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私は妹  作者: 九時良
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先生のありがたい話。

高校も二年生になると、理系文系にわかれてしまう。早い子はこの時点で進路相談質を利用する。私は文系ということだけはっきりしているけれど、他のことは全然考えていなかった。


進路相談は表向き。ーーなんだか、向上月君の嫌な部分で大人な面が似て来たかも。ずいぶんと一緒にいて、話をしたから。


進路相談質は埃臭くて、いまいち明るさに欠ける部屋だった。へやに入る時、先生は「セクハラ」とか色々言われていた。みんな本気で言ってないとは思うけど。



「綾瀬さんは行きたい大学とかあるのかな」


「ありません。目標がなくて、やりにくいというか」


「あー、そっか。今の綾瀬さんの学力ならいいところいけるんじゃないかな」



いくつかの大学を紹介してもらって、いまいちピンとこない。


首を傾げながらも「親とも話し合ってみます」と話を締めくくった。進路の話なんて通信簿の点数が足りていれば万事問題ないのだ。あとは趣旨がなければ適当に選べばいいと思う。



「そういえば、向上月と付き合い始めたんだって?」



先生が真面目な笑顔から一転、いつものだるそうなニヤニヤ笑いに戻った。この顔のまま出て行ったらまた「セクハラ」と言われてしまいそうである。



「はぁ。それなりに、最近」


「そうかそうか。そりゃよかった」



先生は笑い飛ばそうとしているが、苦笑だ。きっと、女の子は気が変わるのが早いとでも思っているのだろう。



「まぁ、向上月は……アレだ。あんまり喧嘩とかしないで仲良くしてやってくれ」


「そうですね。喧嘩しっぱなしだとしこりが残るでしょうから」



私の冷たい言い方に、先生はぎょっとしてから困った顔になって、ほんの少し不快そうに眉を寄せた。



「あー……そうだよな。覚悟がないと付き合えないよな」



難しい話題に笑った顔は似合わない。だから難しい顔をする。


明日にも死んじゃいそうな向上月君。あんまり長くなさそう。長生きしますようにって思っているけれど、実際は難しそう。



「先生、私は」



口を開いて、閉じて。


先生は話を促すように、私を見つめる。綺麗な目をしている人だ。



「私は、別に向上月君が好きなわけじゃないんです」



沈黙が落ちてきた。廊下の喧騒が鼓膜をやんわりと揺らす。



「向上月君には何度かアプローチを受けました。でも、私はお兄ちゃんが好きだから断っていました。この間、お兄ちゃんにフられました。でも私はやっぱりお兄ちゃんが好きでした。断る理由がないとか、他の人が好きとか、そういう気持ちでお付き合いするのって、失礼だと思いました。でも、向上月君はそれでもいいって言って、付き合うことになりました」



埃臭い空気を吸って、吐いて。



「私は何か間違っていますか?」



変に挑戦的な言葉を吐いてしまった、と思った。



「いや……」



先生は視線を手元に逃がしながら、なんとも言い難いごまかし笑いを浮かべていた。口元は苦笑に近い形をしていてる。



「間違ってるとか、正しいとか、多分そういうのは、ないんだよな。恋愛って個々の問題で結果論でケースバイケースだから……学生の範囲の付き合いで周囲に迷惑をかけないで生活に不調をきたさなければ……あぁ、汚い答え方したなぁ」



先生は困ったため息ついて、腕組みをした。ようやっと目が合った。



「まぁ、普通の恋愛だったらそんなに悩まなくてもいいと思うよ。もっと気楽に、遊びっていうか冗談みたいな気持ちでいいんじゃないかな。これはちょっと過ぎた話かもしれないけど、常識の範囲の付き合いができるなら二股でも三股でもかけていいと思う」



そんなもんなのか。


先生の真面目な顔をまじまじと見つめながら、思った。


つまり私は重いと言われているのだろう。


でも、向上月君も相当思い詰めていていて、想いが重いような気がしたけれど。それは、私が好かれているから? それとも、死ぬまでに恋愛がしたかったから?



「向上月君とは中途半端な気持ちで付き合っていていいのでしょうか」


「……アイツがいいって言ってるなら、いいんじゃないかな。でも、なるたけ大きな喧嘩とかしないで、優しくしてやって欲しい」


「それって中途半端だと思います。同情でもいいって向上月君は言ったけれど……」


「じゃあ、わかれるか、本気で好きになるか、どちらかだな」



先生は熱く説き伏せることはしなかった。ただ、在る結論をポンと提案しただけだった。そこに至るまでの努力は私がしなければならないのだと、暗に言うように。


この話は、結局この二つのどちらかで私が結論を出すしかないのだ。


そしてもちろん第三の選択肢も存在している。二つの中間地点。私にとっては、人間の関係性の中の不思議。


普通に教室の中だったら、自分の立場のために相手を利用して居場所を作る。私は多分ほとんどの友達に友情なんか感じていなくて、どうでもいいのだと言うことを実感する。ほんの一握りだけ好きな人がいるから、それ以外は歯車なのだ。


歯車としての付き合いは"仕事"である。もしくは"作業"だ。しかし、それで十分なのだ。お互いにモラル以上の情を交わし合う必要もないし、ハンムラビ法典であることを前提にして裏切っても構わないのだから。


でも、恋愛って違うじゃない。義務感で付き合うものではない。



「……お兄ちゃんは、私を拒絶しました。前は毎日通ってお世話していたのに、今は追い返されて、ほとんど会ってくれません。嘘じゃなくて心の底から好きだと言っても、ダメだと言われました。お兄ちゃんは、今、彼女さんがいて、婚約してて、仕事が軌道に乗っていて……ようやく家族とも仲良くいきそうになって……私のことは、きっと好きなんだって、態度でわかります。でも、私たちはダメなんです」



社会が。倫理が。モラルが。レーティングが。青少年保護育成条例が。すべてが私たちを否定するから。


愛情を満たす勇気を持つほど、私たちは強くない。


すべてをかなぐり捨てるには周囲を取り囲む柵が頑丈で、私たちには、特にお兄ちゃんには、やるべきことがある。



「何が一番、大切なのでしょうか」



恋愛って何?


人を好きになるって、必要なことなの?


滞りなく生きるなら、恋愛だけじゃなくて、感情とか、思考とか、必要ないじゃない。


なのに、なんで私たちはこんな無駄なものを持っていて悩まなくちゃいけないの?


動物みたいに四足歩行で生きていればよかったじゃない。それなのに、なぜ二足になって石器作ったり占いを信じたりしたのよ。馬鹿みたい。



「……そうやって悩むのはすごくいいことだと思う」



先生は先にそれだけ言って、少し悩んだ。


私は、先生が悩んでいる沈黙のおかげで、自分がやたらと感情的になっていることに気が付いた。



「……優しさかなぁ。優しさが、愛しさを生むんじゃないかな」



静かな言葉。


"優しさ"と"愛しさ"が、いつも聞くのとは違う、聞き慣れない響きを持っていた。


偽善じゃ何も得られないということ。

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