ロリコンは敵?
私が『同志』さんに初めて会ったのは中学二年生。
お兄ちゃんが参加したオフ会とやらのメンバーの一部が、お兄ちゃん宅に集まったのだ。
私は学校帰りにお兄ちゃんの家に寄って、一通り家事をして、眠かったから帰宅までお布団を借りていた。
目覚めたら夜の十時だったからびっくりした。
こんな時間に出歩いたことないし、金曜日だったし、お兄ちゃんの家に泊まっていくことになった。
私のせいで予定が変わっちゃったのに、オフ会の人たちは快く許してくれた。
「男を、特にロリコンみたいな男を見かけたら敵だと思え」
お兄ちゃんはバカみたいに真面目な顔をした。
「でもみんないい人だったよ?」
「いや、やつらは野獣だ。獣だ!」
そう言われてもピンとこない。
お菓子とかいっぱいもらっちゃったし、やたらと可愛がってもらって、なんだかお姫様みたいな気分だった。あんなにチヤホヤされたのは初めてかも。……ちょっとむさかったけど。
「じゃあ、ロリコンみたいな男の人ってどんな人なの?」
少なくとも、この間倒した暴漢はあんなにいい人じゃなかった気がする。
「俺だ!」
お兄ちゃんは勢いよく自分のことを指差した。
それから、ハッとして気まずい表情。
「お兄ちゃんも野獣なの? 敵なの?」
「いや……その……」
言い淀み、適切な言葉を探すお兄ちゃん。
お兄ちゃんもオフ会の人たちも、暴漢とは違う。趣味嗜好は小さい女の子が好きかもしれないけど、優しくて全うな常識を持った人たちだと思う。
「あー……その、直接……なんだ、手を出す、というか、……そういう触法チックなことはしないかも、しれないが……多分……。その分脳内で色々している!」
濁してごにょごにょした言葉の最後は、力強い断定だった。
「色々……? ……もしかして、お兄ちゃんの漫画みたいなエッチな色々!?」
「………………そうとも言えるかもしれない」
お兄ちゃんは目を逸らし、きわめて小声で答えた。
「や、やだ~……」
頭の中では、あの暴漢と同じことをーーいや、暴漢がやろうとしていたことを、しているのか。
自分がそんな目で見られるなんて、信じられない。ただでさえ平均よりも色々と小さいって言うのに。
男の人ってわけわかんない。信じられない。
あれ? ていうか。
「……お兄ちゃんも、私のこと、そういう風に見ているってこと?」
つまり、そういう話になってしまう。
お兄ちゃんが私をそういう目で見ている……?
お兄ちゃんの漫画が、フラッシュバックみたいにして目の裏に浮かんでは消えて行く。
犯される少女、隠語、光のなくなった目、自ら求める様子、一方的な加虐、破瓜の血、しつこい擬音、泣き叫ぶ表情……。
私は物語を追っていたはずなのに、今に限ってはそんなことしか思い出せなかった。
それが、お兄ちゃんのストレートな欲望。男の人の、特によくわからない部分。
「……違う!」
お兄ちゃんは大きく頭を振る。鋭くて、強い声。
私は思わず身を縮こめてしまった。
「そんなわけないだろ!? 俺とたまちゃんは義理だけど実の兄妹だし、ここは二次元じゃなくて三次元だ! 犯罪なんか犯すわけないだろう! 俺ら倫理観を何よりも大事にしてるんだからさ……! 二次元じゃないんだよ! 三次元なんだよ! だから、兄妹は兄妹だろ!? なぁ!?」
なんでいきなりキレてるの?
意味がわからない、必死で、どこか怒ったみたいな顔。私、怒られるようなことした? 聞いた? わかんないよ。怖いよ。
泣きそうになってしまった。わけがわからなかった。知らない人には致命傷負わせても気にもならないけど、お兄ちゃんは好きだからそんなことできない。
「あ……ごめん」
私が怯えていることに気がついて、お兄ちゃんはフっと落ち込んだようにテンションを下げた。
「ごめん……怖がらせようとか、怒ってるとか、そういうのじゃなくて……」
ペンだこのある利き手で額を覆うお兄ちゃん。きっと、あの辺りでモヤモヤしているのだ。
「……俺、本当にダメなお兄ちゃんだな。自分で自分が気持ち悪いわ……」
そのまま俯くと深いため息をついてしまう。湿気っぽい声。
「お、お兄ちゃん……泣かないで」
「ありがとう……。本当に、ごめん」
喉元に遮りがあるみたいな、つっかえつっかえな喋り方だった。
泣きそうなのは、自分を責めているから。……だと思う。つまりお兄ちゃんは私をそういう風に、頭の中で、見てる。脳内ってそういうことだよね?
でも、お兄ちゃんなら怖くないかも。だって優しいもん。
他の人だとわかんない。かなり気持ち悪い。
私はお兄ちゃんの頭を撫でた。これじゃ兄妹が逆だけど、お兄ちゃんがこうやってくれると嬉しいから。嬉しいことは、お兄ちゃんにお返しする。
「たまちゃん……こんなお兄ちゃんでも、兄妹でいてくれるか?」
見事な鼻声だった。ちょっと情けないお兄ちゃんは、なんとなく可愛く見えた。
「うん。私、お兄ちゃんのこと、大好き」
お兄ちゃんは泣いた。もう手が付けられないから背中をさすっておいた。
その日の夜は、お兄ちゃんが泣き止まなかったり、お風呂入ったりで、気がついたら一時過ぎていた。こんな夜更かしは初めてだ。
お兄ちゃんは床に横になったらスゥッと寝てしまった。泣きつかれたのか、普通に疲れていたのか。他の人と違ってお酒の臭いはしなかったから、酔っ払ってはいないだろう。
なんか子供みたいだな。
私はお兄ちゃんに毛布をかけて、自分は枕を持って隣に並んだ。なんとなく。
寝過ぎてしまったのか、なかなか寝付けなかった。
何時の間にか、気がついたら、先ほどの問答が頭の中ではじまっていた。
お兄ちゃんに、漫画みたいなことをされたら……。
最初は『お兄ちゃんが頭の中で漫画みたいなことをしている』だったのに、繰り返していたら何時の間にか言葉とシチュエーションが変わっていた。
……考えていたら、胸がドキドキした。
漫画の中のことが、頭の中で、私とお兄ちゃんのことに置き換えられてしまう。誰が促したでもない、勝手な妄想。
痛くないのかな、とか、本当に気持ちいいのかな、とか、思考は有り体のものに移り変わっていく。
体が、なんか、変な感じが、する。初めての感覚でわからないのだけれど、もしかすると、漫画に描いてあるのって、こういう感じのことなのかな……?
枕からはお兄ちゃんの匂いがする。隣りではお兄ちゃんがすーすー寝ている。
私は、漫画を真似て、下着の上からそこを触ってみた。
……。
一通り、色んなことの意味がわかった。お兄ちゃんが起きそうになるたび、「バレないか」とヒヤヒヤした。同時に、「バレたらどうなっちゃうんだろう」という妄想に、一層興奮した。
残ったのは甘ったるい幸福感。荒い呼吸のままぼんやりと思うこと。
私、お兄ちゃんのことが好きなんだ。今までとは、違った意味で。
お兄ちゃんの泣き腫らした寝顔は子供みたいで、全然年上なのに可愛くて。
薄暗闇の中で、ずっと眺めていた。




