高校生の始まり
「邪魔」
「あ〝?」
「邪魔だから邪魔って言ってんの。通るよ」
声をかけたことによって少しだけ隙間が出来た、ような気がする。私は男子と男子の合間を滑り抜けて教室に入った。
忘れ物は……あった。机の横のフックにかけっぱなし。まったくもう、ダサい話だ。
高校に入学してまだ三日と経たないのに。こんな調子じゃ先が思いやられてしまう。
「おい」
教室を出ようとしたら、さっきの男子達がまだいた。
そのうちの手前にいたやつーーつまり、私が声をかけたやつが、今の声の主。
身長高くて、すらっとした雰囲気だ。顔はなんかテレビで歌って踊ってそうなイケメン。三白眼気味なのがちょっとワイルドというか、冷たそうで、凶暴そう。
そいつが結構怒って睨んで来るから迫力がある。
「何」
「何だよ今の言い方」
「邪魔だから邪魔って言ったの。邪魔。帰るから退いて」
しかし、そいつは動かなかった。周囲はことの成り行きを楽しみにしているのか、何ともいいがたい嫌な空気のニヤニヤ笑いを浮かべていた。そうだ、一言で言うなら下品。
「お前、名前は?」
怒った調子の低い声のまま、そいつは聞いてきた。
義理はないから黙答。だから早く退けばいいだけなのになぜそうしない。
「急いでるんだけど」
「ハッ。知るかよ」
小馬鹿にした笑いが相手からこぼれた。癇に障る。
「こいつ綾瀬珠美って名前だぜ」
そいつと同じく通せんぼをしていた男子がニヤッと笑って耳打ちをした。これはクラスメイトだけど名前は覚えていない。
「へー、珠美ちゃんかー。そーかそーか。覚えとく」
フン、と嫌味でどこか勝ち誇った笑みを浮かべるそいつ。
「おいそこー、なにやってんだ」
特徴的な、肩の力が抜けた声。すぐにクラス担任の更科先生だとわかった。
先生の手帳が男子達の間をストンと裂く。
「何もしてませーん」
そいつはヒラヒラと両手を上げて、肩をすくめると道を開けた。……最初からそうしていればいいのに。
「さようなら」
私は先生に頭を下げて、そのまま帰るつもり。
廊下に出ると、教室ドアのすぐ脇の壁に背中を預けるそいつと目が合った。敵意が鋭く突き刺さった。
そして先生は私の横について歩いている。何なんだ。
「綾瀬さん……だね」
「はい」
素っ気なく答えながら、私はちょっと感心していた。もう名前覚え始めたのか。
「何かあったらすぐに相談しなよ。できる限りのことするから」
「ありがとうございます」
……いい先生かも。
身長はそこまで高くもないけど、わりとかっこいい。タレ気味の目が寂しそうで、なんだか大人って感じだ。スーツの着方もどことなく色っぽい。
「何かあったらよろしくお願いします」
いい大人には愛想を蒔いておくのもいい。軽く笑っておく。
「……」
よくわからないけれど、先生が私の顔をじーっと見てきた。見てることは見てるけど、いまいち掴みどころのない表情だ。
「何か?」
「いや……なんでもない。さようなら」
先生は我に帰ったようにはっとして、手で口許を隠すと、逃げるように階段を登って行った。




