向上月君の告白、第二弾。 上
結局、その日の放課後は向上月君の手伝いをした。
本当に図書委員来ない。司書の先生は子供の迎えだかなんだか知らないけど定時に帰りやがった。このパートタイマーめ。
冬休みの返却本は返却ボックスに入っているものもあり、棚に返す作業がまた一苦労。
「あー、もう。今日はここで帰ろうよ」
先に根を上げたのが向上月君ってどういうこと。だるそうに机に突っ伏している。
「どうせ通常運行に戻ったら暇なんだから、こんなのすぐに片付けなくたっていいって……」
「それは同感だけど、私の立場としてはなんとなく釈然としないよ」
手伝いに来たのに……瞬時に手伝いの意味があるのかわからなくなった。
「うーん……だって、どうせこんなの口実だし」
向上月はのろのろと頭を持ち上げた。ブランクがあったせいか、かなりしんどいみたいだ。
「何の口実よ」
気にしながらも、話の流れが切れるまで待つ。
頬杖を付いて、気だるくニヤニヤする向上月君。
「やっぱり綾瀬さんのこと諦めらんない。よく考えたら、好きな人がいても素直に引き下がる必要はないんだよね。好きな人より好きになってもらえばいいって気がついた」
青白い顔でそんなことを言うものだから、私は少しびっくりしてしまった。
びっくり? いや……なんだろうか。ときめきとも、怖さとも違う。これは悲しさ? 哀れみ……?
「綾瀬さん、好きです」
かしこまった口調。なのに風が吹くように軽い言い方。
力がなくて、光も弱くて、悟りか諦めかよくわからない脱力をしているのに、やたらと気配に鋭い目。まっすぐに私を見つめて、心のどこかに滑り込んで来る。
真っ向勝負をかけられて、私はかなり戸惑ってしまった。
視線を逃がす。耐えられなかった。
友達としては好きだけど。それ以上に思ったことはないし。
迷惑ではないけれど、こちらの気持ちがあまりにも失礼だ。
「ありがとう。その……気持ちは、嬉しい」
濁した言葉を返す。
向上月君は一瞬だけ顔に落胆を見せたが、すぐにいつもの作り笑顔を浮かべて笑い飛ばした。
「……やっぱりきついかー。残念。僕かっこ悪いなー」
ひとしきり笑って、 軽くため息を吐き出す。
「じゃ、帰ろっか」
ケロっとして、何気無く。ーー前回と同じノリ。私は気まずく思わないわけじゃない。
「うん」とうなづいて、鞄を持った。
並んで歩くと、会話を切らさないように気を使ったのかーー私はそもそも積極的に話すタイプではないけれどーー向上月君が口を開いた。
「綾瀬さんの好きな人って、どんな人なのかよく考える。考えるわりには今まで聞けなかったんだ。なんか怖くて。情けないよね」
向上月君はニヤニヤしている。卑屈な印象を受けた。彼は堂々としていてもいい人間だと思うのに。
「一言で言うなら、社会的にややダメな人。もしくは変態かも」
「え。僕の立場なくない?」
これは素の表情だ。苦笑としかめ面が混ざっている。
ちょっと面白い反応。だよね、そうなっても仕方ないよね。
思わず可笑しくなって、少し笑ってしまった。
向上月君がムッときたように唇を尖らせる。
「え、何、からかってるの? やめてよ、もーっ」
「ごめんごめん、そういうわけじゃないのよ。でも言った通り、世間的にはダメな人」
「なんで僕が勝てないんだよー」
「なんでだろ」
「私がいないとあの人ダメなの~みたいなやつ?」
「それもちょっとあるかも。うーん……でもね、すごく尊敬してるの」
すごく尊敬している。
ーー私は、お兄ちゃんの描いた夢から、覚められないでいるのかもしれない。
「尊敬ねぇ……尊敬かぁ……」
難しい顔、眉をぎゅっと寄せる向上月君。
「僕には誇れることがない。ダメだ、勝てないかも」
「そんなことない。向上月君のこと、すごいと思うよ」
「変なフォローしないでよ。なんか切なさで涙が出てきそう……」
「本当にそう思ってるよ」
「じゃあもうちょっと好きになって」
諦めないなぁ。冗談めかして言っているけれど、ともかく好意を見せてなんとか気を引きたいっていう攻略方法だ。
なんで私がそんなに好かれているんだろう。チビで貧乳で愛想がなくて、って嫌なところしかないのに。声が好き、なんて言われても理解できないし。
「付き合っちまえばいいじゃねーか」
後ろから声が割り込んだ。思わず肩が跳ねた。
「あ、相馬君だったの」
向上月君は極めて平然と振り返った。なんでこんなに気配に敏感なんだろう……メンインザブラックにでも狙われているのだろうか。
皮肉な笑みを口元に浮かべると、言葉を続ける。
「立ち聞きなんていい趣味だなぁ。応援してくれるんだ」
「冷やかしだよ」
ヘッ、と吐き捨てるような笑み。こちらも毒っぽい。
「珠美ちゃんよぉ」
相馬君が私を見てニヤリと笑った。
「どーせフられたんだから向上月で手ェ打っときゃいいじゃん」
向上月君が「え」と小さく声を漏らした。
「フられてたんだ……」
私も相馬君も確実にその声を聞いていたけれど、拾うことはなかった。
「とりあえず一回付き合ってみろよ。嫌だったらフりゃいいじゃん」
ポン、と相馬君に肩を叩かれる。やめて、と手を叩く。
私が叩いたことが気に食わないのか、相馬君はデコピンをしてきた。かなりいい音がした。痛い。
「じゃ」
そのまま言葉短に歩いて行ってしまう。……なんだったんだ。ていうか、今日は一人なのか。




