5⇒6(α)
5⇒6
「なんだったんだ、あれは」
目覚めてテレビも見る気も朝食を食べる気にもならない。
あるのは疑問。地震の揺れも気にならず思考に埋没して時が過ぎていく。
世界が白くなる直前、強烈な光を放つものが落ちてきた。そう認識する途中で世界が白くなった。
レーザー光線。原爆。ミサイル。流れ星。流れ星?
「……隕石?」分からないことがあったらネットで検索しよう。キーワードは「隕石 光 柱」
現れたのは光芒という言葉。
画像検索してみると俺が目にしたものをかなり小規模にしたようなものがいくつか見つかった。
次に検索するのは「隕石 衝突 地球 二〇×× 八月」
現れたのは2012 Clineという小惑星。なんともそれらしい名前だ。
もし、地球に衝突すれば世界最大のクレーターであるフレデフォート・ドームを作り出した隕石の力学的エネルギーなんて比較にならない威力になるらしい。
そのため、予測軌道上に地球があるということで世界を滅ぼすかもしれない小惑星として一人の学者が提唱した記録が残っているが、全く相手にされなかったようだ。
理由は簡単。この小惑星軌道上に小惑星群があることが分かったからだ。それにより地球へ衝突することはない、そう切り捨てられた。
だが、見過ごせない。
これの落下予測時期、速度、質量を見るとこれが原因ではないだろうか。
さて、状況を整理しよう。
一、二、三、四はどうでもいい。
ループを抜け出す五。
――隕石の落下を防いで世界を救えばいい。
勘でしかない根拠のないものだが恐らく、これだ。
これしかない。
ガイア理論というものがある。
地球が一つの生命体のように自己調節をしている、というものだ。
俺という人間がこのループに巻き込まれたのは人類、ひいては地球のシステムを守るために選ばれた存在のかもしれない。
比喩でもなんでもなく物理的な意味で明日、世界が、人類が滅びるのを俺一人の手で阻止する。
俺が未来へ進む唯一の手段。
そんなの――
無理に決まってんだろ、畜生。
仕方ない。詳しいことは首謀者に聞こう。
前のループで酒に酔った勢いで見せてもらった首謀者と名乗った男の電話番号に非通知で電話をかける。三度目のコールで相手が出た。
「今日は嫌な日ですね」本当に嫌な日だ。心底思う。
『いたずら電話なら切らせてもらうぞ』
確かに。電話に出ていきなりこんなことを言われたらと思えば気持ちは分かる。俺なら用件を聞かずに切る。絶対。
通話を切られる前に本題を述べよう。
「人工地震っていう誤情報を流布した理由聞きたいんですけど」
『……』
「明日の四時半に何やらかすんですか?」
『何者だ』
「ただの学生だよ」
本当にただの学生だ。特技はループという但し書きがつくが。
『冗談が上手いな』男は冷えた声音で返事をする。
俺の言ってることが信じられないのだろう。
大人になればなるほど物事を複雑に考えすぎる。仕方のないことだ。
「それで、教えて欲しいんですけど」
『無理だ、というに決まっているだろ』こういわれていったらアホすぎる。
「でしょうね。じゃあ、2012 Clineって小惑星をどうやって地球に衝突させるんですか?」
『……ずいぶん優秀な諜報員だな』
「ただの学生だよ」ともう一度そのように言うと『冗談が上手いな』と男ももう一度同じように返す。
『しかし、気付くのが遅かったな』
「は?」なんだって?
『先ほど、関東地方で発生した揺れだよ。あれがスイッチだ』
「ミサイルか何かでも?」
『そんなものじゃあない。その程度のものでなんとかなるようなものではないからな』
「できれば、詳しく聞きたいんだけど」今回が無理でも次だ。次がある。
『ここまで辿り着いた優秀な学生の君にはぜひ懇切丁寧に講義してやりたいところだが生憎とその手の知識に私は疎いんだ。スイッチは秘密裏に用意された場所に今日のために隠されていて、先ほど押された。もう誰にもアルマゲドンは止められない。私が知っているのはそれだけだ』
首謀者であっても実行者ではない。だから分からない。なるほど。優越感に浸った講義する教授のように教えてくれてありがとう。
しかし、いいことを聞いた。スイッチ。それさえ、潰せばいいのだ。それさえ破壊してしまえば終わる。
「よく、テレビで何度も放映されてましたよね、その映画」
『DVDを借りて視聴することを薦めるよ。よい一日を』
電話が切れる。最後の一言は俺が最初にいった言葉への意趣返しのつもりだろうか。
やはり、気に食わない男だ。前回のループのとき、もう手遅れだった俺の無駄な足掻き具合はさぞ滑稽だったのだろうな。
携帯はすぐに壊した。どうせ今日はもう無理だ、という八つ当たりの尊い犠牲になった。
競馬で小金を稼いで豪遊しよう。
世界が終わるんだ。好きなことをしていたい。
もう、何度も繰り返しているがいいだろう、別に。
そんなわけで競馬で今日一日遊ぶのに困らない程度の金を稼いで街をフラフラと散策して過ごす。
携帯電話を壊したので友人たちも呼べない。バカか、俺は。
なんて、思っていると以前のループで駅前に美味い洋菓子屋があったのを思い出す。名前はなんだったろうか?後輩がやけに食いついていたことしか覚えていない。この前選ばなかったものでも食べなかったものでも食べようか。
しかし、俺の食欲はすぐに失せた。
視界に嫌なものが映ったからだ。工作員の一人であったスーツ姿の男。
あの狂った価値観を持つサイコ野郎。
反射的に逃げ出したくなったがこのループで彼と俺はまだ面識がない。
大丈夫なはずだ、と自分に言い聞かせてこんなところで何をしているのだろうと行方を追う。
尾行の真似事をしてついていくと、辿り着いたのは奇しくも俺も向かおうとしていた洋菓子店だった。
だが、店前のショーウインドウに並んだ色鮮やかなデザートに見向きもせず、売り子の店員に何か告げると店の奥へ入っていった。
出てくるまで適当に店前のデザートをいつもの金銭感覚で何を買うか迷うことにする。あのときは何も考えず人気のデザートを見繕ってくれ、と頼んだがあらためて見るとどれも高い。
ケーキ一つで俺の数日分の食費になるんじゃないか、というような値段のものばかりだ。もちろん、リーズナブルなものもあるがこれらを見てあれを買う気は正直起きない。
タルトでも買おうか、などとすっかりケーキ選びに夢中になっていると背中になにかが当たる感触がした。誰かのカバンでもぶつかったのだろう、と無視するとまた背中に何かがぶつかった。今度は痛みもともなかった。
「いってえぇえええ」
「やっぱり、先輩ですか」振り向けばやつがいた。
なぜいる。バイトは……もう終わってる時間か。それはいい。そんなことより、
「なぜ叩いた。もっと普通にできないのか」痛みはコミュニケーションの道具ではない。
「呼んでも、背中にノックしても無視されたので肉体言語に頼ってみました」
「俺は先輩だ」よく聞こえるように一語一語確かに発音する。「ええ。そうですね」と後輩は事務処理のような返事をしてる。俺は突っ込まない。
「もっと敬え」
「何を言ってるんですか?」
本当に分からないって顔をしていやがる。右ストレートで顔をぶっとばしてやりたい。
「……用件はなんだ?」
「お金のない先輩が人気洋菓子店の前で悩んでる姿を見まして。この人、強盗でもするつもりなんじゃないかと理解したので犯罪を未然に防止しようと声をかけました」
「お前の想像力ってすごいな」脱帽したよ。
「推理力といってください」
ふふん、と鼻をならす。
「ベリータルト買うだけだから安心しろ」
「渋いですね。私のおすすめは――」
「このバカみたいに高いレアチーズケーキ、だろ」
「よく分かりましたね」以前、買ったときにがっついてたからな。俺は一口しか食べれなかった。そんなに好きではないから別にいいんだが。
「奢らないからな」というか、めんどくさい。店員に「これ、一つください」といっていつもの財布から小銭を取り出して渡す。
「そんなんだから敬われないんですよ」
「奢ってもお前は俺のことを敬わねえよ」
「断定ですか」
「ああ。絶対な」実証済みだ。
そういってケーキボックスを受け取ると家路につくことにした。彼女はまだそこにたむろしているらしい。暇なことだ。
あれ、何か忘れているような気がする。