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私は妹  作者: 九時良
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お兄ちゃんのエロ漫画。 中

内臓が破裂しそうな程に驚いた。


これは短編集だ。お兄ちゃんが私と出会う前に描いた、中学の頃の私によく似た女の子が主役の漫画も収録されている。


男の子の幽霊と交信する女の子。すごく心にじんわりくる話。でもエロいところはちゃんとエロい。


私的に、思うところはあるけれど、すごく好きな話。



「ーー!!」



思わずサッと隠してしまった。


心臓がバクバク言っている。耳が真っ赤だ。息が苦しい……!



「え? 表紙でわかんのか?」



相馬君がぽかんという顔をした。


でも表紙もタイトルもエッチではないのだ。中身はがっつりアレだけど。



「な、なんで……これ……を?」



過呼吸気味。思わぬ動揺にゼイゼイ言ってしまう。肺が図書室のカビ臭さでいっぱいになる。



「土橋が『どこからどう見ても珠美ちゃん』って持ってきたから面白くなって……それより大丈夫か? どんなビビり方だよ」



やっぱり客観的に見ても私っぽいキャラなんだ。……あ、いや、私の想像している話と違う話のキャラを差しているのかもしれないけれど。



「だいじょぶ……」



落ち着け。落ち着け。


……大丈夫。


静かに待機している相馬君は、わりと心配そうだった。悪いやつじゃないから人望もあるのだろう。それくらいはわかってきた。ウザ絡みさえなければ嫌いじゃないのに。



「あのね、この漫画、読んだ?」



私は意を決して尋ねた。色んなことがバレてしまうのではないかとヒヤヒヤしながらだった。



「あん? そりゃー、一回読んだよ。マジそんなに似てるのかって。まぁ、似てたな」


「そう……」



エッチな漫画のキャラクターだから普通の女の子だったら顔をしかめて「キモいキモいありえない」なんだろうな。結局どの話でも女の子は犯されているわけだし、そのキャラクターに投影されているのだから。


……あれ? 私、もしかすると女の子扱いされてない?



「その……話について、どう思った?」


「話ぃ?」


「うん。泣けたとか……笑えたとか……」



怪訝な顔の相馬君。そりゃそうだろう。



「……まぁ、エロ漫画にしちゃ深いとは思ったな」



それでも素直に感想を言ってくれた。やっぱり悪い子じゃないんだ。向上月君と親友みたいだし、並大抵じゃないんだろう。


そして、やっぱりそういう感想を与える作品なんだ。



「そ、そっか……。そういえばこの人、普通の漫画も書き始めたみたいだね」


「詳しいな。ファンか?」



否定しなくちゃいけないのに、できない!


だって私はお兄ちゃんの作品が好きだから。こればっかりはどうしても嘘が付けない。



「わ、悪い? 純文学にだって性描写はあるんだから問題ないわよ!」


「何キレてんだよ」



悔しい! 相馬君がニヤニヤしていることが悔しい!


やっぱりうまく落ち着けない。墓穴掘っちゃいそう……。



「だっていい話だし……絵も可愛いし……」


「エロ漫画だけどな」


「私は文学的だと思うけど……」


「だけどエロ漫画だよ」



おっしゃる通りエロ漫画だ。



「だけど私はこの本が好きなのっ!」



知らぬ顔していればいいものを。ーー頭の片隅でそう思う。


だけど、ドンピシャのものを出されて黙っていられるほど、私は冷静で聞き分けのいい子ではない。日常的な嘘をつくのは得意だけれど、核心に迫られるほど嘘が下手くそになって、すぐに熱くなって、怒っちゃう。



「そーか、珠美ちゃんはエロ漫画が好きか。あっはは! 貧乳のくせしてエロに興味深々ですか!」



からかっているのか馬鹿にしているのか、相馬君は威圧的な口調でおかしそうに笑った。


悔しい。恥ずかしい。


でも、やっぱり悔しい。何が悔しいって、自分の馬鹿さが悔しかった。こいつにこんな事言ったらこうなるって頭ではわかっているのに、なんでかわせないんだろう。理解してもらえるなんて少しでも期待したわけじゃないけど。


ーー私は、けっきょく、この漫画をエッチな本として読んでいなかっただけ。卵が先かひよこが先か、なんてわからないけれど、この本の核は性的なことなんだ。だから結論としてストーリーを読んだとしてもエロ漫画なのだ。


指摘されて、それに気がついて、悔しかった。



私はまだ、何かに夢を見ている。



腹が立って、恥ずかしくて、腹が立って。



「どうせあんたなんかにはものの良し悪しとかわかんないでしょうね。向上月君くらい本を読めばちょっとは見えてくるだろうけど。ブランドのマークさえ入っていればいいみたいな考え方なんでしょ? 安い偽物とっつかまえて恥ずかしい思いをすればいいんだわ!」



八つ当たりだと思う。


相馬君のやったことはセクハラだし、怒られたりキモがられたりしてもしょうがないけれど。……冗談としてかわすのが大人の対応だ。



「……あ? なんでそんなにムキになんの? エロ漫画如きに。馬鹿馬鹿しっ」



ぐっと相馬君の眉が寄った。不良みたいな睨み方。ーーいや、不良かも。


私は本を抱きしめた。


私の分身みたいに思っているのかもしれない。


この中には、夢がある。希望がある。理屈がある。憧れがある。でも、とてもバカバカしくて、小さな世界のもの。



「あんたらにしてみればただの娯楽で性処理かもしれないけど、私にとっては……」



私にとっては?


私。お兄ちゃん。


家族じゃなくて。


憧れで。大好きで。


どんなに酷いことされても、それでも嫌いになれない。


きっとこの本が真実だから。


……真実だと、思いたいから。

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