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私は妹  作者: 九時良
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向上月君と、図書室。 上

図書室の片付けをしながら、私は向上月君にデコピンの話をした。


もちろん二人の仲直りのあらすじについては触れていない。


しかし、デコピンの話を切り出した途端に、向上月君は全てを悟った顔をした。まるで記憶や心を読まれているような、無闇に疑い深くなってしまう不思議な気分だった。



「それは綾瀬さんのことが好きなんだよ」



少し不機嫌な声だった。


向上月君はやきもち焼きだ。クラスの中でも、私を他の男の子から極力遠ざけようとさりげない行動をとっている。


相馬君と向上月君は仲直りをしたし、向上月君はそんな調子なものだから、最近は相馬一派のからかいが静かに低迷しているのでありがたい。



「相馬君ってモテるんでしょ? そんな小学生みたいなのありえない」


「モテるけど好きになったことはないんだよ。ああ見えてボンボンだから、みんなご機嫌取りするんだよね。綾瀬さんみたいに突っかかって行くタイプもいなかった」


「ふぅーん……ちやほやされてきたんだね」



だからあんなに傲慢なのか。


図書カードを並べ替えている私の横に、向上月君がスっと並んだ。古書の埃臭さに紛れた、病院の香り。



「綾瀬さんは相馬君のことは喧嘩友達以上に思ってないよね?」


「喧嘩友達とも思ってないよ」



まぁ、元気付けてもらった借りはあるからいつか返さなくちゃいけないけど……一方的にありがとうと言われても、それは事故みたいなものだと思う。だから、借りは返せていない。



「心配だなぁ。綾瀬さんはツンデレだから」


「あー、ツンデレ知ってるよ。いつも恥ずかしくてツンツンしてるけど、たまに素直になるっていう」


「ずいぶんと正確に答えてきたね……僕なんかめちゃくちゃ調べて理解したのに。実はちょっとオタク?」


「お兄ちゃんがオタクだから、知ってる」


「……ふうん。オタク、好き?」


「んー……優しい人が多い、とは思うけど……」



オタクだからどうこうってわけでも。


「よかった。わざわざオタクにならなくてもいいんだね」


「オタク、嫌い?」


「特にないよ。いや、ノベルゲームって表現方法としては面白いから試しにやってみたけど、クリアまでがやたら長いし速読させてもらえないからキツいって思ってたところだよ」


「へー……」



向上月君は無駄に勉強家だ。このまま学者にでもなったらいいのに……。生き急ぐ必要がなければ、なるのかな。



「ねー、綾瀬さん」



向上月君はサボりモードに入っていた。仕事を二分割したら早く終わってしまい、手ぶらになっただけとも言える。私はもう少し。



「なに」


「好きって言って」


「なんで?」


「うわ、ひどっ……自信がないからに決まってるじゃないか」



愛されている自信がない。ーー恋愛にはありがちな感情かもしれない。私も、そういう気持ちに陥ってどうしようもなくなったことがある。


放課後の図書室。だけど、私たちの会話に居辛くなったのか、本を読んでいた生徒は貸し出しカードを書いて帰ってしまった。今は運動部の賑やかな声しか聞こえない。


向上月君の目が弱々しい。何かの救いを求めるような、自信のない目だ。それだけならまだしも、私との間には関係のない人生のようなものまで付随している。


私は向上月君に何を期待されているんだろう。向上月君は私の何が好きなんだろう……。



「嫌いじゃない、けど、よくわかんない。多分、好きなんだと思う」



これが私の素直な気持ちだ。残酷かもしれないけど。嘘をつかないといけないのかもしれないけれど。


でも、それでもいいと言われたから、私は向上月君と付き合っている。それなら中途半端な嘘はかえって残酷なのではないか。最初から私は嘘をついていないし、騙しても、夢を見せてもいない。サービス精神もないけど。



「そっか……」



向上月君は、一見はつまらなそうに見える顔をした。複雑な表情から内面を正確に捉えることは難しかった。ただでさえ向上月君は私のわからないものを持っている。



「ごめん……」



罪悪感はあった。私は小さな声で、心はこもっているし後悔もしているけれど、それだけでしかない言葉を吐いた。私には本当の優しさなんかなくて、冷酷で自己中なのだということ改めて理解する。



「謝んないでよ、お願いだから。それよりーーちょっとしゃがんで」



向上月君が私の手をとって、下に引っ張る。真面目とも緊張ともつかない表情だ。


首を傾げながら、とりあえず言う通りにしてみる。


カウンターに隠れる状態になった。向かい合って座り込むと、静けさに浮かぶ外の音がやたらと遠くに聞こえてくる。


向上月君の顔がゆっくり近づいて来た。びっくりして、逆にガン見してしまう。


コツン。ーー額と額がぶつかった。向上月君がおかしそうにニヤついていた。



「目、閉じてってば。恥ずかしいじゃん」


「あ、うん……」



私も急に恥ずかしくなって、顔に熱が集まる感じがした。心臓がばくばくと鼓動している。


ぎゅっと目をつむる。光の色が瞼の裏まで伝わってくる。


少しかさついた薄い唇が重なった。お兄ちゃんと比べると柔らかくない。あと、ねちっこくない。


ぺろっと唇を舐められた。驚いて反射的に指へ力が入ってしまった。



「……びっくりした?」



離れる感覚につられて瞼を上げる。


目を細めて微笑む向上月君。薄幸そうな造形のせいか、やけに色っぽい。



「……ん」



軽く頭を縦に動かし、肯定の意思を示す。


恥ずかしさから口を隠すために手をあげようとしたら、向上月君がぎゅっと力を込めて逃がさなかった。



「だーめっ」



一回目で調子付いたのか、ちゅっと音を立てて唇に吸い付いてきた。


少しずつ角度を変えながら、二、三回、突っつく様にキスをされた。最後は頬にキス。


向上月君の暖かさがゆっくりと引いて、手の拘束が解かれる。だけど、今更口とか隠す気になれなかった。



「えっへへ。ちょっとがっついちゃった……わりと嫌じゃなかった感じ?」



照れ笑いをしながらも、優しい表情で私の瞳を覗き込んでくる。いつもは嫌なやつみたいに毒のある目をしているのに、今は真っ直ぐな目だった。余計なことを考える隙がないのかもしれない。


……お兄ちゃんは、もっと切羽詰まって、必死で、ちょっと怖かったけど……今の向上月と同じ目をしていた。優しくて、愛おしいような。



「なんかドキドキした……」



熱い。真っ赤な顔になってしまった。隠すのは口じゃなくて、顔だ。両手をパーにして頬にあてる。


向上月君はニコニコしている。



「僕もドキドキだよ。でも二番なんだね」


「え……?」



ドキッとした。ときめきではなく。


ついついお兄ちゃんのことを考えていたのがバレてしまったか。


それでもいいから、というのがおつきあいの始まりだったにしても。よろしくないことだと思う。

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