メイドの祝福
はてさて、「海の男亭」は賑わっていました。
赤ら顔の大男達もいれば、普通にお酒を楽しんでいる一般人も多いです。女性もいますがどの方も働いている方でしょう。この国の酒場に来るのは初めてなので、あまり作法はよくわかりませんが、とりあえず空いた席を探すことにしました。
できれば端の目立たないところ。聞き耳をたてることも目的の一つなので、彼らの話し声が大きいのは都合がいいと思いました。端の目立たないところに座ると、女性の店員がトレイを片手にやってきました。
「何になさいますか?」
「あ、お茶をいただけますか?」
すると店員さんは顔を顰めました。酒場にきて茶を頼むなら喫茶店にでも行け、という話なので彼女の表情の意味もわかります。
「おいおい兄ちゃん、ここまできて茶を頼むってのはないだろー?」
「そうだぜ、今日はこいつの結婚祝いで飲んでるんだ。金は俺のおごりだからよ、飲んで祝ってくれや!なー!」
赤ら顔の男たちは若いそばかすの男性に肩を回して笑っていました。彼もうれしそうに顔を赤らめています。彼の顔が赤いのは酔っただけではないようですね。
「おや、それはおめでとうございます!。僕はよい時に行き当たったようですね」
そういうと、彼らはコップに酒を注いで私に渡しました。
「よい時って、ただ酒が飲めることかー?」
いい気分で酔っているのでしょう。大男の方がからかうように言いました。
「ええ、そうですよ。でも結婚祝いに行き当たるとは、とても幸運です。あなたに祝福がありますように」
「ありがとうございます」
そばかすの彼は照れながら頭を下げられました。これは目的を抜きにして、よい時に行き当たりました。本心から彼に祝福を。周りの方々も気の良い方々のようで、とても親しみやすいです。
私は頂いたお酒を飲みました。うん、我が家秘蔵の地酒が飲みたくなってきました。手元にないのでどうしようもないのですがね。
「確かに幸運だよなー!なにせこいつは16歳のかわいー嫁さんがもらえるんだからよ。奇しくも異国から嫁がれたっていう姫さんと同じ歳じゃねえか
」
頬に傷のある大男さんがバシバシとそばかすの彼の背を叩きました。
「姫さん?」
「おお。今まで名前も知らなかったような国からこっちに嫁がれたんだよ。しらねーか?」
「ああ。東の国から嫁がれたという姫ですね」
私は内心ほくそ笑みました。その話題に触れたかったのです。
「そうそう!しかしまさか、第一王子に嫁がれるとは意外だったよなー?」
「その第一王子という方はどんな方なのですか?」
「うん?お前さん知らないのか?」
「あまり情報の入ってこないド田舎から出てきたんです」
「てーと、アザイル地方の方か?」
「いいえ、方角的に言うと、カナン地方のほうですね」
「ああ、あそこらへんはまだ閉鎖的な村が多いからなー」
納得したように彼はうんうんと頷きます。
ちなみに、私はカナン地方の生まれではありませんが、嘘は言っていません。
アザイル地方というのは王都から南西の方角にある領域です。逆にカナン地方は南東の方角にあるのですが、私の故郷はカナン地方よりもさらに東の海を越えた国です。ですが、カナンはあの国からこの王都にたどり着くまでの通り道なので、嘘はついていないのです。
「クロード様はな、とっても美形な方だ!」
「…ほうほう」
クロードというのはセイルーネ王国第一王子の名前です。この国には三人の王子がいますが、有名なのは第一と第二王子です。
元々知っている情報と酔っ払いたちの話を聞いて総合すると、こんな感じです。
第一王子の母親は第一王妃、第二王子の母親は第二王妃なのですが、敵対する関係にあるはずの二人の王子は一緒にいることが多いようで、仲は悪くないようです。
第二王妃は元セイルーネ友好国であったオルウェー国の姫であり、もともとは第一王妃の位にありました。ところが現国王が新たな妃、しかも後ろ盾も何もない平民だった女性と結婚してしまい、さらに彼女を第一王妃にしてしまったのです。
オルウェーの姫は必然的に第二王妃に格下げされ、さらに子供までも第一王妃に先に生まれ、ドロドロした人間関係になっているようです。ちなみにドロドロしているというのは酒場の女性店員たちの言です。いつでも他人のドロドロは女性たちの甘い蜜なのですね。まあ、貴族たちの争いなど、平民にとっては基本的にどうでもいいことなので、このくらいの認識なのでしょう。
ところで、肝心の第一王子の民たちからの印象といえば、良好でした。
というのも
「クロード王子といえば、この間ゲイルの森で出た魔物を退治されたよな!」
「ああ、おひとりで剣一本で倒されたとか!」
「麦が不作の年は税の軽減を提案してくださったのも、クロード様だったよな」
ということなのです。一応英雄的立ち位置にはいるようですね。
「俺が聞いたのは、カモメ食堂のエディーちゃんに振られたとか…」
「あんなイケメンが振られるわけないだろ!クラディじゃあるまいし!な?」
「おいおい、俺を引き合いにだすなよ」
少し離れていたところに座っていた男性が苦笑を浮かべながら言いました。彼がクラディさんのようです。前から視界には入っていましたが、一切会話に参加されていないのでてっきり別のお客様だと思っていました。
彼もなかなかの美形です。背は高く、整った顔をしているので女性にモテるでしょう。おそらく、貴族あたりの女性からもモテるであろうと私は予測します。
「ところで、皆さんはクロード様をみたことがおありなんですか?」
「遠目にな。祭りやなんかがあると、時々お顔を出していただけるんだが、なにせ城のバルコニーだからよ、俺達平民にゃしっかりみれるわけじゃねぇんだよ」
「なるほど」
それではイケメンかどうかもわからないではないか、とも思いますが。
「だがな、あの方はときどきお忍びで町まで出られることがあるらしいんだ。一部の奴らはそれが王子だと知っているからよ、王子の噂が聞けるのさ」
「へぇ、おもしろい方ですね」
「そうだろ?」
少なくとも第一王子は民には慕われているようですね。
「では、クロード様に嫁がれる姫はどんな方なんでしょうね?」
「おう、そりゃみんなで気にしてるんだ。だがなぁ…」
首を傾げると、酔っ払いたちは困ったように顔を見合わせた。
「どんな方だか全然情報がないんだ。もう城に入られたってのは、俺達も今日知ったからよ。普通なら大々的に歓迎するはずなんだがなぁ…」
「そうですね」
姫が城に入られてから四日。ここまで情報が漏れないのは確かに異常な事態です。私も顎に手をあてて考えていると、突如店のドアが乱暴に開かれました。
この国の成人は16歳です。主人公17なので問題なし。