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終章(フィナーレ) 夏、青空の下で

 あれからそろそろ2ヶ月が経つ。

 雨の季節も終わって、夏の強い陽射しがアスファルトを熱する。

 遅くなったけれど、やっと決心がついたんだ。私はあの人に会いに行かなければならない。行って、何をすれば良いのかは分からないけれど。話してみようと思う。あの日のことを。

 白い建物が見えてきた。心を落ち着ける為に、一度立ち止まる。花束を抱え直して、また歩き出した。



「櫛ヶ谷?」

 大きな窓がある、日当たりの良い病室。

 俺はベッドから半身を起こして、突然訪ねてきた少女の顔を見た。

「あの、久我君!・・・こんにちは」

 お見舞いに持って来てくれたらしい大きな花束に顔を隠すようにしている、櫛ヶ谷。

「あ、うん・・・こんにちは」

 俺が屋上から見事に落下してから、早2ヶ月。右足を複雑骨折し、左手首の骨にヒビが入り、その他にも捻挫やら打撲傷やらをこしらえ、家族に泣かれ、友人に説教され、実にスリリングな2ヶ月を過ごした。

 俺がクッション代わりになったお陰で、櫛ヶ谷はほぼ無傷だった・・・らしい。この台詞に『らしい』とついてしまう訳は、地面に叩きつけられた瞬間に俺が気絶してしまい、その直後のことを見ていないからである。

 しかし櫛ヶ谷はきっと見舞いには来ないだろうと思っていたので、正直驚いた。そして、ちょっと嬉しい。

 花を花瓶に挿そうとして手を滑らせ、慌てている櫛ヶ谷の姿を見つめる。ベッドの隣に置かれている椅子に座るよう勧めると、彼女は少し迷ってから腰掛けた。

「足とかは・・・大丈夫?」

「ん、大分楽になった」

 病室が静かになる。俺は、ベッドの横に置いてあった松葉杖に手を伸ばした。

「屋上、行ってみるか」


 強い陽射しと空の青さが目に焼け付く。誰も居ない、病院の屋上。

 俺と櫛ヶ谷は並んでフェンスに寄りかかるようにして、前方に広がる街の景色を眺める。

「・・・櫛ヶ谷と普通に話すのって、初めてかもな」

 少し間があって、櫛ヶ谷は口を開く。

「そう、だね」

 弱い風が吹き抜けて、熱を帯びた肌を撫でる。

 櫛ヶ谷の長い髪が揺れて、小さな声がした。

「ごめんね」

 あの日、あの瞬間と同じ謝罪の言葉。彼女は、言葉を喉の奥から押し出すようにして話す。

「痛かったよね。私、」

「謝らなくていいから」

 彼女の言葉は1つ1つがとても重くて、本当に申し訳なさそうに謝る。身を縮めて俯いている姿を見たくなくて、俺は彼女の言葉を遮った。

「俺が勝手に助けただけだから。自分のしたことで怪我しただけ」

 櫛ヶ谷は驚いたように俺の顔を見た。俺は自分の言った台詞を思い出して恥ずかしくなり、前を向いて街の景色を眺めるふりをする。

「・・・怒られるかと思ってた。何で死のうとしたんだって。皆、そうだったから」

「ん、まぁ1年に1回くらいは死にたいって思うこともあるだろ」

 くすくすと笑い声がして隣を見ると、櫛ヶ谷が笑っていた。

「そんなと言う人、初めて見た」

 何故かツボにはまったらしく、しばらく笑い続けた。屋上が小さな笑い声で満ちる。再び静寂が流れたとき、彼女は語りだした。彼女の行動の理由となった、哀しい出来事を。



 母が家を出ていったのは、私が小学生の頃だった。そのときの私から見れば、父と母は仲の良い夫婦だった。だから、理由は分からなかった。それが分からないくらいに、私は子供だった。

 もちろん寂しかったけれど、母がこっそり教えてくれた電話番号のお陰で私は毎日母と話すことができた。

『泪は歌が上手ね』

母がそう言ってくれたのが嬉しくて、たくさんの曲を覚えて練習した。私は母が大好きだった。

 何年かが過ぎて、私は中学生になっていた。1回くらいは母の誕生日を祝ってあげたくて、内緒で母の大好きな曲を練習した。それから父の居ない時間を狙って、小さいときに一緒に遊んだ公園に呼び出した。

 小学生の頃から会ったことのない、声しか聞いたことのない母。私を見て、『大きくなったね』と笑ってくれるだろうか。私の歌で喜んでくれるだろうか―――

 ずっと、ずっと待っていた。30分の遅刻が1時間になって、2時間になった。


 母は、来なかった。


 あの日、電話ごしに初めて聞いた父の泣き声を、私は一生忘れないだろう。

『母さんが、死んだんだ・・・!』

 母はもう来ない。電話もかけられない。母は、もう居ない。

 理由も知らされなかった。ただその事実が悲しくて、哀しくて泣いた。

 空に一番近い場所を探した。学校の屋上で、母に届けたかった曲を歌った。ずっとそうしていれば空の向こうに届いて、『ありがとう』と母が笑ってくれる。そう、信じていた。

 やがて私は、母の死因を知ることになった。交通事故だった。あの公園のすぐ近くの交差点で、トラックにはねられて。


 もしもあの日、私が母を呼ばなかったら。会おうとしていなかったら。そうしていたら、母はきっと―――



「あのね・・・だから、私は・・・っ」

 櫛ヶ谷は、泣いていた。あの日と違う空の下で、まだ泣いていた。

「私のせいなんだ・・・辛くて、痛くて・・・逃げたくて、また人を傷つけて・・・」

 涙と言葉の羅列がぼろぼろと零れて床を濡らした。

 彼女は、人を傷つけることを怖がっていた。だからいつだって人に近づきすぎないようにして、一人で泣いていた。

「もう逃げられないよ」

 だから、言ってやった。精一杯意地悪く笑って。

「俺が全力で邪魔してやるから」

 櫛ヶ谷の肩の震えが止まって、彼女は涙を溜めた瞳で俺を見た。それから俺に小さな声で尋ねる。

「・・・ぃても?」

「へ?」

 聞き返すと、今度ははっきりした声で訊かれた。

「いつ逃げようとしても?」

 不意をつかれて、俺は少し驚く。でも、はっきりと答えた。

「いつも見てれば分かる」

 今度は櫛ヶ谷が驚いて、目を見開く。それから、柔らかく笑った。

「ほんとに、変な人だね」

「っ、・・・暑いし、戻るか」

 正面から顔を見つめられたのと、恥ずかしい台詞を言ってしまったのとで目のやり場に困り、顔を扉に向ける。

「ん」

 櫛ヶ谷はどこか嬉しそうに笑って、俺の前を歩き出す。暑い。特に顔とか。

 青空を見上げる。あぁ、夏だな。意味もなく、そう考えた。


 しばらくして夏休みが終わり、学校に復帰した。

 櫛ヶ谷は、今でも毎日のように屋上に行く。彼女は母のことを忘れて、ほんの少し辛いだけの思い出にする為に歌っている。俺は、彼女の隣で毎日のようにそれを聴いている。

 彼女の歌はとても綺麗で、優しい。でも、どんなに澄んだ青空よりも歌よりも、俺には彼女自身が一番綺麗に見えていて・・・それはまだ秘密。


 秋晴れの空の下、俺は今日も彼女の歌を聴いている。                 

完結しました。えぇ、やっと(泣

何とか綺麗に収まった!!と思っております。短めのお話になりましたが、作者は満足ですw

読み終わったところで感想・アドバイス等頂けると嬉しいです。おまけの短編みたいなのも書きたいと思っているのでもう少し待っていてください。

こんな文章力ですが、読んでくださった方が少しでも楽しんでくれるように祈っています。

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