Part5
俺はそれを見るたびに、時々思うことがある。
この戦争が始まるずっと前。それこそ地球が丸いことが判明したばかりの頃、どこかの偉い人が、地図を見ながら適当に引いた線になんでそんなにこだわるのか。そこまでして何を守りたいのだろうか?
――――いや、守りたいとかそういうのではないな。現に、俺たち自身、わずかばかりの平穏を守りたくて、こうして見張り台に閉じこもっている訳だし・・・。
そうか、確保か。
不意に一つの単語が頭をよぎった。守るってのは、対象ありきで発生する言葉だ。そもそも俺たちは、その対象が欲しくて欲しくて仕方じゃないんだろうか。
限りなく広い場所で、自分の居場所を見つけたくって、必死で囲って庭を作る。
そうして区分けして、手に入れた庭のなかで、硬い鎖の鎧をしっかりと自分の体に巻き付けて、がんじがらめになってでも、わずかな隙間を見つけては、また過剰に塗り固めていく。気づいた時には、そもそもの目的なんて忘れ、象徴と化したそれを引きずって行くだけ――。
そうしているだけじゃ寂しいから、いろんなものを集め始めて――――、居場所がなくなって――――、囲いを作り直すのだろう。
「確」かに「保」てる場所を―――――――作るため。
俺がそのことを相棒に言うと、彼はほんの少し手を止めた。
「先輩、古代ギリシャ数学のユークリッドの線の定義って何だか知っていますか?」
「いや、知らん」
「長さだけあって幅が無いものなんすって。――これって、実際にはあり得ませんよね。ど
んなに細く作ったって、必ず面積も体積も発生するっす。」
「まあな」
「で、あたりまえだけど、細い塀なんか意味をなしませんよね?」
「そりゃそうだ。塀は頑強に越したことはない」
「きっと誰も気づいてないんすよ。――――囲いを作っているせいで、結果的に自分の居場所は小さく狭くなっているっていう、当たり前のことにっす」
変なことを言うな、と俺はまたコーヒーを――と、思ったが既に空っぽだった。カップをあげてお代わりの催促をしたが、静かに首を横に振られた。どうやらこれで最後だったらしい。これが最後のコーヒーだったらもっと丁寧に飲んだのに。
これから二度と味わうことのないコーヒーが口の中でわずかに転がり、香ばしい香りが胃へと流れ込んでいくのを感じた。
時計を見る。次の定期砲撃まであと24時間。
なんて自由で――――無意味な時間。
「なあ、次は何のゲームをするか?」
「しりとり以外なら何でもいいっすよ」