3⇒4
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ループのスイッチは早朝に起きた何かが原因だろう。
時刻はテレビを点けるまでのラグはあるがおよそ四時半がスタート。
あの世界が白くなる感覚はよくいい表せない。
映画か小説なんかでは何かの運命を覆すためにループしているというものは幾つか見たことあるがそんなものが俺のような人間に果たしてあるのだろうか?
まあ、いい。
今日は馬券を当てる。
せっかくのループだ。解明する前に豪遊してちょっといい目を見たくなったっていいだろう。
元手は後期の授業料。絶対に当たると分かってはいるものの最初は一万円からスタート。
当たると分かっていたのに手に汗握る。
第一レース。まずは単勝。一位の馬を当てた。
第二レース。馬単。全財産投入して一位と二位が的中する。
第三レースは第二レースの配当金全てで三連単。
この時点でちょっとした小金持ちだ。第四レースもやろうと思ったがちょっと悪目立ちしすぎた気がして退散した。
とんぼ返りで駅前に戻ってきたものの、手にした金で何か散財しようかと思ったが酒と女ぐらいしか思い浮かばない。
しかも下衆な想像しか出来ず実行する胆力もない。
駅前にある東京土産やら高そうな洋菓子店で一番値段の張るメニューを買ったり貴金属店で興味もない高級腕時計を即決で買ったりしたが余りはまだまだある。
貯金したくなるが手元にある金も明日の朝七時半までに使わなければ意味のないものだ。
余った金をどうしようか。悩んだところで今日のシフトを思い出す。
確か、我が後輩が仕事中だ。
以前、テレビでコンビニの全商品を買うと何百万かになったといっていた。
いつもなんだか馬鹿にされるのでちょっと優越感に浸りたいというのもある。
せっかく三桁以上の諭吉を手に入れたというのにコンビニで散財して年下相手に自尊心を保ちにいく、という小者な自分を責める心の天使は悪魔に殺された。
我が家から自転車で五分。駅から歩いて十分。
そんな場所にある大手チェーン店のコンビニ。俺が生活費を依存している場所が目的地。
「いらっしゃいませー……珍しいですね。先輩が仕事でもないのにここにくるなんて」
客が一人もいないコンビニで覇気のない接客をしている女。だらけきったやる気のなさと大人びた雰囲気から二十代にも見えそうだかまだ未成年の高校二年生。今年の春からこのコンビニのシフトをして俺が教育係をしたのだが、ご覧の有様だ。
俺は教師にならない方がいいだろう。学級崩壊させる自信が彼女のお陰でついた。
「やること思いつかなくてな」
「あ、お金は貸しませんよ」
「いや、いい」
というか、店の多大な利益に今から貢献する。彼女にとっては迷惑極まりないだろうが。
「立ち読みの冷やかしもダメですよ」
「しねーよ」
とりあえず、書籍コーナーは全種類制覇するとしよう。子供を諌めるような声音で言われてウザイ。
「貧乏エピソードでお涙頂戴の値引きも無理ですからね」
「そこまでお前の前で金がないって言ってた覚えはないんだがな」
「いやいや。先輩しょっちゅう言ってますよ。おとといなんて廃棄品ちょろまかしたっていいじゃないか。レジの金欲しいな。空から万札振れとかずっとぶつぶつ呟いてたじゃないですか」
俺の真似だろうか。レジ打ちで上の空になりながら呟く後輩。目が死んでいる。
性根が腐っているのがよく分かる。俺の特徴をよく掴んでるじゃあないか、と拍手したくなるほど憎たらしかった。死ねばいいのに。
「そんな昔のことは忘れた」
思えばこうして誰かとまともに喋ったのは体感的に三日ぶりだ。金がなくて家で今日ダラダラしているはずだったのにわざわざ地方競馬場まで足を伸ばして慣れない大金で普段の自分から想像できないことをしてるわけで人生というのは分からない。
「で、何買うんですか。アイスですかジュースですか18禁本ですか」
「とりあえずあそこの本一種類ずつ。スナック菓子とデザートとアイス全部と、適当に飯選んだので勘定」
「あ、お帰りはあちらです」等と吐き捨てて、自動ドアを指差して爽やかな営業スマイルを見せてくれる。要領のいいやつはどうしてこう性格が悪い人間が多いのだろうか。
「金ならある」
諭吉を束でいくつか出す。
多分俺はドヤ顔になっているのだろう。要領も悪いくせに嫌な奴だ。救い様がない。
「知ってますか? 偽札使うと捕まるんですよ」
「……透かしてみろよ」
そういって病的なほど入念に三十七枚の一万円札を調べると彼女はため息をついた。
「窃盗は犯罪です。自首してください」
「合法的に手にいれた金だ」
「出所は?」
「競馬」
俺の言葉を聞いて無言で携帯電話を取り出したので慌てて止める。
「だから当たったんだって」
「仮にそうだとして、貯金しようと思わなかったんですか」
「あぶく銭だしパーッと使っちまおうと思ってな」
残り数時間で使い道がなくなる金だ。どう使おうが問題はない。
「そしたらいつも来る大学のみなさんと遊べばいいじゃないですか」
「金が絡むと友情ってものは簡単に壊れちまうんだよ」
思いつかなかったのは内緒だ。
「あ、駅前でケーキ買ったんだけど」
そういって駅前で買った洋菓子店のケーキ箱を色々詰めたビニール袋から取り出す。冷めた目線を向けていた彼女がこれの正体に気付くと「Klein bottleのケーキじゃないですかっ!」と顔を輝かせる。
どうやら有名な店であったらしい。やけに高かったが買ってよかったと今、思った。
「今から買うもんの荷物持ちしてくれたらやるよ」
彼女のシフトはそろそろ変わるはずだ。この反応なら二つ返事で受けてくれるだろう。
「やるに決まってるじゃないですか。先輩には日頃からお世話になってますからね」
予想はしていたが現金な奴だ。
「ぼっろいところに住んでるんですね。ここ物置じゃないんですか」
「大家に聞かれたら嫌味言われるから止めろ」
怒ると面倒なんだよ、あの人、と心の中で付け足す。
「それにしてもこんなに買っちゃって。冬眠の時期にはまだ早いですよ」
結局数万程度の食料品を買って終わったが自転車二台で運ぶには少々多すぎる。まあ、今日はもう適当に過ごして次の今日に備えるとしよう。
せっかくここまで来たし食べてくか?と提案すると露骨に嫌な顔をされた。
「こんな無駄遣いするほどお金あってコンビニ飯奢るってひどくないですか」
「そんじゃあフランス料理店予約したほうがよかったか」
「いや、超引きます」
一体どうすればいいんだ。
「じゃあな」
もうめんどくさいので家に帰そう。
「要らないとはいってないです」
「親が心配するだろ」
「今日親、帰ってほないからへえきです」
チキンカツサンドが食べられた。最悪だ。ぱくりとそれを食べ終わると神妙な顔で「私、明日誕生日なんですよ」と告げられる。
俺はそれに「おーおーバッグでも指輪でも家でも買ってやらあ」と投げやりに返した。どうせ、今日の出来事はなかったことになる。何をいったって誰も覚えていることはない。
「また適当な。明日のシフトのときちゃんと祝ってくださいよ」
ただ、彼女にくったくのない笑顔でそういわれて罪悪感が募った。
悪いな後輩。それは約束できない。
明日の四時半より先に行く方法が全く分からないんだ。