なんであんたが優しいのよ。 上
あれ、私って、ただの嘘つきになってない?
色んなことをうまく収めるために嘘を吐いたのに、普段は愛想みたいな簡単な嘘の一つもつけなくて。
不器用なんて言葉は言い訳だ。
私は、ダメな子。
お兄ちゃんに迷惑かけて。
顔も知らない彼女さんから寝取ろうとして。
お母さんやお父さんの信頼性を裏切って。
クラスの人には気を使わせて。
なんて自分勝手。
家に帰るのも辛くて、でもどこかで立ち止まって泣きたくて、そのままふて腐れたくて。腐っちゃいたくて。
ぼんやりと駅を目指して歩いていた。夜の街の明かりは、雨水で屈折して、水底みたいにゆらゆらしている。
コンビニの前を通りかかったとき。
ポンッ!
勢いよく誰かの傘のスプリングが跳ねて、私に向けて水滴が発射される。
「あ、ごめんね! 大丈夫!?」
冷たいよ。レンズにもついた。大丈夫だけど。
ていうか、この声って。
「……って、珠美ちゃん? リアルに中学生かと思った」
「うるさい……」
私は袖でメガネの水滴を拭った。
なんでこんなときに相馬君とあわなくちゃいけないんだ。神様はとことん私が嫌いみたい。
「メガネとお下げなんて今時の中学生でもやんねーか、ハハ」
シカトしよう。相馬君一人なら怖くない。
「……んだよ、態度悪りぃな。いや、珠美ちゃんはいつもか」
「群れてないと何もできないやつが偉そうに言わないで」
「は!? 本当に毎度毎度ムカつくな。けっこー傷付くんだぞ!」
知るか……。
私は今それどころじゃないから、話かけないで欲しい。
「邪魔とか、今までの人生の中でマジ一番傷付いた言葉だわ、マジで。ありえねー。今思い出しても切なさで腹立ってくる」
今の私の方が切なくて腹立たしくて悲しいよ! なに一人で思い出しギレしてんのよ!
「うるさいっ! あっちいってよ! 私のことはほっといて!」
「んだよ! だから俺は珠美ちゃんのそういうところが……」
相馬君が「ゲッ」という顔をした。
何?
いや……泣いてるんだ、私が。それはゲッとなってもしょうがない事態だ。
「えっ? な、なに? なんで泣いちゃってんの? え? え? 俺なんかした? いやいやいやいや、珠美ちゃんらしくないだろそういうのは。なに? 原因何? 俺? 俺?」
どうやら女の子の涙には弱いようだ。人情家なのかしら。今まで、少し勘違いしていたかもしれない。
「あ、あんたには関係ない……」
涙止まれ涙止まれ。一番厄介な相手を前に失態を見せてしまった恥辱もあり、変なタイミングで泣いてしまったことへの慌てもあり、袖で無駄に強く目を擦る。
「関係ないわけねーだろ! このタイミングだと完全に俺が泣かしてることになるだろ! 何? え? マジで俺なんかした?」
あー、もう。面倒臭い……。
「さっき我慢してたのが出てきたの! もういいじゃない! お願いだから私を放っておいて!」
「いや、そういう訳にも行かんだろ」
ぐい、と手が引かれた。相馬君が引っ張っているのだ。
コンビニの脇の、ゴミ箱の少し奥まったところ。よく学生とか猫がたむろしている辺りに引っ張り込まれる。
「な、何?」
「ここなら傘ささなくてもいいだろ」
と、相馬君は傘を閉じた。私は、風が吹けば眼鏡に水滴がかかるので、さしっぱなし。
「……甘いもん好き?」
唐突に相馬君は聞いてきた。意図は即座に理解できた。
「ほどこしは受けない」
「あっそ」
酷く機嫌の悪い声。なら、さっさと帰ればいいのに。
悪いやつじゃないことは、なんとなくわかってきているけれど。それでも意地みたいなものとか、機嫌がすぐに顔に出てしまう子供っぽさとか、何かにつけて気に食わないような気がしてしまう。
ウマが合わない。……そういう結論。
「そういうとこムカつくんだよ。珠美ちゃん、マジでわけわかんねー」
「そうね。普通なら『ありがとう』って好意を受け取って、悩みを相談して、あんたイケメンだからうまくすればベッドインよね」
「珠美ちゃんじゃ嬉しくねーし。貧乳相手にしてるほど飢えてねーよ」
「巨乳派?」
「そー。Cから上しか興味ない」
……いけない、巨乳派が少数意見に聞こえてしまう。お兄ちゃんたちの方が明らかに一般的じゃないのに!
なのに、なんで普通に女の人と恋愛できるの。私じゃダメなの……。もちろん理由はよくわかったけど、でも。
また、新しい涙がこみ上げてきた。もうやだ泣きたくない。泣くと相馬君と関わらなくちゃいけなくなる。
「……なんだよ、貧乳でフられたのか?」
「貧乳はステータスだって、言ってたもん」
「なんだそりゃ。変なの相手にしてんな……」
相馬君の眉がよった。
「前にここらで会った時もこんな調子だったよな」
「忘れた」
ため息が帰ってくる。
泣いている顔は見苦しいから、そっちはしばらく見ない。
「なんか、いじめられてたりすんの? かつあげとかそんなん」
面倒見いいな。本当に心配してくれているみたいだ。そうでなければ、こんなこと聞かれない。
……相馬君だって、一応義理人情で接してくれているんだから。
ちゃんとしなくちゃいけない。少しは、突っぱねない努力をしないと。せめて今だけでも。
「……笑ったり、からかったりしない?」
身を守るための前置き。
「内容による。ウケたら笑う」
悪意はないけど素直な回答だった。まぁ、いいけど。