メイドの怒り
一睡もしていない夜が明けて、人々が活動しだす時間帯になりました。
私は現在ヘロン城へ続く門の前、つまり昨日訪れた場所に立っています。なぜかというと、クラディさんを待っていたからです。彼は私の推薦状を書くために、一旦この場を離れることになりました。そしてヘロン城の前で待ち合わせをすることになったのです。
それにしても、私が言い出したこととはいえ、彼に本当に推薦状の件を承諾していただけるとは思っていませんでした。しかも、そこそこあっさりと承諾してくださいましたし、こうなると向こうも何か目的があるのではないかと勘繰ってしまいます。彼が貴族であると判断したのは私自身ですが、こうなってくると怪しくも思えてえてしまいますね。
とはいえ、彼が本当に推薦状を用意していただけたのなら、彼が真に貴族であり、公爵であるという証明にもなります。推薦状には身分を書かなくてはなりませんから。
この国での公爵とは国王に次ぐ地位です。つまり貴族たちの筆頭にあたります。そんな彼が歓楽街にいたのも謎ですが、その後の行動も謎です。6割くらいは善意でしくださっているのだろうな、という印象をうけましたが、少なくとも、私を疑っていることは間違いないでしょう。
他にも推測できることはありますが、先入観を今持つのは危険ですね。とにかく彼に関しては様子見です。
相手も同じことを思っているでしょうが…。
そこまで考えていると、クレディさんが手紙を携えていらっしゃいました。一度お屋敷に戻ったはずなのに着替えておられないので、少し驚きます
「待たせたな」
「いえ、お手数をおかけしました」
私が頭を下げると、彼は手紙を私に渡します。
「メイド長に渡せ。それが一番手っ取り早いからな」
「…いきなりそのような方に会えるでしょうか?」
メイド長とはこの王宮内の全てのメイドを統括する方です。王族にも信用される方なので、仕える立場にありながら、その位は高いものと認識されています。
「ああ、いきなりは無理だろうな。だから俺が途中まで一緒に行く」
「え?」
私は戸惑いを隠せませんでした。ということは私はクレディさんと一緒に王宮に入るということです。そのつもりならどうして恰好を改めて来なかったのでしょうか。
「あの、そこまでしていただくわけには…」
「気にするな」
思わず遠い目になってしまいます。気にしますよ!だってクレディさんは公爵様なのですから。
そんな遠い目をした私の視線を、背後の門を支える石壁にあいた穴をみているのだと思われたのでしょう。
「ああ、あれは五日前に王宮に乗り込もうとした奴が拳一つであけたらしいぞ。見てみたかったな」
実際には目がそちらを向いていただけで何もみていなかったわけですが、おもしろそうに目を細めて言うクレディさんをみて、あの穴に少し冷めた眼差しをおくってみました。あの石壁の穴が拳一つであいたことは言われずともよく知っています。なぜならあの穴をあけたのは私なのですから。
「そうなのですか。とてもお強い方だったのですね」
「そうだろうな、気づいたときには逃げられていたそうだ。なかなかの手練れだろうな」
私はただ笑うしかありません。しかし、正直に言えばあのときを思い出して心の中では怒りが煮えたぎっていました。
私はこの国に着いたとき、主と引き離されました。少なくとも私は正式に主についていくという契約があったにも関わらず、です。
私の故郷は華国。主の名をソウキといいます。
引き離されたあと、私は王都に連れて行かれる主を追いました。そして王宮に入ろうとして門番に阻まれ、抵抗したためにあの穴があいたのです。あのときは頭に血が上っていましたから、少々暴走した自覚はあります。怪我人も出してしまったので、反省しています。まあ、それでも通れなかったわけですが。
ええ、門番はまじめに仕事をしただけです。まじめすぎるほどに。
華という国はセイルーネにとって大事にしなければいけない国ではありません。そんな中おひとりで王宮という魔窟に入られたソウキ様は、丁重な扱いは受けていないでしょう。何としてでも彼女を助けなければ。もちろん主も心配ですが、このままでは私は国へ帰れません。
「この穴をあけたやつは、何のために入ろうとしたんだろうな」
穴をみつめるクレディさんはもう笑っていませんでした。何かを見通そうとするような、そんな眼差しです。
不思議な方だ、と私は思いました。
ようやっとソウキがカグヤの主であると明言できました!
カグヤにとってはソウキはそれ以上の存在であるので、彼女と引き離されたときの彼女の怒りは凄まじいものだったようです。馬車で移動するソウキ達を走りだけで追いかけるくらいには…。
途中で冷静になって他にやるべきことをしていたのでソウキを奪還できませんでしたが、それがなければ完全に彼女を連れ去った者たちは半殺しだったはずです。というわけで、カグヤは最初から臨戦態勢でした。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。