2話・神社の妖
数時間かけて車を走らせ、漸く生家である鳴神神社についた。
裏口から車であがると、見覚えのある家と、家と神社を繋ぐ回廊が蒼羽の目に移る。
だが、雰囲気は重く、静かに耳を澄ますと泣き声が微かに聞こえた。
突然の母の死に蒼羽は俯くが、それよりも未だに見つからない姉の行方が気になっていた。
この辺りにも妖や精霊の類いはいることを知っているが、彼はそれらに混じって何かが『存在』しているのを感じていた。
「…?」
ふと視線を感じ、顔を上げると、社近くの泉の側に4人1組の少年少女がいた。
ジッと此方を見据えていた彼等は、蒼羽と目が合うとその場を離れた。
遠目でも分かったが、2人は紫色の髪で、もう1人は白髪、1人は空色の髪をしていた。
はたから見れば髪を染めた若者としか見えないが、蒼羽はそうは思わなかった。
彼は物心つく前から霊感がかなり強く、人間に化けた妖怪や妖精などを見破る事や、異形の者と会話する事が簡単に出来た。
その為、先程の4人が人間じゃないと見抜けた。
(今の…人間じゃないけど、妖怪や妖精の類いでもない…強いて言うなら神…だな)
4人が立っていた泉をジッと見据えていたが、先に東輝が家に入ったのを知り、慌てて家のなかに入った。
くじら幕が壁に垂れ下がり、廊下を通る人の服装も黒一色で、蒼羽は母親の死を実感した。
(母さん…いや…仕方ないか。そう『決められた運命』なんだからな…)
蒼羽は首を横にふる。
(泣いても母さんは還らない。死人は生き返らない。神に頼んで生き返らせても、その母さんはニセモノ。運命を素直に受け入れる。そうすれば自分は傷付かず、愚かな考えなんてしない。恐れず戦うことも出来る。心の冷たい息子だと思われてもいい。今、俺に出来ることをするだけだ)
小さく頷きながら蒼羽は廊下を歩き、かつて自身が使っていた部屋へと向かう。
(奴等に虚栄心を突かれたら最悪だからな。それで狂気に堕ちる事もあるし…気をつけないとな)
『ん?お主は…もしや蒼羽か?』
部屋に向かっていると、途中で声をかけられる。
無論、人ではなく異形の者だ。
「座敷わらしか。ひさしぶりだな」
『ずいぶんと身長が伸びたものだな。ちびの頃の面影も残っておらぬし…』
「お前は変わってないな」
失敬な、と白い桜模様の赤い着物を着たおかっぱ頭の少女は頬を膨らます。
『妾はこれでもお主より年上じゃ。目上の者には敬意を払えと言われておろう』
「見た目は幼女だけどな」
サラリと蒼羽に返された座敷わらしは悔しそうに唇を噛む。
『ぐぬぬ…昔はあんなに素直じゃったのに、都に行くとこんな性格になってしまうのか…いやはや、世間はひどいのぅ…』
「…封印するぞ」
笑顔のままで蒼羽は右手で剣印を結ぶと符を構える。
『おー、こわやこわや。しかし、お主が帰ってきたなら妾達も安心して暮らせるのう』
「は?」
蒼羽が訳がわからないと言った表情になると、座敷わらしは「仕方ない」と呟く。
『長い話になる。お主が生まれる前の話になるのじゃ…』
そう言うと座敷わらしは話始めた。
―――昔、恂戎村に異界の者が現れた。
それは妖達と精霊達にだけがわかったもので、人間達にはわからなかった。
だが、彼等はその姿を見せはせず、何処に居るのかすらもわからなかった。
彼等は人間や妖に危害を加えなかったのだが、蒼羽が産まれた年には妖や精霊達を襲うようになり、2年ほど過ぎた頃には村人を襲うようになった。
これが神隠しの始まりだった。
『―――以降、きゃつらは事あるごとに村の子供や女を喰らう他、今度は男をも喰らうようになった』
「神隠しに合う人達が紅い紐が首に着いてるのは?」
『恐らく、お花を喰らったのじゃろう。あやつは獲物の人間の首に紅い紐を着ける癖があったからの』
渋い表情で座敷わらしは語る。
『きゃつらは強い。幾度か同胞達や精霊達が戦ったが、全滅した。最近になってはきゃつらが喰らった妖や精霊、人間の残骸がそこかしこに棄てられておる』
「うわ…何かどっかで見たホラーゲー展開」
蒼羽は顔をひきつらせるが、平然としていた。
元々、普通の幽霊やグロテスクな姿の幽霊や妖とかも視えるというのもある。
だが、都会に居た頃は友人と超がつくほどのカオスとグロテスクな映画や精神的にくるホラー映画を何度も見に行っていた。
つまり、そういったものにはかなり慣れっこであり、彼の神経はかなり強靭なものに進化していた。
「肉体と内蔵は喰い千切られ、脳は丸見え、目玉飛び出し、四肢は引き千切られの肉塊死体とかか?」
『おー、ようわかったのう。そんな亡骸もあったぞ。後は腹が切り開かれ内蔵が喰い尽くされたのとか』
「へー(棒読み)。完全なホラーゲー展開だなー(棒読み)」
既に呆れ返る蒼羽であった。
そんな少年の姿に座敷わらしは驚く。
『おや、叫ばないのかえ?普通の人間であったら聞いただけて発狂し、狂うのじゃが』
「チビの頃からお前ら見えて話してたし、グロテスクな妖や幽霊、ついでグロテスクな映画とかトラウマなりそうな映画を何度も見てりゃ誰だって精神強くなるっての」
『それ…お主だけじゃぞ』