄ちゃんは私の頭を撫でて、手放しで褒めてくれた。


私は嬉しかった。お母さんにもこんな風に褒めてもらったことはなかった。それに、お母さん以上に私のことを可愛がってくれている気がした。


それに、お兄ちゃんはいつも優しい顔をしていた。優しく笑いかけてくれた。


私は人と打ち解けるのが苦手だけれど、お兄ちゃんは本当に優しくて、私のそんなところも認めて許してくれている。


そんな風に思っていた。


全部の感情をひっくるめて、心も身体も未発達な私の『好き』だということを、私は薄々気が付いていたのかもしれない。


しかし、まだ明確な言葉を持ち合わせてはいなかった。


幼いから。



身長も小さくて。


体重も軽くて。


胸もぺったんこで。


いかにも内気な厚い眼鏡と長い三つ編み。


友達は一人二人しかいなくて、男の子となんか話せない。


頼まれ事は断われなくて、でも親には心配かけたくないから相談できなくて、いつもお兄ちゃんに泣きついて。


あの頃の私は風が吹いたら倒れる様な女の子だったと思う。


今みたいになったのは、中二の冬の夜に暴漢を倒したことがきっかけだ。通報されなかったし、まだ仕返しもされていない。


まあ、それはいいだろう。



「なんでお兄ちゃんは一人暮らしなの?」


「うーん……親父に追い出されたっていうか……。見ててわかったと思うけど、あんま親子仲よくないからさ。まぁ、子供がいい歳なのにフリーターで漫画家目指してて、その上描いてるのがアレゲで……ってなったら、気持ちわからないでもないけど」



お兄ちゃんは自分で自分を嗤った。



「私はお兄ちゃんの漫画、すごいと思う。エッチでびっくりしたけど」


「嬉しいけど18歳未満は読んじゃダメだろ!」


「でも、もう読んじゃったから今更遅いよ」



なんとも言えない難しい表情でお兄ちゃんは黙ってしまう。



「お兄ちゃんは優しいんだよ。色んなことも考えてるんだよ。小さい女の子をめちゃくちゃにしたいだけじゃないって、私は思ったけど」


「ありがとう……」



そう言ったきり、お兄ちゃんはうんともすんとも答えなくなってしまった。私が何を言っても。突っついても。揺らしても。


挙句。



「画材買いにハンズ行くから家帰れ。駅まで送るから」



と、追い返されてしまった。



男の人って難しい。


でも、確かに私はそう思った。



犯罪みたいな話は、徹底して犯罪的で、不幸だ。


でも、お兄ちゃんの中の正義やモラルや優しさがあるからこそ、それとは全く正反対の話を、読んでいるだけで不快になるくらい書き込める。


この不快感は、生理的なものではなくて、倫理的で、理屈があるものだ。


幸せな話も、ただ幸せなだけじゃなくて、人間関係があって、悩みがあって、欲望もあるんだけど、どこか悲しい、だけど前向きな話。


基本が優しいから、いいことと悪いことがわかるから、両極端な話が書けるんだと思う。


そして、自己嫌悪に陥ってしまうのだろう。


私はそんなお兄ちゃんを応援したかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ