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私は妹  作者: 九時良
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うっかりしていた。

ホームルームで赤面してしまった。



「あー……今朝、エロ漫画が図書室て見つかった。気持ちはわかるが持ち込まんよーに。持ち込むならばれないように。持ち込まなかったかのように持ち込め」



先生の発言。



「やだ……気持ち悪い……」


「どこの男子?」


「ありえなーい……」



女の子のヒソヒソ声と、男の子の笑い声。


クラス委員の片割れは気が気じゃない様子。



やっちゃったー……。



「あー……コホン」



先生は私と目が合うと、なぜか意識的な咳払いをして視線を逃がした。先日のクラス委員となぜか似た感触の視線……。


……ハッ!?


もしや、あの漫画の私に似た子と、私を重ねて……?


ないないないないないないない! 気持ち悪い! お兄ちゃん以外にそんな想像されるとか! むりむりむりむり!


あ、でも、彼氏の向上月君だったらどうなんだろう? キスまではできたけど。


……なんていうか、コトを終える前に向上月君の儚い命が尽きてしまいそうな気がする。まったく想像できない。性格的には肉食系っぽいけど、そういう虚弱なところに安心しているのかもしれない。


でも、嫌なのかどうなのかと聞かれたら……わかんない。嫌ではないと思うけど、違和感があるかも。


向上月君が元気で退院してきたら、ちょっと試してみようかしら……。


……って、私は何を考えているの! もうっ! 思春期男子の毒気にあてられた!



「エロ漫画かー。読んだことないから興味あるかもー」



のほほんとした呟きは『ちりとり!』。気がついたら彼女の友達間のあだ名が『ちりとり!』になっていた。こうなると名前を呼ばれなくなるから、ある意味キャラ立ちしているんだと思う。


『ちりとり!』は他の子に「はぁー?」みたいな態度で往なされていた。


……やっぱり、普通の女の子のだとそういう反応になるよね。キモがるよね。


彼女達に「いい本だから」と説く気にはなれなかった。この時点で私は何かに負けていて、その本の本来の目的をちゃんと理解していることにも気がついた。うん、ずっと知ってた。認めてしまおうと思う。でも、うまく処理し切れない。


私はまだ、しつこいくらいお兄ちゃんが好きで。変えようのない、どうしようもない事態になっているのだから。


たぶん。私は、未だにお兄ちゃんを信じている。






ホームルームが終わったらすぐに相馬くんのクラスへ行こうかと思いつつ、もたもたしていた。だってなんか違うクラスの男子のところに尋ねていくのってアレだし…… みんなに勘違いされたら面倒だし……。



「よぉ」



肩を叩かれた。と、思ったら目の白けた相馬君だった。



「泣くほど大事なもん忘れられるなんてすげーよなぁ」


「泣いてないし! それに、私だけが悪いわけじゃ……」


「とりあえず闇に葬って持ち主不明にしとこうぜ。な?」


「それが平和的解決よね……」



私と相馬君の間で平和協定が結ばれる。苦々しいごまかし笑いがお互いに浮かんだ。



「……いや、お前らの話してる本、たぶんそれ、俺の本だから」



クラス委員の片割れこと土橋君が、恨めしい表情でスッと割り込んできた。


私と相馬君は「……ごめん」としか言えなかった。



「ていうか、珠美ちゃんはアレ大丈夫だったの? 俺はキモがると思って一応止めたんだけど」


「いやまぁ……」



なんて言おうか。うまい逃げ方が思いつかない。



「珠美ちゃんも作者のファンなんだよ。土橋と同じ調べ方して知ったらしいぜ」



そこで、相馬君がうまくフォローしてくれた。感謝せざるを得ない……! その言い訳には発想が至らなかった。


お兄ちゃんの健全な月刊連載は着実に続いて、この間単行本の一巻が出たばかりだった。新しいファンも着実についているようだ。


しかし、お兄ちゃんはエッチな漫画のときと同じペンネームを使っていた。お兄ちゃんのWikipediaのページには(一般)と(青年向け)、二つの表記がされている。


そして、その結果が土橋君のような人なのだろう。いいことだ。健全なものから入った女の子のファンとかは幻滅しちゃうかもしれないけど……。



「マジで? へー。珠美ちゃんも少年漫画読むんだ。意外」


「そう?」



確かに自分からはそんなに読む方ではないけれど……お兄ちゃんの参考資料の漫画は大体読んだ、くらいのものだ。でも、嫌いではないし、意外と言われるのも不思議だ。私自身のイメージも含まれるであろうから。



「いつも小難しい本読んでるから、なんか漫画とか馬鹿にしてるのかと思ったよ」


「えっ? 別にそんなことないけど……私、そういう風に見える?」



土橋君は「うん」と半笑いで素直に頷いた。心外だ……そんな頭いいやつぶって見えるのだろうか?



「ぶっちゃけ俺も最初はそう思ってた。ファーストインパクトから」



と、相馬君。


えぇ……? そんな勘違いを……。



「でも、あの向上月にガチで気に入られてるから、そんなことはないんだろーなーと思いはじめた。結果、根は悪くないかもしれないけど面倒臭くて暗くて嫌なやつだってことがわかった」


「それフォローになってない」



しかも正面切って真顔で言われるとけっこうへこむ!



「向上月か……」



何を思ったか呟くクラス委員。目を細めて、明後日の方向へそらしている。



「今度は長いなぁ……」



休みの期間が。


クラスでも、静かに目立つ子だから。いないと「今日もいないのか」ってなる。空気になれないのだ。そして度々、心配になる。


命のこと。だって同い年だ。この年齢だ。何も考えないわけはない。



「……本の代金、1200円、今度責任者が返せよ」



自分で作った沈黙に耐えられなくなったのか、クラス委員は言い捨てて逃げた。



「珠美ちゃんが……」


「割り勘!」



全ての責任を背負わされてたまるか。持ってきたヤツも悪い。


睨みつけると、相馬君はため息をついた。



「あれ、向上月に読ませてやりてぇ」


「エレクトできる元気はないと思うけど……」


「おい……いや……」


「何」


「なんつーか……そう、昨日、珠美ちゃんが普通の女子とちょっと違うことの理由がわかったんだよな。流石エロ漫画家の妹だぜ」


「バカにしてんの?」



心の距離を微妙に取ったような顔で言うな。



「いやー、まぁ、男なんてエロで元気になる。エロは偉大だ。だからエロ漫画家は尊敬するぜ? 女子が恥じらいもなく言うのはどうかと思うがな」


「うるさいわね、変態。どうせ恥じらう姿がイイとか言っちゃうんでしょ?」


「よくわかってんじゃねーか。つまり、もうからかう気にもなれん。萎える」


「それはよかった。あんたに萌えられても気持ち悪い」


「いや、俺は萌えとかわかんねーし……向上月はわかるっぽいけど」


「向上月君って何でも知ってるよね。萌えも勉強したみたいなこと言ってたし。学者になればいいのになぁ」



そしてまた沈黙。これじゃ、お葬式だ。

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